第287話 それは俺もか?

 食堂に押しかけた強盗を捕らえたが、その身柄をヴィラさんに預けた結果。


「すまん、エル。こいつら、羽振りの良い連中に金で雇われただけで、雇い主の事何も知らねえ。ただ【暁月の竜】っていう、くだらん一味に所属してるぞ」


 いつでも切られる使い捨て要員か。


 ……なんか、ボロ雑巾みたいになってるけど。


 口を割ってからも、他にも隠し事が無いかきっちり吐かされたようだね。


「手がかり無しですか……。警備詰め所に運んでお終いですね。ヴィラさんにお任せしても?」


「この連中にはイラつかせられてるからな、それくらいは任せろ。この辺りでまた見かけたら潰しておく。目印を付けてるから、分かりやすくて助かる」


 そういってボロ雑巾の強盗の左腕を持ち上げ、巻き付けた腕章を見せつけて来る。

 そこには、三日月を背景にした竜のシルエットがえがかれていた。


 夜明けの前の空を舞う、竜をイメージしてるのか?



 こいつ等って他人の迷惑顧みず、お金に釣られて軽い気持ちで闇バイトに参加した若者だったりするのかな?


 だからといって同情はしない。

 楽して稼ごうとした結果だし、善悪の判別くらい付く年齢だろ。

 警備兵に突き出されるのも自業自得だな。




 ヴィラさんや高ランク冒険者が毎日のように通い始め、迷惑行為をする連中を、行きは追っ払うだけで済ませ、帰り道でボコして警備詰め所まで引き摺っている。


 事件当初、警備兵を何度も呼んでいたから事情も理解してくれていて、流れ作業のように留置所へ押し込まれ、時折数人がヴィラさんの肉体言語によるお話しを受け、ボロ雑巾になって放り込まれている。


 どこから沸いて来るのかと思うくらい、毎日違う破落戸が集まっていたが、ヴィラさん達の活動で徐々にその数を減らして行った。


 おかげで警備詰め所の留置所がすぐにいっぱいになるらしく、軽微な犯罪だからと古株から順に、縄に繋がれて港で荷運びの労役に、半年ほど従事したら解放されるらしい。


 港湾近辺の治安を悪くしていた連中が、この機会に一掃される見込みで、俺達が警備兵の肩代わりをしている事もあって、警備隊も非常に協力的だ。







 ヒタミ亭が嫌がらせを受けている現状では、ホウライ商会との取引が終わっても、すぐには街を離れる訳に行かなくなった。


 嫌がらせに対処する日々が続き、ある日、ラナがトロンに乗って港町までやって来た。


「エル、来たよーっ」


「おー…。学院はどうした?」


「二学期は終わったよーっ。落第したーっ」


 眩しい笑顔を向けながら、言うような台詞じゃないだろっ。


 落第してもショックを受けて無いなら別にいいか。


「それでコスティカが『学院を続けるのか、お仕事はどうするのか、エルに相談してきなさい』っていわれて、港町まで飛んで行きなさいって」


「四則演算はできるようになっただろ? 学院は辞めても良いぞ」


 エリノールやマルリースと学年が違って来るし、もう一回一年生をやっても、ラナの学力じゃ進級は難しいしね。


 入学前に定めた退学の条件読み書き計算の習得をクリアしてるし、進級しても貴族と問題に発展しそうだしね。この辺りで退学しておくのが無難だろう。


「分かったよーっ。二人には学院じゃなくても、お店に行けば会えるよね!」


「それと仕事なんだが……」


 ラナと仲の良い友達は、コーデリアさんにエリノールにマルリース。

 王都に集まってるから、ラナは王都で暮らす方が楽しく過ごせる気がする。


 どこで暮らしてもトロンが居ればひとっ飛びで移動できるし、好きにしたらいいんじゃないかな?


「ラナは、本当はどんな仕事をしたいんだ?」


「冒険者! でも角猛牛亭は泊れないけど、トロンと一緒じゃなきゃヤダっ」


 当初は冒険者で生計を立てる事を目指して魔法の訓練をしてたわけだし、剣の修行もしていた。ミスティオのギルマス、ヘイダルさんの訓練は、全く受ける機会が無いけど……


 トロンをテイムしたおかげで迷走したけど、本来目指していたところに戻った感じか。


「それなら、ウエルネイス伯爵家の食客として居候させてもらって、伝令の仕事は指名依頼で受ければいいんじゃないか?

 普段は冒険者としてダンジョントロンの食事にに通えば良い」


「分かったよーっ」


 ラナが依頼していたウォーホース肉の納品が無くなるから、【黒鉄の鉄槌】の美味しい依頼も終了だな。



 いつまでも、あると思うな、その依頼。



「話し合いには俺も参加するから、それまで屋敷に居させてもらって。コスティカ様にもそう伝えておいて」


 折り合いが付かなかったら王都に家を買って、ラナとトロンはそこで一人暮らしだな。


 ウォーホース肉の納品依頼を出し続けるより、使用人を数人雇う方が安上がりだ。一回納品依頼を出すだけで、使用人一人を一か月雇えるしね。


「分かったよーっ」


「帰る前に冒険者ギルドに寄ろう、ちょっとラナに頼みたい事がある」


「はーい」


 返事は良いね。元気があって大変よろしい。


「冒険者ギルドに依頼を出しに行って来る。終わったら戻って来るよ」


「「「いってらっしゃいませ」」」


 行先を告げ従業員に見送られ、ヒタミ亭を後にする。



 喫緊の課題が解決しそうで、スキップしそうなほど足取りが軽やかなラナと、宿の入り口で待機していたトロンを連れて冒険者ギルドに向かう。


 人を乗せられるだけ体格の大きいトロンが宿の前に居座ってたから、嫌がらせの破落戸も近寄れなかったようで、ヒタミ亭の一帯に人気が無く気持ちよく歩ける。



 もちろん客も居なくなってるけどね!!



「……小さいグリフォン?」


 歩き出した事で、俺の後ろに引き連れている見慣れない魔物に気付き、全身が黒系統の色合いをしているところがトロンの面影があるのか、まじまじと眺め小首を傾げていた。


 バーニンググリフォントロンも同系統の魔物であるシャドウグリフォンシャイフが気になっていたのか、くちばしを向けていた。


「ああ、ラナは見るのは初めてか。

 俺も移動手段が欲しくなって、グリフォンの階層で緑色の宝珠を取って来てテイムしたんだ。

 シャドウグリフォンのシャイフだ。孵化したばかりでまだ人は乗せられないけど、仲良くしてやってくれ」

「ピッ!」


 シャイフは『よろしくね!』とばかりに、翼を小さく広げてバタつかせている。


 グリフォン流の挨拶か?


「分かったよーっ。 よろしくね、シャイフ」

「クエッ!」


 トロンも翼をバタつかせ、シャイフに挨拶を返しているようだ。


 他人のテイムモンスターと喧嘩しなさそうで一安心だな。


 馬車に繋がれたウォーホース以外で、テイムモンスターを連れている人を見た事が無いしね。



 そうこうしてる間に冒険者ギルドに辿り着き、さっそく受付カウンターで用件を告げる。


「こんにちは、Aランク冒険者のエルです。ヴィラさんと面会できますか?」


 普段はランクの申告なんてしないけど、流石にギルドマスターに面会を取り付けるには、高ランク冒険者という肩書があれば速やかに応対されるだろう。


「しょ、少々お待ち下さい」


 受付嬢は慌てた様子で席を外し、ヴィラさんの都合を確認しに行った。


 受け付けカウンター前で待っている間、ギルドに来ていた冒険者がざわつく声が耳に届く。


「おいおい、あんなガキがAランクとか、低ランクのハッタリじゃねえのか?」

「ぞろぞろと魔物を引き連れてるんだ、低ランクとは思えんぞ」

「小物ばかりじゃねえかよ!」

「一匹デカいの居るだろ! あれが居るだけでもランクは上がるだろ! お前、下手に喧嘩売ったりするなよ」

「ケッ」


 確かに、俺が連れているのは小物ばかりだな。

 体高も、フェロウの頭の位置が俺の腰より下あたりで、最近加入したシャイフも頭の位置は臍の辺りだ。マーヴィやサンダは言わずもがな。


 でも、フェロウもマーヴィもグリフォンを一撃で屠れる強さを持つから、体のサイズと強さに因果関係は無いと思うぞ。



 ……それは俺もか?



 背が低いのにAランクだな。



 この集団の中ではラナを乗せる事が出来る分、トロンの体格だけ際立って大きい。


 ダンジョンで見かけるグリフォンより小型だが、本来のサイズはもっと大きいはずだし、その分更に成長する可能性が高い。


 上位種だから、それが正しいとは言えないけど……



 喧嘩を売られる展開にならなくて良かったと胸を撫で下ろし、トロンが大人しく部屋の隅で待つようラナを説得した。


「お待たせしました。連れてきて欲しいとの事で、ギルドマスターの部屋までご案内致します」


 戻って来た受付嬢に連れられ、ヴィラさんが待つ部屋の前に案内された。


「Aランク冒険者のエルさんをお連れしました」


「開いてるぞ」


 扉が開かれた室内は、他の冒険者ギルドと大差無い殺風景な部屋で、武骨なソファーセットが置いてあるのも同じだった。


 筋肉質で大柄なヴィラさんが、執務に付く姿は呆れるほど似つかわしくなく、その大きな手でちまちまと羽根ペンを滑らせているさまは、熊にあやとりをさせているようで、笑ってはいけないと思いつつも思わず口角が上がり、声に出さない努力が腹筋をひどく痙攣させていた。


「エルとラナか、座ってくれ。ギルドに顔を見せるのは珍しいな、何の用だ?」


 先に着席し、ヴィラさんが席に着くころには腹筋の引きつけも治まり、平静を装いつつ依頼内容を説明する。


「出したい依頼は二件です。一件はラナが俺のテイムモンスターである、このシャドウグリフォンシャイフを王都に連れて行く依頼。

 もう一件は王都で指定する食材を購入し、シャドウグリフォンシャイフに届ける依頼です」


「あらましは分かった。詳しく内容を説明してくれ」


 プージョル商会の嫌がらせで食材を購入可能な店がどんどん減っている。

 そこで王都の冒険者に食材調達を依頼し、シャイフにマジックバッグを持たせて運んで来てもらう作戦だ。


 王都の冒険者が購入した食材を、マジックバッグに詰め替える作業とかあるけど、その辺りはワルトナーさんなら臨機応変に対応してくれるだろう。


 学院が終わったならラナに手伝ってもらうのが一番手っ取り早いが、コスティカ様の都合もあるから、見習い侍女を勝手に使う訳には行かないしね。



 一件依頼を出すけど、王都に帰るついでと言う事で、黙認していただきたい。



 依頼の詳細を説明し終えたところで、ヴィラさんがラナの方を見ながら口を開いた。


「そういう事なら依頼を受け付けよう。ダンジョン支部のギルマスにも分かるよう手紙を書くから、それも一緒に届けてくれ」


「分かったよーっ」


 依頼料のすり合わせを行い、その結果をヴィラさんと受付で説明して、依頼料を支払い手続きを終えた。


 冒険者ギルドを出ると、ラナはこのまま出発すると言い出した。



 ヒタミ亭で昼食を済ませてからでもいいと思うぞ?



「気を付けて行けよ。シャイフの事を頼むな。シャイフも王都までの往復、頑張ってくれ」

「ピッ!」


「分かったよーっ、行って来るねーっ」

「クエッ」


 トロンはその場で跳び上がり、空の旅へと旅立った。

 マジックバッグを背中に背負ったシャイフも、置いてかれまいとトロンの背中を追いかける。


 シャイフもまだ小さいとは言え人を乗せていないし、魔物ならではの体力はあるから、王都までの旅路も何とかなるだろう。



 街を出る時は、警備兵の検査を受けるのを忘れるなよ!





 ヒタミ亭に戻ると、そこには徴税官が待ち構えていた。

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