第8話 初依頼?
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、お食事ですかご宿泊ですか」
俺と同じくらいの背丈をした女の子から声をかけられた。
階段下の空間にこじんまりとした受付カウンターのある宿で、女の子の後ろには厨房が見え、カウンター正面側には食堂が広がっている。
「冒険者ギルドから来ました、水汲みの依頼です」
「おとうさーん、水汲みの人来たよー」
「裏口から入ってもらえ!あと説明も頼む!」
昼食の時間にはまだまだ早いが、準備が忙しいのか厨房からカチャカチャと音が聞こえてくる。
「忙しいみたいだから、私が説明するね。裏口にまわろっか」
「カウンター空けても大丈夫なの?」
「この時間なら少しくらい空けても大丈夫よ」
一度外に出て裏口に回る。
「わたしはツーリア、あなたは?」
「俺はエル、初めての依頼なんだ」
「そっか、裏口の庇に水瓶があるのと、裏口入ってすぐ大きい水瓶があるから、その二つを満タンにしてほしいの。井戸はこっち」
と少し離れた井戸まで案内されるが、手押しポンプが付いており水汲みは楽だが、運ぶのが大変な依頼のようだ。
手押しポンプもエロ大王の農業改革の一環かな。よくある知識チートとやらは使い物にならないかもしれない・・・
「俺、水魔法で水瓶をいっぱいにするから、井戸の案内は良かったのに」
「そうだったの、わざわざごめんね。わたしは受付に戻るからあとお願いね」
ツーリアは受付に戻り、俺は周囲を見渡し人気が無いのを確認したら、こっそり水瓶にクリーンを掛ける。飲食店だし衛生管理は必要だよね。
水魔法で外の水瓶を満たしたら、中に入りクリーンと水魔法で大瓶も満タンにする。
「親父さん水汲み終わりました」
「おお早いな、テト確認してやってくれ」
厨房で手伝いしてた、料理人見習いっぽい子に水瓶を確認してもらう。
「大丈夫ですね」
「では依頼書に完了のサインを親父さんに貰いたいんですが」
「おとうさーん、サインだってー」
応、と返事が来てテトに作業の続きを指示して、完了のサインを貰った。
「お前さん「エルです」エルは手際も良かったし、明日も来てくんねーか」
「いいですけど、この依頼って何時まで続くんですか」
ありがたいけど見習い料金でいつまでも引っ張られたら堪らないぞ。
「カミさん次第だ、水汲みは任せてたんだが倒れちまってよ、具合がよくなりゃ依頼は取り下げるぞ」
いや女性に水瓶2個の水汲みは重労働じゃないのか。
「奥さんにどんな仕事を任せていたんですか」
「朝は水汲み、昼間は受付、夜は接客、諸々終わったら会計だな。あと部屋が空いたら掃除もか」
めちゃめちゃ働き者じゃないかっ、っていうかブラックすぎるだろこの宿。
「朝の水汲みは女性には重労働すぎるでしょ、それに夜の接客ってなんですか。奥さんに客取らせてたんですか!」
「カミさんにそんな仕事はさせねーよ!夜は酒も提供してるからツーリアに給仕させられなくて、カミさんにやってもらってるんだよ!」
「それでも奥さんの仕事量が多すぎるでしょ、倒れるのも無理はないですよ」
「だがオレの作る料理が好きって言ってくれてな、他のことは私たちに任せて大好きな料理をがんばって言われてはな・・・」
「人手を増やせるほど稼いでないんですか」
「オレの代で食堂をメインにしてから食事の客も良く入るようになったし、食事目当てで泊り客も安定してる筈だぞ」
なら人手増やしても大丈夫か。
「明日も依頼受けますね、ギルドに戻ったら報告しておきます。それと助っ人を呼びますので、日当をお願いしますね」
「おう、わかった準備しとく」
「それと奥さんの具合はいかがですか」
「良くなってると思うんだ、肉が食いたいって言うからステーキ持っていったら、これは重たいと言われてな。食欲はあるみてーだがどうしたもんか」
それならあの料理かな。
「丁度いい料理があるので、厨房貸してくれませんか」
「おういいぜ、肉以外に必要な物があったら言ってくれ」
「玉ねぎをお願いします。みじん切りにして炒めますので」
手際よくみじん切りをする親父さん。今更だがチェスターさんと言うらしい。
「俺は玉ねぎを炒めていきますので、パンを粉にするのと、お肉もみじん切りにして下さい」
「おう、ミンチ肉にすればいいんだな」
飴色になった玉ねぎとひき肉とは言わないのか、ミンチ肉にパン粉と塩と砂糖を適量振りこね合わせていく。つなぎの卵は無かったから、後入れみじん玉ねぎの無いバージョンだな。
空気を抜き小判型に成形したあと、中央をへこませて弱火にかける。
薪の火力調整は分からないから、チェスターさんに火力を伝えて調整してもらう。
徐々に火力をあげ中火で片面に焼き目が付いたら裏返して蓋をする。
弱火でじっくり焼いたら出来上がりだ。
「二つ焼いたから、片方は試食しましょう」
一つを三等分に切り分け、俺、チェスターさん、テトくんで食べる。
なんの肉か分からなかったけどステーキ用だし、合い挽き肉のやり方もで丁度良かったみたいだ。
「おお!ステーキの歯ごたえは無いけど、肉のうま味がじゅわっと溢れて、口の中でほぐれる肉が食べやすいぞ!」
チェスターさんの評価はいいみたいだ。
「さっそくカミさんに食わせてくる!これうちの店で出してもいいか?」
「いいけどそのまま出さないで下さいね、味付けやソースかけてより美味しくして下さいね」
とハンバーグを持って奥に消えていった。
「エルさん美味しかったです、なんて名前の料理ですか?」
「ああ言って無かったか、ハンバーグっていう料理です」
テトくんも気に入ってくれたようだ。
「カミさんに渡してきた、いい料理を教えてくれて「おとーさーん、お客さんが沢山入ってきたよっ、お昼の定食早くだしてー!」ありがとう」
返事を返そうとしたら注文が入ったことをツーリアちゃんが告げる。
「おうエル!暇なら給仕手伝ってくれ!」
「いま食堂はツーリアちゃん一人なんでしょ、いままでどうやってたんですか!」
「客を待たせながらテトが行ったりオレが行ったりだな」
「事情知ってるから手伝いますけど、ギルド経由の依頼にして下さいね。見習い期間を早く終わらせたいので」
「ああ、頼んだぞ!」
話しながらも手際よく料理を仕上げ、それを持って食堂へ向かう。
「ツーリアちゃん、給仕手伝うことになったよ宜しくね。この料理どこに持っていったらいい?」
「そこの冒険者さんたちのテーブルへお願い」
「了解」
チェスターさんの料理が美味いのか、テーブルは昼前から満席で、こんなの三人でどうやって回してたのかと疑問を抱きつつ、給仕をこなしていった。
ツーリアちゃんと二人で給仕しても手が足らず、テト君にも食堂に入ってもらったりとかしながら、誰かがミスったら破綻しそうなギリギリ綱渡り状態の給仕も終わりが見え、お昼の客が掃けてきた頃に、一旦厨房に戻ったテト君が来た。
「ツーリア受付変わるよ、エルさんも食事を用意したから二人で行ってきて」
「お兄ちゃんありがとう、エルさん厨房で一緒に食べよ」
厨房に行くと用意されていた賄いはハンバーグだった。
「おとーさん新しい料理作ったの?」
「おう食べてみてくれっ、うんまいぞ」
娘にはデレデレの親父みたいだな。
テーブルをみるとハンバーグには赤くてケチャップほどドロッとしてないソースがかかっていて、付け合わせの野菜とパンが用意されていた。
「おとーさんこのミンチ肉すごく美味しいよ!赤いソースと一緒に食べると酸味がアクセントになって一段と美味しい!」
ツーリアちゃんも気に入ってくれたようだ、しかしハンバーグを作ってすぐにトマトソースに行きつくとは、チェスターさんは天才料理人なのかもしれないね。
後片付けはテト君に任せて、チェスターさんと一緒に冒険者ギルドに向かう。
「ナターシャさん、水汲みの依頼の件なんだけど・・・」
「おやチェスターさん、この子が何か失敗したのかい?」
「違いますよ、明日も俺が受けるのと追加の依頼を出しに来たんですよ」
ギルドの受付嬢?はナターシャっていうのか。
「水汲みのあと給仕を手伝ってもらったから、その分を事後依頼で出したいんだ。勿論どちらも評価Aだ」
「それだけ評判がいいなら、明日の依頼が終わったらエルは見習い卒業かな」
「そんな簡単にランク上がるんですか?」
「Fランクは依頼主とやり取りして、無難に熟せるかっていうのが評価点なんだよ。ギルドでの仕事の手順を覚えてもらうのが目的だから、依頼主と喧嘩したり失敗しなければ、割とすぐに上がるもんさね。それに追加の依頼も、事後依頼にする交渉が出来るなら十分さ」
「エル君、明日もきょうと同じくらいの時間に頼むな」
「わかりました」
チェスターさんは【角ウサギ亭】に帰っていった。
「それで事後依頼の依頼料はいくらにしたんさね」
「あっ、急だったから決めてないっ」
「うっかりしてるねぇ。まあ今回は多めに見ておくけど、これからは注意するんさね」
「・・・気を付けます」
「宿屋の水汲みが1000ゴルド、宿屋の給仕が3000ゴルドさね」
「依頼料の差がひどいなっ」
「見習いが受けて失敗する前提で、税金や手数料の掛からない最低料金なんさね。給仕の方は税金もギルド手数料もさっぴいてあるさね。ほら大銅貨4枚受け取りな」
「ありがとうございます」
パン1個が100ゴルドで買えて安宿が2000ゴルド、節約生活なら街中依頼だけでも暮らせそうだね。毎回あるとは限らないのが難点だが。
チュートリアルランクだったのか、Eランクからが本番だな。
まだ夕方には早いし、Eランクの依頼を確認してから帰ろう。
参考までに
銅貨 100ゴルド
大銅貨 1,000
銀貨 10,000
大銀貨 100,000
金貨 1,000,000
大金貨 10,000,000
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