第288話 繋がっている協力者?

 ヒタミ亭に戻ると、素早くドナートが近寄って来た。


「おい、エル! ついさっき『徴税官だ』っていう偉そうな人が来て、取り合えず奥の席に案内して食事と酒を振舞って対応してるけど、あの人が居たら商売にならないぞ。

 オーナーを呼んでいるんだ、何とかしてくれ!」


 店の責任者として自覚の芽生えたドナートは、身形の良い人への対応も様になっていた。


 ルドルツ、ルドルスも近くに立っており、二人の助言を聞いて対応したと思われる。

 この二人は奴隷だから、表だって対応する訳に行かなかったのだろう。

 奴隷が顔を見せる事に忌避感のある人物だと、大問題に発展するしね。



 徴税官と言えば王の代わりに税金を徴収する役職だ。


 ここだと伯爵領だから、伯爵の代わりか?


 とにかく徴税に関して、強い権利を有しているのは間違いない。


「それなら、この肉をステーキにして徴税官たちに出してくれ。急いでな」


「分かった。頼んだぞ、エル」


 アイテムボックスから取り出した肉を一塊、ドナートに手渡して厨房へ走らせる。



 開店して一年に満たないこの店に、徴税官が来るのもおかしな話だ。

 何かの罠か誰かの陰謀でも無ければ、あり得ない事態だろう。


 気を引き締めて、徴税官が待つ席へと足を運ぶ。




 俺が戻るのを待っていた徴税官は奥の客席を陣取り、武装した護衛を引き連れている事もあり付近のテーブルは空席となっている。


 徴税官であるからには、不足分の税収を徴発する事もあるだろう。

 大金を持ち歩く事になるから、襲撃に備えるためにも護衛を伴うのも当然だ。



 他の客の迷惑にならないよう、気を利かせて一番奥の席に案内したのかも知れない。


 食事中の客はかき込むように早食いで食事を済ませ、そそくさと店から立ち退いていた。


 ゆっくりと食事を楽しんでるのは、護衛に怖気づかない腕っぷしの強い冒険者ばかりだな。


 冒険者は報酬を受け取る際、手数料と税金は引かれており、納税面で後ろ暗いところが無いから徴税官が来ても恐れる事は無い。


 この場で怖いのは、暴力行為をでっちあげられるくらいだ。


 それでもこの店に来る冒険者は、悪名高き【暁月の竜】の構成員を、警備に突き出して街の治安向上に貢献し、それなりに警備隊の信頼を勝ち得ているから、徴税官の言い分を鵜呑みにして捕らえられる事は無い気がする。





 徴税官の下へ近づくと、護衛が腕を突き出し掌をこちらに向け、そこで止まれと身振りで指示を出してきた。


「お待たせいたしました。この店のオーナーのエルと申します」


「遅いぞ!」


 遅いも何も、お前とは約束なんてしていない。

 文句を言われる筋合いも無い。


 と口に出して罵りたいが、ぐっとこらえて機嫌を取る。


「遅くなり申し訳ございません。お楽しみになられていますか?」


「うむ。出された酒は今一つだが、食事は美味い」


 何にせよ、少しは満足してもらえてるようだ。


 ふさふさとしたくすんだ赤髪を揺らしながら食べ進める徴税官は、贅を凝らした指輪をこれでもかと身に着け、サムリングまで着けているほど自己主張が激しく、至る所に着けている宝石が眩しすぎて目に痛い。


 まだ青年を少し過ぎたような若手に見えるが、自己管理がなっていないのかだらしない体格をしており、大人二人分ほどの体重がありそうに見える。


「申し訳ございません。お口直しに、異国で作られた大吟醸というお酒はいかがでしょうか?」


「ふむ、聞いた事が無いな。試してやろう、持ってこい」


 背中から降ろしたリュックを漁る振りをして、アイテムボックスから取り出したお酒を、一緒に取り出した升に八分目ほどで注ぐのを止める。


 並々と注ぎたくなるけど、自分で零しておいて高価な服が汚れたとか、言い掛かりを付けられたくないしね。


「ふむ、色が付いてない酒か」


 水を入れたのか?!

 とか怒られ無くて良かった。


 アルコール臭がするから誰でも判別がつくか。


 持ち上げた升を鼻の辺りに持って行き、木の香りと酒の香りを同時に楽しみながら、あの体格では升は小さすぎたのか、ショットグラスで酒を煽るかのように一息に飲み干した。


 お酒のペースは人それぞれ、押し付けはしないが自分が飲める酒量は把握しておいてくれよな。


 マーライオンに変化して、店を汚されたくないしね。


「かすかに果物の香りがする酒だな。口当たりもまろやかで飲みやすい。もっと注げ、女給はおらんのか?」


 女を侍らせて飲みたいなら歓楽街で店を探して来い!


 後ろを振り向くと、給仕をしている女の子は退避させたのか誰もおらず、残っているのは男の給仕だけだった。


「申し訳ございません。むさ苦しい庶民の店なので、徴税官様が気に入られるような女給はおりません」


 俺の良い訳に眉を顰めたが、店内を見渡して綺麗処が居るような店じゃ無いと思い至ったのか、大きく息を吐いたが機嫌を著しく損ねた訳ではないようだ。


 庶民向けの店に何を求めているのかっ。


 ヒノミコ国のお酒で時間稼ぎをしていたら、ドナートが一皿のステーキを持ってやって来た。


 それを受け取り徴税官の座るテーブルには置かず、見える位置に持ったまま説明を始める。


「こちら、特別で希少な魔物肉を使ったステーキでございます」


 焼き立てのステーキはジュワジュワと音を立て、パチパチと弾ける脂が肉のステージで踊ってるかのようだった。


 弾けた脂と肉汁がステーキを艶めかせ、見た目も宝石のように鮮やかに輝いている。


 焼けた肉の香しい匂いが徴税官の鼻腔を擽り、美味しそうな匂いに反応した徴税官は、口の中から溢れる何かで口の端をきらりと光らせながら、生唾で喉を大きく鳴らしていた。


「そ、それを早くこちらに寄越せ!」


 待ち切れない徴税官は、ステーキの皿に手を伸ばす。

 俺は一歩下がり、手の届かない位置に立ち奪わせない。


「徴税官様でも口にする事の出来ない、最高級の肉でございます。お高いですよ?」


「値段なぞ気にするか! 徴発の品とするから問題ない!」


 自然と口から洩れていたその言葉は、普段からやっているのが容易に想像できる。

 徴税官の立場を利用して、税金代わりに没収するつもりだから、他人の迷惑顧みず、好き勝手に飲み食いしてるのか。


 これからは、少しは店の情報を確認してから徴発するんだな。


「サナトスベアのステーキにございます」


 早速ステーキにナイフを入れる徴税官。


 肉にやすやすとナイフが入り、断面から肉汁が流れ出す。

 一口大に切り分けたステーキを、香りを楽しむ事無く口に運び嚙みしめる。


 やや癖があるが、あまりの美味さに目を白黒させ、夢中になって食べ進めた。


 その間に護衛達にもサナトスベアのステーキが振舞われ、美味しそうに食べていた。


「この肉のお代わりは無いのか!!」


「生憎、希少な肉でございまして、この一枚限りで御座います」


 途端に絶望したような表情を浮かべたが、護衛達も同じものを食べている事に気が付き、「半分寄越せ!」とジャ〇アン張りに奪い取っていた。



 護衛の信頼を損ねて、いざという時守ってもらえるのか?



 そんな心配を俺がする必要も無いけど、その後の護衛達の運命を想像すると、同情の念が湧いて来る。



 腹が満たされ満足したのか、テーブルの食器を片付けるよう命じて来た徴税官は、俺を呼びつけ本題に入ろうとしていた。


「私は国王陛下より徴税官の任を賜った、オリベラース・フォン・ベラスコイト男爵である。脱税していると通報を受け、この店が納めるべき税の徴発をこれより行う!」


「お待ちください徴税官様! 口頭だけでなく、徴税官である証をお見せください」


 流石に何の証明書の提示も無く、税金回収だと家探しされたら、全員強盗として対処しなくてはならなくなるぞ。


 自己紹介だけで徴発できるのなら、真似するヤツが多発して、街も経済も滅茶苦茶になるのが目に見える。


「これが、国王陛下より賜った任命書だ」


「拝見致します」


 差し出された任命書には、徴税の任務を任せるような事がつらつらと書いてあり、最後に国王の署名と国璽が押されていた。


 それに合わせて女神カードも出せよ!


 と思いつつ、俺の手元にある【緑色の宝珠持ち出し許可証】を取り出し、国王のサインと国璽に不審な点が無いか見比べた。


 俺が国璽が押された書類を持っていたことに目を細めていたが、深く気にした様子は見受けられなかった。……酔っ払ってるしな。


「確認致しました。徴税官の書類に間違いございません。

 それで、通報を受けたと仰ってましたが、どなたから通報を受けられたのでしょうか?」


「善意の協力者だ!」



 いや、悪意しか無いよね?!



 百歩譲って通報を受けたとしても、徴税官は国王の命で動くものじゃないのか?


 通報するだけで誰も彼も自由に徴税官を派遣できるなら、国王の権威なんて霞んでしまう。


 取り合えず徴税官と繋がっている協力者?が誰かは分からないが、徴税官という立場を盾に、無銭飲食を企てようとしていることだけは、はっきりしている。


 取り合えず、強制的な徴発は辞めさせよう。


「徴税官様、こちらの書類をご確認ください」


「なんだ?」


 以前手に入れた、国王より税金の免除を受けた許可証を提示する。


 もちろん見える位置に広げるだけで、手渡したりはしないぞ。


 徴税官は不審物をみるかのような、訝しげな眼で許可証に目を通す。


「こちらに書かれている通り、私は税金を免除されております。

 したがって、この店のオーナーが私である以上、徴税官様が来られても徴発する事は不可能です」


「なっ?! な、なな…」


 目を見開き顎を落とし、しばしの間その表情で固まっていた。


 税金を免除されているのだから徴税官に用は無い。だが、何かを持って行けば、それはただの強盗にすぎない。


 そして支店の開業にあたって、商業ギルドで【税金免除許可証】は提示しているから、商業ギルドが徴税官に連絡を取るはずも無いし、小売店の店主がギルドに密告したとしても、ギルド側でその情報をシャットアウトするだろう。

 それに、代官様と仲良くなった時に、雑談の中で税金免除の話はしてあるから、代官や領主経由で通達も来ない。


 俺の税金免除を知らない誰かが、徴税官を炊きつけたと思われる。




 さあ、帰る前に食事代(サナトスベア肉を含む)を支払ってもらおうか。

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