第26話 26

26




「ニコッて笑って。はい。チーズ」

「無理」

「うーん。無表情だなぁ」

「・・・こんなの聞いてない」


 学校に戻った俺達は部室で撮影会を行なっていた。

 雛倉を椅子に座らせ、三脚でカメラを固定する。

 肩から頭の天辺までが収まるように画角を調整し、残すはシャッターを切れば写真が撮れるという段階で仏頂面の彼女から嫌々と抗議が入った。


「普通に撮るだけじゃダメなの? 別に写真だけで評価される訳じゃないんでしょ」

「それはそうだけど。やっぱり第一印象は大事だと思うよ? ムスッとしてるよりかは笑ってくれてる方が好印象になるだろうし」

「何言われても無理なものは無理なの」


 笑顔を作ろうとすればする程に表情は強張って、うふふと笑って欲しいのにむむむと険しい顔付きになっていく。


「参加するだけでも大変なのね。ミスコンって」

「そうかなぁ?」


 ミスコンに出場すると宣言した雛倉を部室に招いて早三十分。色々試行錯誤はしてみれど、未だ宣材写真は作れていない。


「ここは俺の小噺で一笑いをもぎ取るしか」

「さっきそれでスベってたじゃない」

「・・・うん」


 根を詰め過ぎても状況は改善していかないことが分かったので一旦休憩にしよう。

 椅子を持って彼女の対面に座る。クラスの手伝いを抜け出してきているので、雛倉がクラスメイトに怒られてしまわないかが少し気掛かりだ。


「文化祭の準備の方は大丈夫?」

「問題ないわ」

「あれ? そういや一組って何やるんだっけ?」

「・・・ロミオとジュリエット」

「おぉー。文化祭と言えばの代名詞だな」


 彼女が大量に抱えていた段ボールの用途にもようやく合点がいく。あれは舞台の大道具として使う物だったらしい。彼女は裏方の仕事をしているのだろうか。

  

「劇には出ないのか?」

 

 そんな考えで何気なく尋ねたら露骨に表情を顰められてしまった。何が不味かったのか分からずに首を傾

げると、ぷいっと彼女はそっぽを向いて心底嫌そうに言葉を漏らす。


「出るわよ。ジュリエット役で」

「・・・え?」


 バチバチの主人公役であんぐりと口が開いた。


「そんな大役任されてたなんて聞いてない!」

「鼻の下伸ばして浮かれてたのは何処の誰だっけ?」

「ごめんなさい」


 墓穴を掘ってしまい速攻で謝罪したのだが、火のついた雛倉はそう容易くは止まってくれない。


「大体ね。あんないかにも面食いそうな女があんたの中身も知らないで好きになる筈ないでしょ」

「うん・・・。そうなんだけど傷付くからやめて?」

 

 ド直球な物言いに身を縮めて許しを乞う。

 その姿があまりに惨めだったからかそれ以上の言及はされなかったが、彼女はまだ消化不良のようで鼻を鳴らして不機嫌さを表している。


「ま、まだちゃんと髪乾いてないんじゃないか?」

「・・・それがなに?」

「いや、乾かすの手伝おうかなーって」

「ご機嫌取りしようとしてる」


 俺の下心はいとも容易く見透かされて、雛倉からジト目を向けられる。軽薄な態度に見られただろうか。

 

「そうじゃない、けど。雛倉のために何かしたくて。折角の綺麗な髪が傷んだりしたら勿体ないからさ」

「・・・引っ張ったりしないでよね」

「うん。因みにヘアブラシとか持ってたりする?」

「はい。貸したげる」


 そう言って鞄の中から取り出した髪櫛を受け取って彼女の後ろに回った。毛先の方から髪を一束すくうとしっとりと湿り気を帯びている。


 強引に櫛を通すとダメージになってしまうので、髪が引っかからないように優しく梳かしていく。かなり気を配って行ったけれど、雛倉の髪は元よりサラサラで柔らかく、簡単に解れていく。


「なんかくすぐったいわ」

「嫌じゃない?」

「そうは言ってない」

「それじゃこのまま続けるね」


 毛先から頭皮に向かって徐々に位置を変えていき、水気を飛ばすために髪を広げて空気に晒す。

 本当はドライヤーで乾かしてあげたいのだが、場所が場所なので持ち合わせがなかった。


「なんか手慣れてる」

「マナのお世話で身に付いた」

「そっか。マナちゃんね・・・」

「・・・どした?」

「別に。なんでもない」

「そ、そっか」


 一瞬剣呑な空気が顔を出した様な気がしたけどマナの名前を出したらその気配が霧散する。元々、俺の勘違いだったかもしれない。直近に喧嘩しているから少しの違和感にもビクビクしてしまって、無意識の内に胸を撫で下ろしている自分がいた。


 そもそも俺達は仲直りしたと言っていいものか。

 明確に言葉にしてはいないような気がするし、もっと凄いことを言われたような記憶もある。

 

 果たしてその条件を俺は満たせているのだろうか。

 

 少なくとも言葉を交わして、触れていられる。

 でも、決して許された訳ではないから。

 俺は証明を続けていかなければいけない。


 そんな考え事をしていたら雛倉の頭が僅かに動いて上目遣いに俺を見上げる。何かと思って首を傾げると彼女はこんなことを聞いてきた。


「八雲は文化祭の日忙しいの?」

「そうだね。午前中は部活の方につきっきりで午後からはクラスの当番が入ってる。だから、そうか。一組の劇見にいけないじゃん」

「それは見に来なくていい」

「ミスコンも見に行けないな」


 ミスコンは体育祭で行われる大トリのイベントだが、その時間帯も俺は執事として働いている。彼女の晴れ舞台をこの目に焼き付けるのは少し難しそうだ。


「ミスコンは見に来ないと許さないわよ」

「え。い、いや、お仕事が入ってて・・・」

「ふーん。私よりも仕事の方が大事なんだ」

「雛倉さん?」

「八雲はそういうのちゃんとやらないタイプなのね」

「そういうのってなに!? どういうの!?」


 謎会話を展開されてどうにも雲行きが怪しくなってきた。クラスの仕事は皆平等に振り分けられているので俺だけが我儘を言うことはできないのだが、彼女の目はマジである。


「と、ところでジュリエット役がここにいて平気?」


 出来ることなら劇もミスコンも両方見たい。ただ、それは俺の意見だけでどうにか変えられることではないので、ここは一旦話題転換を試みた。


「平気よ。今日はもう稽古しないから」

「そうなんだ。もう本番まであんまり時間ないけど」


 雛倉は一応矛を収めてくれて、話に応じてくれる。

 このまま談笑を楽しもうという俺の思考の中にふと、とある一つの疑問が浮かぶ。


「ロミオ役って誰がするの?」

「ロミオは浩二ね」


 それは聞かなくても分かることだった。

 王子が王子を演じるのは至極当然の流れで、その配役は適切だと納得できる。できるが、あまり面白くはない。


「何よその顔は」

「別に・・・。何でもない」

「言っとくけど私がジュリエットに選ばれたのは金髪だったっていう馬鹿みたいな理由だからね?」

「・・・ふーん」

「な、なによ。疑ってるの?」


 俺の愛想ない対応に珍しく雛倉が慌てている。


「ロミオ役だって私が指名した訳でもないし。それでも、なに? 不満がある訳?」


 気遣うような視線と若干膨らんだ頬。

 嘘をついているようには見えないし、思わない。

 でも、恋愛というのはその場の雰囲気や勢いで途端に傾いてしまうことがあるから、堪らず不安になる。

 

「そんなこと言って本番でちゃっかり王子とキスしたりするんだ。漫画だとそうだもん」

「このばかやくもはホントに・・・」


 俺の訴えに心の底から溜息を吐いた雛倉が体ごとこちらに向き直るので、滑るように金髪が俺の指先から離れていく。


「馬鹿なこと言わないの。自分はしてた癖に」

「してないって。こちらファーストキスまだです」

「ふん。どうだか。そんな証明できないでしょ?」

「あれだけボロクソ言ってた人がキスなんて許す訳ないだろ・・・」

「そんな理由じゃ信用できないけどね」

「頑固だなぁ。詰んじゃってるのよ」


 形として表せない証明は最早不可能に近い。

 くどいくらい意思を曲げてもらえないので誤解は解けないのかもしれないと、そんな風に諦めかけたら、


「そうね。下手くそだったら信じてあげられるけど」


 雛倉の口からとんでもない爆弾発言が飛び出した。

 一瞬意味がよく分からなかったが、それを言葉に出していたら後には引けなくなっていたことだろう。


「あっ。流れ星」


 そんな覚悟は決まっていなくて、俺のよくない逃げ癖が顔を出す。星なんて一つも見えない窓の外に視線を逸らして、勢いに任せて嘯いた。


「雛倉がミスコンで優勝できますように! な、なんて・・・」

  

 恐る恐る視線を戻して雛倉の表情を確認するとやはり彼女は不満気だ。俺のヘタレ具合に溜息を吐いて腕を組む。


「・・・まぁいいわ」

「ほっ」

「今日のところはね」

「うっ」


 安心した瞬間、悪戯っぽい笑顔を浮かべる彼女。

 含みのある言葉も今なら正しく理解できる。

 いつか。今日じゃない。近い未来に。

 もう、いつまでも待たせるつもりはないから。

 だから、その時は俺から手を伸ばすんだ。




 

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