第284話 伝手があるのかね?

 プージョル商会の会長は紳士風の出で立ちで、良く見ると袖口や襟元、そして裾に綿毛のような白いファーを付けており、自己主張が激しいのかシンプルな紳士服に個性的なアレンジを加えていた。



 まるで、綺麗にトリミングされたプードルのようだな!



 名は体を表すじゃ無いけど、かなり寄せてる気がする。

 だが、商人らしく裕福さを示す為、小太りな体格が何とも残念な雰囲気を醸し出している。


 この世界でプードルなんて、見かけた事は無いけどね。


「こんにちは。プージョル商会の会長さんでしたか。ゆとりのある時間帯に来たのは褒めてあげますが、事前に約束を取り付けないのは、いかがなものかと」


 一応相手が商会長と言う事もあって言葉遣いは改めたが、向こうが無礼で来るのだから、こちらも敬意なんてまるで払わない台詞を並べ立てる。


 それを聞いて眉を顰めるが、先ほどの失態を見ているのだから、こちらが譲るつもりは無い。


「先ほどは失礼した。私はプージョル商会の会長アポリナール。小さな店主君、ホウライ商会の会長に取り次いでくれたまえ」


 年長者である態度を崩さず丁寧に話しているようで、相手を見下したような物言いで命令をしている。


 その割には俺がテイムモンスターを引き連れているのを見ていたのか、今回の訪問では、自身の防衛策に護衛を伴っており、警戒しているのが明らかである。


「休憩しているところ悪いけど、ホウライ商会のイズミさんを呼んで来てもらっていい?」


「はい、行ってきます!」


 休憩中の給仕担当の女の子に声をかけ、元気な返事をして階段を駆け上がって行った。


「では、イズミさんが来られる前に、探し人?のお話しをしましょうか」


 秘密の会話をするつもりも無いし、取引をするつもりもない。

 何の用件でここに来たのか確認するだけだから、個室で話をする予定も無く、少ないとは言えまだ客の居る、誰にでも聞こえる食堂のテーブルで話し合いを始めた。


 第三者の目がある場所を選ぶことで、護衛を暴れさせて脅しにかかるような、無茶な真似をさせない対策でもある。


「いいだろう。ここに食導しょくどうが高い確率で居るのは分かっている、大人しく引き合わせなさい」


「そもそもあなたの言う食堂って何ですか?」


「食堂を繁盛店に導くお方だ、その方を勧誘し、その力で我が商会を更なる高みへと引き上げてもらう。隠しても身の為になりませんよ」


 他力本願かよっ!


 ……商人なら自分の商才でのし上げれよ。


 経営を人任せにしてる俺が言えた台詞じゃ無いけどね。


 最悪、任せた従業員の裏切りに会って乗っ取られたとしても、そこで働く従業員が不幸な目に会わなければ、それで十分だ。

 不動産は俺が保有してるから、家賃を取って細々と利益を得るだけでもいいしね。

 そもそも俺が経営陣から抜けたら、主力の魔道具が貸し出されなくなって立ち行かなくなるのが目に見えているし、取って代わろうという気は起きないはずだ。


 元々ミスティオでザックさんが宿を開く為に始めた商会だし、ヒタミ亭はドナート達への慈善事業感が強くて、利益の確保を目指している訳じゃ無い。


 俺の認識では、ホウライ商会と取引する為の醤油の為の拠点に過ぎなくて、多少の赤字程度じゃ俺の資産は揺るがないから許容範囲だ。


「その人の噂なら少し聞いた事があります。たとえここを訪れていたとしても、繁盛したら他へと旅立つのでは無いですか?」


「つまりここには居ないと?」


「会った事が無いので、来たかどうかも知りませんけどね」


「いや! これだけ新しい料理が産まれているんだ、必ず来ている!」


「新しい料理も何も、異国の調味料を使っているのだから、それに合わせた料理を開発しただけですよ。

 見た事も無い料理が産まれてくるのは当然です」


「誰もが見向きもしなかった、虫を使った料理も作られてるじゃないか! それは食導しょくどうが居た証ではないのか?!」


「ヒノミコ国では普通に食べられてますよ。あなたもホウライ商会さんと取引していたのですから、それくらいご存じでしょう」


「……ぐぬぬぬ」


 顔を赤らめねめつけている姿から、エビの食文化を知らなかったようだ。


 積み荷の高く売れる商品美味しいところしか見てないからだな。

 言い負かされて怒り混じりの視線を向けられても、お前が望む食導しょくどうには会えないと思うぞ。



 食導しょくどうが存在しない事が分かり掛けた頃、嫌々ながらもイズミさんが階段を降りて来た。


「わざわざ済みませんイズミさん。こちらのプージョル商会の会長が、イズミさんに用があるそうです。こちらの席に着いて、少しお時間を頂戴しても宜しいですか?」


 一つため息をついて素直に席に着くイズミさん。


「何の御用でしょうか、プージョル会長。取引についてはお断りしたはずですが?」


 えっ?!


 商談中は言葉が訛らないのか?!


「いえいえ、そう言わずに布製品と酒類を、私共にお譲りください」


「ですから、今回を含めて今後の積み荷は全て、こちらのエルさんが売約済みだと申し上げましたよね。倉庫には何もありません」


 その台詞を受けて、ギロリと俺を睨むプージョル会長。敵意を隠しもしない。


 船を一艘を出資しただけで、なんという好待遇。


「何も無い倉庫でも確認しますか? それともエルさんと商談しますか?」


 イズミさんの台詞を聞いて今気付いたかのように、にこやかな顔で手揉みを始めてこちらへと商談に入ろうとするプージョル会長。



 変わり身早いな?!



「どうですかエル。布製品と酒類をこちらで買わせてもらっても?」


 相変わらず年長者然とする態度は変わらず、対等な商談相手をくん呼びしてるし、舐めた態度が鼻に付く。


 どうせ売る伝手はコスティカ様しかないし、他にはエリノールの兄のサンティアゴくらいだ。こちらは大量購入は無理だろうから、プージョル商会に販売するのも吝かではない。


「金額次第で応じますよ」


「こちらの金額でいかがですか?」


 運ばれて来た量が分からないプージョル商会は、反物一本に大銀貨8枚、酒樽一樽で金貨1枚と単価を提示してきた。


 ウエルネイス伯爵家に宝珠産の布を売った時は、金貨で買い取られたのだが、それよりも低い金額が提示されている。


 不審に思った俺は、チラリとイズミさんと目を合わせると、軽く首を横に振り、相手から見えないようテーブルの下で掌を下にして上下させていた。



 ホウライ商会と取引していた額より低いって事か?!



「金額を確認するので少々お待ち下さい」


 プージョル商会の前だが、ルドルツから受け取ったホウライ商会との取引リストを開く。


 獣皮紙に書き込まれているから、文字が見えないように開いても、紙のように裏側から透けて見えないのが利点だな。


 買い取り単価を見ると、提示額の倍ほどで取引されていた。


 若い俺には売り捌く手段が無いと思ったのか、足元を見て買い叩こうとしているようだ。


 本来ならここから値段交渉をするのだが、倍額まで交渉したとしても原価にしかならない。それ以上の単価を引き出さなければならないから、労力に見合う作業とは、とてもじゃないが思えない。


「お話しにならない額なので、お断り致します」


 さっさとお帰り願おう。


「ふふッ。そんな事を言っても良いのかね? 君みたいな若造に、高級品を扱う伝手があるのかね?」


 本音を言えば、売ろうが売るまいがどうでもいいのだが?


 酒類は手土産にも使えるし、食堂で使えば捌ける物だし、布製品はコスティカ様に任せるが不良在庫になっても構わない。お金ならあるし、アイテムボックスに死蔵すればいいしね。


 むしろ、安値を付けられてホウライ商会が立ち行かなくなって、醤油が手に入らなくなる方が、個人的には困る。美味しい物が食べたいしね。


 布製品や酒類は、醤油を手に入れる為の必要経費と考えてるから、無駄になっても構わない。


 だからルドルツには、ホウライ商会の希望額で買い取れと指示を出していた。



「こちらの販売先の有無は、貴方には関係の無い話ですよね?」


 普通ならそこで食い下がるとか、単価を上げたりこちらの希望額を聞いたりとか、買い取れるよう交渉するだろうに、別の話題に流れが移ったぞ。


 なんだ?

 俺の販売先を潰す算段でも考えてるのか?


 だとしたら口にする訳には行かないな。



「今後の活躍を楽しみにしている」


 そう言ってプージョル商会の会長は席を立った。



 意味深な台詞を吐いて、去って行った。




「イズミさん、いつもあんな感じで取引してたんですか?」


「せやねん。買い取り単価上げてと交渉しても上げてくれへんし、取引するたび足元見て単価下げてくんねん。ほんま腹立つ!」


 あ、方言に戻った。


「先ほどと話し方が変わりましたよね?」


「営業トークは疲れんねん。勘弁したってや」



 あれは営業トークちゃうやろ!!

 訛って無いだけや!



 思わずヒノミコ国の訛りで突っ込んでまうわ!


「それで他にも売れる商材が無いか、露店で販売してたんですね。プージョル商会に買い取りを打診しなかったのですか?」


「しててん。せやけど泥水(醤油)や粘土(味噌)やゆうて、売り物にならないっちゅうてバッサリや」


「見る目無いですねぇ」


「ほんまや」


 ホウライ商会の持ち込む商品は、調味料こそ宝物だろう!


「エルはんにうてもろて、万々歳や。ほんまおおきに」


 プージョル商会がイズミさんに詰め寄る事が無くなって、肩の荷が下りたのか眩しい笑顔で笑っていた。




 しかし、その日を境にドナート達は食材を手に入れる事が出来なくなった。

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