第24話 24

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「この蛆虫追い出そうぜ」

「テコでも動かないぞ。そいつは」

「こっちにまで陰気な空気か移るんだって」

「そっとしておけ。触れると祟られそうだ」

「こいつの自業自得なんだろ?」

「聞くところによるとな。まぁ、相手が悪い」

「あぁ、女豹に捕まったとか。結構有名な話だぞ」

「ちょいは噂を聞き流す傾向にある。俺は好きだが」

「それで痛い目見てるんだから世話ないな」

「まぁ、浮かれた顔は簡単に想像がつく」


「おまえら本当に俺の友達か?」


 黙って聞いていたらサンドバッグよりもボコボコに殴られていて驚きを隠せない。


「傷心の友達によくそこまで言えるな」

「構って欲しそうにしてるところがうざいもん」

「追い討ちすんな」

「一日に二回も振られるなんて世界広しと言えどおまえくらいじゃないか?」

「別にどっちも振られてねぇよ」


 的確に急所を捉えてくるもぶの鋭峰で耳が痛い。

 聞いているのが耐えられなくて机の上に倒れ込む。


「仕事しないなら帰れ」

「・・・一人になりたくない」

「ガチできめぇ」


 文化祭はこの週末に迫っており、執事喫茶の準備も最終段階に入っている。今日で粗方完成させるらしいので、みんなギリギリまで学校に残るようだ。

 文化祭とは関係のない個人的な理由でそれは非常に有難い。誰かと一緒にいて気持ちを誤魔化していないと憂鬱と罪悪感に酷く苛まれてしまう。


 だから、こうして碌に仕事もせずに二人にくっついているのだが、彼らはこれっぽちも構ってくれない。


「部員が増えて部活が充実し始めたからって冷たいぞ」

「客観的に見て俺はちょいが悪いと思うから掛ける言葉が浮かばねぇだけだ」

「・・・やめてくれ」


 そんな身も蓋もないことを言われてしまったら何も言い返せない。目先の誘惑に釣られたのは確かに俺だけど、騙される方が悪いなんてそんなのあんまりだ。


「俺が言ってんのは雛倉さんの事だぞ。曖昧なポジションで満足して、何にも行動を起こさなかったのがおまえの敗因だ。俺は諦めなかったから手に入れたぞ」


 能動的に行動して新たな部員を獲得したもぶと受動的に流されて大切な関係を失った俺。

 誰よりも失わないように、傷付かないように生きてきた筈なのに、手元には何も残ってはいない。

  

「とにかく陰鬱な奴がいたらクラスの輪が乱れんだ。おまえはさっさと買い出しにでも行ってこい」

「・・・俺一人でいかなきゃいけないのか?」

「今は一人になって頭を冷やす時間も必要かもな」


 買い物リストが書かれた紙切れを押し付けてくるもぶと俺の脇を抱えて無理矢理立ち上がらせるくろこ。

 最早抵抗する気力も沸かず、為されるがままにそのまま教室の外まで押し出されてしまう。


「領収書忘れないようにな」

「・・・俺は一言も行くとは言ってないぞ」

 

 せめてどっちかついて来て欲しいとごねていたら、隣の二年一組の扉が開いて、中から金髪の少女が姿を現した。


「本当に一人で大丈夫?」

「平気」

「別に寧々ちゃんがいかなくてもいいんだよ?」

「でも、邪魔になってるみたいだから」

「そんなこと・・・。ううん。分かった。無理はしなくていいからね」

「分かってるわ」


 彼女に気付かれる前に教室の中へ戻ろうと前のめりに転げこもうとして、勢いよく扉が閉められる。内側からガチャと鍵をかける音まで聞こえてきて、完全に逃げ道を失った。あまりにも間が悪すぎやしないだろうか。


 顔を合わせたくないのにデカい音を発てやがったもんだから彼女が反応してこちらに振り返ろうとする。

 それを機敏に察知して背中を向けようとしたら全身がガチガチに固まっていて上手く足が回らない。

 一瞬だけ目が合って、そのコンマ数秒の間に彼女の目尻が吊り上がっていくのが分かった。


「どうしたの? 寧々ちゃん」

「・・・なんでもない」

「あ! 領収書だけはちゃんと貰ってきてね」

「えぇ」


 その単語で会話の内容を理解する。

 雛倉も買い出しを頼まれているようだ。

 下駄箱までの道のりを追いかけられながら歩くのは心臓に悪いので、慌てて足を繰り出した。

  

 もつれそうになりながら足早に下駄箱まで向かいスニーカーに履き替える。しかし、どうしてだ。後ろからは既にガサゴソ物音が聞こえていた。


 そちらは一切確認せずに昇降口を抜け、学校の近くにある百円ショップへと急ぐ。学校に残って作業している生徒が多いからか普段よりも道行く人の数は少なく感じた。


「・・・」


 そのせいか後ろから見られている感覚が顕著だ。

 もしや行き先も同じなのだろうか。

 肩越しに振り返って確認してみると、瞳孔の開いた双眸が俺の後頭部を睨みつけていた。

 完全に獲物を捉えた時の眼球の動きで背筋が凍る。


「許してくれぇ・・・」


 震えながら歩き続けて十分強。ようやく目的地に到着し、滑り込むように店内に入った。

 この辺りでは一番品揃えの多い店舗で、所狭しと陳列棚が並べられている。それを利用して彼女を避けつつ買い物をしようと企んでいたのだが、

 

「あっ・・・」

「・・・」


 ランチクラスの売り場でも、


「・・・あっ」

「・・・」

 

 ガーランドの売り場でも、


「・・・」

「・・・」


 カラーバルーンの売り場でも、何処に行っても雛倉と遭遇してしまう。限られた予算で安くお洒落な物にしたいと考えたら行き着く先が同じになってしまうのも当然だ。俺の考えが甘かった。


「880円になります」

「千円で」


 レジに向かうタイミングまで被ってしまったのでどうしたって落ち着かない。お釣りを待つ時間すらと焦燥感に駆り立てられてしまう。


 逸る気持ちで釣銭を受け取って即座にその場を離れようと踵を回したタイミングで、背後からか細い声で「領収書」と聞こえてきた。  


「あ! すいません。領収書お願いできますか」


 完全に頭からすっぽ抜けていて危うく自腹になるところだった。領収書を書いてもらっている間に雛倉の様子を窺うと、素知らぬ振りでブレザーのポケットから財布を取り出している。


 自分が忘れないために口に出したんだろうな。なんて、そんな身勝手な解釈をしていたい。だけど、きっと、彼女は俺のために教えてくれたのだと思うから。


「ありがとう」


 きちんと聞こえるように言葉を伝えた。

 反応はなかったけれど、心は少し暖かかった。




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