第290話 跡を付けるのか?

 自らの護衛にぶん殴られて、気絶させられた徴税官をそろそろ起こそうと思うのだが、ぶよぶよの肉塊を直接触りたくない俺は、アイテムボックスの肥やしになってるミスリル槍を取り出した。


 柄の方を徴税官に向け石突で肩をつつき、ゆさゆさと揺らして意識の覚醒を促す。



 本当は、水をぶっかけて起こしたいけどねっ。



 しばらく槍を前後に動かしていると意識を取り戻したようで、見つからない内にすかさずミスリル槍を引っ込める。


「ん? いちち…ッ?! 何があったのか?」


 殴られた箇所の痛みに顔を顰めながら、顔に手を当て徴税官は突っ伏していたテーブルから身体を引き剝がした。


 状況が理解できていないようで、周囲を見渡しているが護衛は一人として傍に立っていない。



 まあ、その護衛にぶん殴られて、気絶させられたんですけどね。



 突然の事で理解できていないのも仕方の無い事だが、頭の整理が済む前に、こちらの用件を畳みかける。


「徴税官様、代金を支払われないのであれば、食い逃げ犯として拘束します。連れていた護衛は皆、奴隷落ちに同意しました」


 代金を踏み倒そうとしたことを思い出したが、先ほどの台詞で護衛が全て居なくなった事に気付かされ、途端に強気な態度も消え失せている。


「お、おい小娘。わ、私は奴隷になるのか? 決して奴隷にはならんぞ?!」


 権威も暴力も使えなくなり、小物っぷりを発揮し始めたが支離滅裂だった。


 あと小娘はヤメろ。


「この場で代金をお支払いいただけたら、警備に突き出したりは致しません。お金不足する場合は、装飾品で支払っても構いませんよ」


 護衛を炊きつけて強盗紛いの事をしたのも忘れて、お金を支払えば無事に帰れると思い、強気な態度を取り戻す。


「なに、私が一声かければ、大金貨10枚などすぐに集まる。外で徴発をしてくるから暫し待て」


「代金を支払う前に店を出たら、その時点で食い逃げです。

 犯罪者として警備に突き出されるのがお望みでしたら、そこの護衛のように拘束しますが?」


 捕まって犯罪奴隷に落ちるか、代金を支払うかの二択を迫られ、冷や汗のような脂汗をダラダラと流し始めた。


 再度支払いを要求したら、徴税官は財布すら持ち合わせていなかった。


 まだ覚悟が決まらないのか、緩慢な動作で惜しむように装飾品を一つ一つ外して行く徴税官。


 じゃらじゃら付けていた指輪や装飾品を、恭しくトレイで受け取り、物納で食事代に対応する事になった。


「ルドルツ、ルドルス。この装飾品がいくらになるか、査定してくれ」


「「畏まりました」」


 渡された装飾品は、指輪10個、ネックレス2個、ブレスレット5個、アンクレット2個、ブローチ3個とかなりの数だ。


 キラキラと宝石が散りばめられた装飾品を一つ一つ査定して行き、三つ子の二人が相談して出した合計額は、大金貨6枚と出た。


「ルドルツ、ルドルス。その査定額は宝飾店に並んだ時の金額だろ?

 これらを売ってヒタミ亭の運転資金にするんだから、宝飾店に売り払う時の下取り価格で査定しろ」


「「……なるほど」」


「例えば、お前達が宝飾店の店員になったつもりで、俺がこれらを持って買い取りを依頼した時に、いくらの値段を提示するかを出すんだ」


「先ほどの四分の一は行けますね」

「オーナーは、価値が全く分かっておりません。八分の一は狙えます」


 即答かよ!!



 君たち俺から買い叩き過ぎじゃ無いの?!



 とにかく、二人の意見の間を取れば良いだろう。


 ……宝飾品の売却は、俺には無理なようだ。


「それなら間を取って六分の一な。査定額は大金貨1枚でいいとして、不足分は借用書でも書いてもらうか?」


 徴税官に向き直り、査定額と代金に不足がある事を告げ、このままでは食い逃げ犯として警備詰め所に連行し、犯罪奴隷として労役に付く事になる事を説明した。


 前世の知識によると、食い逃げは詐欺罪に当たり10年以下の懲役だが、強盗は5年以上の懲役になる。

 今世だと食い逃げも強盗も、軽犯罪ならともかく捕まれば基本的に犯罪奴隷行きで、多少刑期が異なるくらいだ。


 食い逃げは軽微な犯罪かも知れないが、少なくとも短期間の労役くらいは科せられる。


 まあ、男爵という貴族の立場にいるし、徴税官だから罰金刑で済まされる可能性は高い。

 また自由に動かれて、ヒタミ亭にちょっかいをかけられたら厄介だ。


 それでも流石に、清廉潔癖であるべき徴税官が、犯罪を犯していたとあっては立場を失うかもしれないけど、俺の知った事じゃない。

 犯罪を犯すような人物なら、徴収した税を着服する可能性が高いからね。解雇されるのも当然だ。


「【誓約書】にサインしたら解放されるのだな?!」


「ええ、もちろんです。ただし、庶民向けの食堂で代金を踏み倒そうとした徴税官様に、信用が全くありません。担保に先ほど拝見した【任命書】を預からさせていただきます」


 誓約書にサインしただけで解放したら、逃げられるに決まってる。

 担保を預かるのは、至極当然だ。


「なんだと?! これは我が家が代々、国王陛下より預かった大切なものだぞ!!」


 担保に預かれそうなものが【任命書】くらいしか持ち合わせてないでしょ!


 金銭価値があって換金できる物なら、食事代の物納に使うしな。


「ですから取り戻すために、必ずお支払いなさいますよね?」


「自由になればそれくらい容易い。私を見くびるでない!」


 意気揚々と大金貨9枚の調達に、ヒタミ亭から慌てふためき足早に駆け出して行った。




 因みに誓約書の内容を簡単に説明すると……


 1、本日のヒタミ亭営業時間内に、不足分の代金を支払う。

 2、担保として徴税官の【任命書】を預かる

 3、項1が履行されなければ、【任命書】を代金として譲り受ける。


 払わなければ【任命書】を大金貨9枚で買い取ります。と言う事だ。


 この内容なら、必死になって支払いに来るだろう。



 至急まとまった金が必要になった徴税官の行先は、恐らく支援者のところに向かうだろう。


 つまり、徴税官にをして、けしかけた人物の居場所だ。


「にゃにゃ~ん」


 いつものように俺の足下に身体を擦り付けて甘えるでもなく、何かを主張するかのように正面に座っていた。


「どうしたマーヴィ?」


「にゃにゃっ」


「徴税官の跡を付けるのか?」


「にゃっ!」


「分かった。それじゃ尾行はマーヴィに任せる。行先を突き止めてくれ」


「にゃー」


 こちらを見上げる表情には、『こっそり跡を付けるのなら、わたしに任せて!』とばかりに主張しているようで、試しにマーヴィに任せてみる事にした。


 一声鳴いたマーヴィは、ヒタミ亭を出て徴税官の後ろ姿を見つけたら、近くの塀に跳び上がりそこから民家の屋根に飛び移り、上から見下ろす位置に徴税官を視界に捉えながら尾行をしている


 当初は、俺が透明化の魔道具を使って尾行しようと思ってたけど、よくよく考えたら徴税官は偉いさんだから、大通りに馬車を停めてある事が想像に難くない。



 つまり、大通りに出たら尾行を撒かれるという事だ。



 流石にそれは回避したいので、マーヴィが尾行を買って出てくれて助かった。


 軽々と屋根に登った身体能力を見ても、徴税官の馬車を見かけたら、こっそり飛び乗って尾行を継続できそうだしね。



 粗方片付いたし、最後の仕上げと行きますか。


「それじゃ冒険者の皆さん、護衛達を警備詰め所に連行してください」


「ちょっと待てよ! オレ達は借金奴隷を受け入れたじゃないか!」


 縛られている護衛達が不満の声を上げるが、それは食い逃げ犯と処理しないで食事代を示談にしただけで、乱闘騒ぎを起こしたのは別問題だろう。


「店内で暴れたのだから、警備詰め所で頭を冷やして来るべきです。

 その際、とある徴税官に食事を強奪されたと、警備兵に訴えればいいじゃないですか。

 被害者も被害総額も多いのですから、相手が貴族といえども、流石に警備兵も動くんじゃないですか?」


「「「確かに俺達も被害者だ!!」」」


「やっぱり奴隷商に向かいますか?」


「「「警備詰め所に行きます!!」」」


 サナトスベアのステーキを強奪された訳だし、食事代は徴税官が何とかすると思っていたから大人しく差し出したが、自分たちで支払う事になったのだから、奪われた分を取り戻すのは当然だろう。


 ステーキ半分取られたから大金貨5枚の被害で、それが10人もあつまれば総額大金貨50枚五億ゴルドになる。



 これだけの被害総額なら、警備兵も捕縛に動かざるを得ないだろう。



「それでは冒険者の皆さん、彼らを警備詰め所まで連行してください」


「「「おう!」」」


 先ほどのやり取りを聞いて、護衛達が大人しく連行されそうで楽な仕事だと、冒険者は皆笑顔を浮かべていた。


 追加で銀貨を1枚ずつ支払い、護衛達の護送を任せる事にした。


「警備兵が【貸借契約書】を持っているから、証言に説得力があると思いますが、念のため冒険者の皆さんも、ありのままを証言してくださいね」


「「「おう!」」」

「この展開は喧嘩より面白そうだ! しっかり話を付けて来るぜ!」


「徴税官はここに戻って来る予定なので、捕縛の際は店の前で網を張れば、簡単に捕まえられます。と警備兵に助言もしてくださいね」


「任せろ!!」


 ノリのいい冒険者がそう返事をして、護衛の見張りを買って出た冒険者達が、拘束された護衛を連れてゾロソロとヒタミ亭を出て行った。



 護衛の居ない徴税官は、簡単に捕縛できるよね?



 というか、あれだけ横暴な振舞をしていた徴税官が、方々ほうぼうで恨みを買ってるだろうに、護衛無しで街を歩いて目的地に到達するまで襲われ無いかが心配だな。


 策を労して徴税官から護衛を引き剥がし文無しにしたのは、貴族だから手を出し難いって事もあるけど、支援を求めに走らせる事が狙いだ。

 裏で誰が手を引いているのか、把握しておかないとね。



 そのまま支援者の元まで、マーヴィを案内してくれよ。

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