1-2
『まずはムーンビーストの攻撃です』
ナレーションの声とともに、カラコロと馴染みのあるダイスの音がした。
同時に『47』という数字がムーンビーストの横に表示される。……あれもしかしてダイスの結果?
確かムーンビーストの攻撃手段は『槍』だ。その成功値は『25』
CoCのルールでは成功値より低い数字を出さなければ失敗となるため、『47』は失敗判定となるはずだ。
声を上げながらムーンビーストはわたしたちに突っ込んでくるが、その攻撃は大きく外れて壁の一部を貫いた。
鉄筋コンクリートの壁には握り拳ほどの穴が開く。外れてラッキーなどという問題では無い。
こんなの当たったら死ぬ。即死だ。
『探索者の手番です』
動揺するわたしを放置してナレーションが再び聞こえる。
占い師は赤い瞳を鋭く尖らせてムーンビーストを睨みつけた。
彼はそのまま、わたしを背中に隠すようにして拳を固める。
「おらああああああああッ!」
お昼の情報番組に出ている品行方正な占い師から発せられたとはとても思えない雄叫びをあげて、彼はムーンビーストに素手で殴りかかった。
……わたしもセッション中は流していたけれど、実際に目の当たりにするとこんな化け物に素手で殴りかかるとかどうかしていると思う。
占い師の雄叫びと共に再びカランとダイスの音が聞こえた。占い師の隣に表示された数字は『78』……ずいぶんと高い。
同時にダイスの音がもう一つ聞こえて、ムーンビーストの隣に『48』という数字が表示される。おそらくムーンビーストが『回避』ロールをしたのだろう。
……待って。回避ロールが発生したということは、占い師の攻撃は成功したということになる。
78で成功するとか、この人いったい攻撃技能にどれだけ割いているのだろう。
わたしがそんなことを考えているあいだに、占い師の拳はムーンビーストの脂ぎった肌にめり込んだ。どうやら回避ロールは失敗だったらしい。
カランと音がして『5』という数字が表示される。5ダメージ与えたということだろうか。
その程度のダメージでは到底ムーンビーストは倒せない。
奴は脂ぎった体を動かしながら再び槍を構える。
「チッ」
占い師が舌打ちをした。品行方正という彼の世間のイメージ図がわたしの中でどんどん崩れていく。
「来いッ!」
そう言って占い師はやや乱暴にわたしの手を引いた。
『ムーンビーストの攻撃です』
戸惑うわたしをよそにナレーションの冷たい声が響く。
カランとダイスの音が聞こえたが、ムーンビーストに背を向けているため、結果はわからない。
ただ、もう一度カランとダイスの音がして、今度は占い師の横に『80』という数字が表示された。なんのダイスかはわからないがこれまたずいぶんと高い。
そう思った次の瞬間。わたしたちの真横をムーンビーストの槍がかすめた。
セミロングのわたしの髪が数本、槍に貫かれてはらはらと舞い落ちる。
「大丈夫か!?」
占い師が大声を上げる。わたしは「なんとか」と答えて、その顔を見上げた。
品行方正な占い師の顔はどこへやら、そこにあったのは鋭い目をした狂犬の顔だった。……顔立ちが良いことに変わりはないのだけれど。
「こっちだ!」
そう言って占い師はビルの一室に飛び込む。何やらドアプレートに文字が書かれていたが、暗くて読むことはできなかった。
室内にわたしを投げ捨てて、占い師は内側からドアを施錠する。
「……ふう」
そうして占い師は大きく息を吐き出した。
……一息ついているところ申し訳ないが、もう少し優しく扱ってもらいたいものだ。
わたしがそれを伝えると占い師は「悪ぃ悪ぃ」とあまり悪びれていない声で答えて、ライターを灯した。
暗闇の中に端正な顔立ちが浮かぶ。
「怪我ァ無ェか?」
占い師はそう言って少し屈んでわたしと目線を合わせた。わたしは小さく頷く。
「そうか」
安心したように少し微笑みながら占い師はそう言ってドアの向こうに聞き耳を立てる。
カランとダイスの音がして『48』という数字が表示された。聞き耳ロールのようだ。
「……今ンとこ大丈夫……かな」
小さな声でそう言って占い師は改めてわたしを見る。
……いったい、彼は何者なのだろうか。
ムーンビーストはニャルラトホテプの眷属だ。
それに襲われていたから、おそらく彼はニャルラトホテプではないのだろう。
とはいえ、素手でムーンビーストを相手にしたり、あまりにも高い戦闘能力があったりと、どう考えてもまともでは無い。
思い切ってわたしは「村駆先生って何者なんですか?」と直球で聞くことにした。
「あー……」
すると占い師の村駆彼方は急にバツの悪そうな顔で頭を掻く。
「なんつーか……その名前で呼ばれるとむず痒いな」
そう言って占い師はしばらく考え事をしていたようだが、やがて諦めたように息を吐き出し
「とりあえず、俺の名前は”高倉要”だ。”占い師の村駆先生”ってのは行儀良くしとかなきゃいけねーみたいだから、今は本名で呼んでくれ」
と告げた。その時だった。
『探索者”高倉要”のキャラクターシートが閲覧できるようになりました』
ナレーション——ではなく、わたしの目の前にそう書かれたポップアップが現れたのだ。
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