第285話 オレに任せてくれないか?

 しかし、その日を境にドナート達は食材を手に入れる事が出来なくなった。



 といっても、魚やエビは産地直送だから手に入るし、商業ギルドから直接買い入れる物も手に入る。主に小麦粉やじゃがいもだね。


 パン屋や精肉店にプージョル商会の手が回ったのか、販売拒否されてホットドッグや豚の角煮が作れ無い。


 公的機関である商業ギルドは取引してくれるが、小売店が物を売らなくなってしまった。


 冷蔵庫の魔道具に食材のストックはある程度あるが、パンは硬くなるから余った分は削ってパン粉に加工していて、在庫は一つもありはしない。



「ははは、困ったな。エル、どうしようか?」


 厨房に立つドナートが、弱り切った表情で愛想笑いを浮かべていた。


「売ってくれないのは分かったけど、どこでも一切買えないのか?」


「いつもの店以外にも、交渉に走らせてるよ」


「屋台広場とかにも行ってみたか?」


「はあはあ……、ドナート! 少しだけ買えたぞ!」


 市場まで足を運んだ仲間が、息を切らせて厨房へ駈け込んで来た。


 その人が言うには、露店などの手売りをしてる個人店までは断られなかったらしい。


 昨日、取引を断ってからのこの対応。

 明らかにプージョル商会の手が回ってるようだ。


「パンは諦めて、お米を炊こう。肉は俺の手持ちから出すよ」


 マジックバッグいっぱいに購入した米は、一人で楽しむには多すぎるくらいの量があり、多少は店に卸しても問題無いだろう。


 肉に関しては言わずもがな、アイテムボックスに売るほどある。


 お米の事なら主食にしているヒノミコ国の人々だろうと、ホウライ商会の面々を呼び出して貰った。


「イズミさん、他の商会の嫌がらせで、食材が買えなくなってしまったんです。食堂でお米を料理に使おうと思うんですが、炊飯の指導が出来る方は居ますか?」


「おるで。ドナート達に指導すればええんやな?」


「よろしくお願いします」


 イズミさんは米炊き指導ができる人を人選し、厨房へと送り込んだ。


 残りのメンバーは、ウルフの解体をしに街の外へと行く事になった。


 指導料が魔石払いに落ち着いたが、ウルフを解体してその魔石で支払う事になった。

 解体はホウライ商会の乗組員が行うが、魔石と素材を抜いたウルフは、焼却処分しなければならないため、街の外でやる事になるのだ。


「それではここにウルフ200匹、置いて行きますね」


「「「おう!」」」


 ホウライ商会の乗組員10名が、一斉にウルフの解体に取り掛かる。


 通常の魔物の解体と違い、ウルフは心臓付近を切り開いて魔石を抜き、爪や牙を外せば解体が完了する。

 得られる素材が少ない分、解体に掛かる時間が短く、短時間で数を熟せるから、一人頭20匹の解体は、それほど無謀な数ではない。


 俺専用のマジックバッグの容量が尋常でないと思われてるだろうが、イズミさんには他人が使えないという事を知らせてあるから、特に気にせず大容量っぷりを見せつけている。


 因みに炊飯指導の料金はウルフの魔石50個だが、乗組員を遊ばせるのが勿体ないとたくさん解体させ、残りはホウライ商会で買い取るそうだ。


 俺はアイテムボックスの肥やしが減らせるし、イズミさんは魔石を安く調達できて、お互いにとって満足のいく取引となった。


 後始末用のウルフを捨てる穴は、土魔法で開けてある。

 魔法で簡単にできる事だし、それくらいのサービスはしないとね。


 それをしたおかげで、乗組員から感謝の言葉を多数送られた。

 ウルフ200匹を埋められる穴を掘るのは、大変な労力を伴うしね。




 厨房に戻ると、ちょうどお米が炊き上がったところで、鍋のお米を天地返しし蒸らす作業に入っていた。


「ドナート。お客さんはお米を始めて食べる人しか居ないから、一口サイズのおにぎりを作って、これからパンの代わりにご飯になると、試食をしてもらってから注文を聞こう」


「ああ、味を確かめさせるんだな? 分かった!」


 単純にパンをご飯に変えるだけじゃなくスプーンでも食べやすいよう、一部のメニューは丼物に刷新した。


 あと、お米は補充が効かないので、うどん系の食事が増えるよう、焼うどんもメニューに加え、食費を抑えたい人はうどん系。肉料理が食べたい人はラッシュブル肉、エールが飲みたい人はグリフォン肉で竜田揚げ等、ご飯の消費を抑えられるようにした。


「あと、試食したときに、『滅多に食べられない高級魔物肉! 赤字覚悟の出血大サービスです!』と、忘れずに宣伝もしておくように」


 提供するのがグリフォン肉やラッシュブル肉と高級肉だし、産地から遠く離れたボルティヌの街では、到底口にする事が難しい肉だから、ますます高価な肉になる。


 いつまで続けることになるか分からないけど、グリフォン肉の残弾は相当数あるからしばらくは安泰だ。


「分かった。パンが米に変わった悪い情報を、高級肉という良い情報で打ち消すんだな?」


 釣りをして途方に暮れていた以前のドナートとは大違いな、経営者的観点で会話が成立して、頼もしい成長に驚きを隠せない。


 まるで、男子三日会わざれば刮目して見よを、体現しているかのようだ。



 店はドナート達に任せて、俺も市場で食料調達に動く。


 ドナート達は知られているから販売を拒否されるだろうが、知られていない俺なら多少はましだろう。

 でもフェロウ達を連れているという目立つ特徴があるから、数日中に俺も販売拒否される覚悟は必要だな。


 店を回って食材だけでなく、パン屋も回って買い漁る。

 すぐには出さず、お米が尽きた時に活用する為だ。


 ヒタミ亭と取引の合った店に販売拒否をさせてるだけで、現時点では他の店にまでは手が回ってないが、大量購入できる程パンが準備されてる訳じゃ無いし、購入できる量は限られている。

 それに、何れはプージョル商会の手が回るであろうことが予想できる。


「こんな事に協力させられる店も可哀想だけど、プージョル商会はどれほど力を持った店なのか?」


「わふっ」「にゃー」「ココッ」「ピッ!」


 いくつかの店舗で食材を購入でき、町中を渡り歩いた甲斐があったと宿に戻った。





 あれから数日が過ぎたが、以前までの協力店が販売拒否しているのは変わらず、露店にも圧力をかけているようで販売してくれていた店が減り、仕入れに関しては状況が悪化している。


 それでも高級肉が格安で食べられると食堂は大盛況で、売り上げをぐんぐん伸ばしている。


 俺が提供した魔物肉の購入代金を正規の仕入れ価格で清算したら、利益は微々たる物になるけどね。


「おい、エル。店の前に居た破落戸を追っ払っておいたぞ」


「あ、ヴィラさん、いらっしゃい。いつもありがとうございます」


 絡め手が駄目なら次の策として直接的な妨害工作に出てきており、ヒタミ亭に近づく人を威嚇して客足を遠のけようという策略なのだろうが、ヴィラさんを筆頭に高ランク冒険者にはヒタミ亭は高評価のようで、通りすがりに掃除してくれている。


 最初は手加減していたヴィラさんも、同じ顔を何度か見ると、その都度手加減を加減してるようで、日に日に人数が減るのかと思ったら、新顔がどんどん追加されているらしい。


 成功を夢見て都会に出て来たけど、夢破れて破落戸に落ちぶれた若者が多いんだろうか?



 それにしても冒険者の常連は、下手な警備より役に立つな。



 そんな状況だから嫌がらせを受けている事を商業ギルドに相談したが、商売に関しては中立を保つつもりで仲裁に立たず、破落戸に関しては警備兵に相談してくれと、協力は望めなかった。


 まるで当てにならないが、大口の食材は購入できているから、それで良しとするか。


 警備兵は、取り締まってもらおうにも、道路を破落戸が威嚇しながらうろつくだけで、店には近づかず被害が無いから、警備兵を呼ぶような事態までは発展しないんだよね。


 嫌がらせに特化した人員を送り込まれているようだ。



 もちろん魔物氾濫スタンピードの時に面識を得た代官様には、高級魔物肉料理を手土産に、ヒタミ亭の現状を逐一報告させてもらってる。




 食材供給停止と破落戸攻めを乗り切っていたら、教育の行き届かない新入り破落戸が配置されたのか、店内まで足を踏み入れて来た。


 いや破落戸に新入りも糞も無いか。


「おう! ここは繁盛してるじゃねえか、オレ達にも少し恵んでくれよ」

「ガキ共の小遣いには多すぎるだろ、預かっといてやるよ!」

「さっさと出す物出しな! 客のお前等もな!」


 ナイフをチラつかせた破落戸が三名、客も逃さないよう入り口に立ち塞がった。


 流石に店舗まで押し込んできたら、警備兵に突き出せると密かにほくそ笑みながら、事態の収拾にあたる。


「三名様ご来店です! ご注文はいかがいたしますか?」


「ガキはすっこんでろ! 黙って金出しゃいいんだよ!!」


 抜き身の武器の携帯に脅し文句、嫌がらせを超えて押し込み強盗の振る舞いをする破落戸たち。


 店に足を踏み入れた時点で捕縛対象と考えていたが、犯罪者と言えるだけの罪状が確定したところで、どう取り押さえようか思案していたら、フェロウが先に動き出した。


「わふわふぅ~」


 パリパリパリッ


 気の抜けたよう鳴き声に、パリパリと乾いた音を立てながら、青白い閃光が破落戸を包み込む。


「「「ギョペェェェッ?!」」」


 麻痺する程度に手加減をしたフェロウの電撃の直撃を受け、小刻みに体を震わせ崩れ落ちる破落戸。


「「「おお~」」」


 あっという間に破落戸が取り押さえられ、その手際の良さにお客さんが安堵すると共に、感嘆の声を上げていた。



「フェロウありがとう。お客さんも怪我すること無く、強盗を制圧できたよ」

「わふわふっ」


 フェロウの柔らかい毛並みを撫で回し、ヒタミ亭の安寧を守ったお礼にたっぷりと構ってあげつつ、近くの席で食事を取っていたヴィラさんが声をかけてきた。


「何かあった時の為に入り口付近に席を取ってたが、オレは必要なかったな。それにしてもそのウルフ系の魔物、隠れ潜む敵を知らせるだけじゃなかったのか?」


 破落戸を蹴散らしてヒタミ亭に来ているから、こういった事態を想定して、ヴィラさんも気を配っていたようだ。


 そういえばヴィラさんと一緒に行動してた時、街道脇に潜む盗賊の存在をフェロウが知らせていたんだった。


 ヴィラさんが知ってるのはその能力だけで、最近発覚した雷魔法の能力までは知らなかったね。


「その破落戸、オレに任せてくれないか?

 落ち着いて飯を食えなかった腹いせに、誰が糸を引いてるのか口を割らせてやる」


 どうやらヴィラさんも、こいつ等の振る舞いにご立腹だったようだ。

 ストレス解消を兼ねて尋問してくれるらしい。


「それではお願いします。警備に通報するのはゆっくりでいいよ」


 今のところ嫌がらせ程度で済んでいたが、直接店にまで手を出して来たから、従業員にも手を出して来るかもしれないな。



 警備員を雇うにしても従業員全ては守れないし、どうしたものか……

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