第286話 資金を投入するか?

 プージョル会長side





 商会へ戻る馬車の中で、紳士風の男プージョルとその秘書が話し合っていた。


「生意気な子供だったな。素直に要求を飲めばよいものを……」


「いかがなさいますか?」


「そうだな。子供の道楽で食堂運営を許しているなら、後ろ盾も大した財力を持っていないのだろう。

 食料供給を断てば、店の営業もままならず資金が尽き、ヒノミコ国の反物や酒を手放す事になる。そこを安く買い叩いてやる!

 クックック…、あの子供が泣きっ面を晒すのが今から楽しみだ」


 冷淡な表情を作り、意地の悪さがにじみ出たように唇を歪めて薄ら笑いを浮かべていた。


「畏まりました。取引先を調べ上げ、圧力をかけてまいります。その際、会長のお名前を使っても?」


「いや、相手の後ろ盾がはっきりとしない以上、こちらが表立って動く訳には行かぬ。いまは【暁月の竜】の名を使え」


 非合法組織【暁月の竜】は金次第で真っ当な仕事以外もやる、反社会的な活動集団だ。


 小規模な店舗に圧力をかける程度の事なら、容易く実行するだろう。


 馬車が商会に付いたところで、秘書は、護衛とばかりに下働きの中でも腕っぷしの強い者を連れて、屋号の付いてない馬車で出掛ける姿を見送った。








 ヒタミ亭の食料供給を断つ密命を受けたプージョル会長秘書の私は、ヒタミ亭の情報収集をした後、取引先の店を回る事にした。


 まずはパン屋から押さえておきましょうか。


 パンの原料である小麦粉は、商業ギルドが価格を一定に保つために押さえているから、いかなプージョル商会でも圧力をかける事が出来ない。

 逆に、商業ギルドと対立する事になると、商業許可が取り消される可能性がある為、無茶は禁物だ。

 他にも主食向きの食材を取り扱っているため、一部の食材については妨害する事が不可能といえる。


 食堂の主食はパンですから、ここを抑えておけば、売り上げも格段に落ちる、いえ食堂として立ち行かなくなる事でしょう。


 食料品を扱うだけあって、隅々まで清掃の行き届いた清潔感のある店内に、焼き上がったパンがディスプレイされており、小麦の焼けた香ばしい香りが店内に充満している。


 かぐわしい臭いを嗅いでいるだけで、口の中に涎の泉が湧いて来る。


「こんにちは、店主は居ますか?」


「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」


 訝し気な視線を向けながらも、店主として来客に対応している。


 プージョル商会を隠す為、フードを被りローブに身を包んでいますから、怪しく感じられるのは仕方がありません。


「こちらの店は、ヒタミ亭にパンを卸していますよね?」


「ええ、取引先の一つです。それが何か?」


「ヒタミ亭と取引を続けるのを、止めていただきたい」


「いくら何でもそれは無理な相談ですよ。短い付き合いとはいえ、内にとっては大口の取引先になりますから。それに見合う客でも商会してくれるんですか?」


 気分を害したようで、店主はやや苛立ち気味な態度を露わにしているが、こちらも引き下がるつもりは無い。


 当初の予定通り【暁月の竜】の名を出すのが最良だろう。


「いいんですか? こちらの方々がこのお店に興味を持っておられるようですよ」


 興味を持っている。即ち、破落戸に目を付けられているという事だ。

 破落戸が立ち寄るようになれば、真っ当な店であるほど、客が寄り付かなくなる。


 懐から獣皮紙を取り出し、【暁月の竜】がエンブレムに使用している、月と竜をかたどったイラストを店主に見せつけた。


 彼らはスカウトした破落戸に、エンブレムの付いた頭巾や腕章を付けて街をうろつかせ、【暁月の竜】の存在を町中に仄めかしている。

 しかしながら、主要メンバーはそのエンブレムを付けず、破落戸をトカゲのしっぽのように切り捨てながら、警備兵の検挙を免れている。


 表だって悪事を働くのは捨て駒の破落戸で、指示役は闇に隠れて尻尾を掴ませない。


 非合法組織の【暁月の竜】が居るから、破落戸が町中に溢れず一所ひとところに固まっているが、【暁月の竜】が居るからのさばっているともいえ、ボルティヌの街では女子供に至るまで知れ渡ってる組織である。


「ヒッ?!」


 店主はエンブレムに心当たりがあるらしく、一瞬怯えたような表情を浮かべたが、すぐさま苦渋の選択を迫られた。


 大口の取引先を失っても、経営が苦しくなるだけで店は守れるが、【暁月の竜】に目を付けられては、店を守るどころでは無い。


 苦々しく思いながらも、パン屋の店主は、店を守る為の決断をした。



「これでパン屋は片付きましたね」


 似たような手順で他の取引先も回り、ヒタミ亭の食料供給先は粗方抑える事に成功した。





 プージョル商会へ戻り、会長の部屋へ報告に向かう。


「会長、ただいま戻りました」


「首尾はどうだ?」


「万事抜かりなく」


「そうか、ご苦労」


 言葉数少なく会話を交わし、最低限必要な情報を報告する。


 内容に耳を傾けてはいたが、目線を一度も上げる事無く報告を受け止めていた。


 表だって評価の出来ない仕事なれど、もう少し何かあっても罰は当たらないと思いますがね。



 会長にとって、身内以外は駒としか見ていないのでしょう。

 まあ、給金は良いので、力を出し惜しむ事はありませんがね。


【暁月の竜】へ繋ぎを取るのは、別の者に命じておきましょう。








 ヒタミ亭の食料供給を止め、数日が経った。


 悪だくみの時間とばかり、商会長室でヒノミコ国の反物や酒類を手に入れる計画の進捗を確認している。


「あれからヒタミ亭の様子はどうだ?」


「抑えの利いていない個人の露店などから、野菜関係を細々と調達し、どこからともなく魔物肉を用意して運営しております。

 高給且つ味わい深い魔物肉が使われているようで、以前に増して客足が伸びております」


「パンの買えない食堂が、なぜそれほど繁盛するのだ?!

 魔物肉と野菜だけでは、屋台の肉串と変わらぬはずではないか!」


「ご飯、という物をパンの代わりに提供しているようです。

 それと、以前から漁を行っており、それも食材として活用しているようです」


「ご飯だと?!」


 そのような物、聞いた事がないぞ!


「以前のホウライ商会との取引品目に、そのような物があったと記憶しております」


「ホウライ商会から買い付けた物か?! 売り物にできるような代物であれば、買い付けてやったものを……」


「試供品を見て、会長が断っておりましたが?」



 ……それは、暗に私の見積もりが甘いといっているのか?



 秘書をねめつけるように見やると、言い訳がましく口を開いた。


「事実を申し上げただけです。この後はいかがなさいますか?」


 悪びれる様子もなく話題を切り替えて来た。


 これくらいの太々しさがあるからこそ、こいつを側近兼秘書として雇っている。

 自分の意見を口にしない部下など、粛々と働く駒にしか使えないからな。


「食材を減らす為に、漁師を襲わせるのはどうだ?」


「商店に睨みを利かせる人員と、ヒタミ亭を営業妨害する人員でそれなりの金を使っています。

 更なる資金を投入なさいませんと【暁月の竜】は動かないと思われます」


 付き合いが長いとはいえ【暁月の竜】は非合法組織、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、依頼料の不足分は、私の弱みを対立する商会へ売り払うくらいの事はやってのけるだろう。


 追加の資金を投入するか?


「ですが、あまりお勧めできません」


「なぜだ?」


「漁をする海岸は、新しくできた住民用の門から目と鼻の先です。それに海岸線だけあって、隠れる場所もありません。

 警備兵や騎士の目に留まったら、逃げ果せる事もできずに制圧されるでしょう」


 確かに新たな門は海岸へ出るのに都合が良い。


 住民専用と言えば聞こえが良いが、実質漁師専用になっている。


 時折ダンジョンへ巡視する騎士も利用しているから、監視体制も高く危険性も高まり失敗しやすいか……


 街中で漁師の襲撃騒ぎを起こせば、警備兵が駆け付けヒタミ亭の妨害をする駒が減る。

 ただでさえ破落戸が冒険者ギルド経由で捕らえられているのに、これ以上駒が減ると、主要メンバーが表立って動く必要が出てくるかもしれん。


 彼らが捕まって、要らん情報まで吐かされたら、こちらにまで被害が及ぶ。別の手立てを考えた方が良いだろう。


 仕方ない、大金をつぎ込む事にになるが確実に仕留めたい。

 にご助力いたたこうか。



と連絡を取れ!」


「畏まりました」


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