第22話 22
22
ミスコンの参加締め切りが近付くとそれ関連の仕事も減って時間に余裕ができてきた。しかし、写真部の準備は何一つとして終わっていないので、結局クラスの輪には混じれずに部室に缶詰めで作業をしている。
文化祭では学校行事の写真を展示するつもりだ。
風景の写真も織り交ぜれば雰囲気は出ると思う。
後はこの物理実験室があまりにも無機質なので、ある程度は華やかにしておきたい。まぁ、それはクラスの小物作りで余った物で代用できるかな。
去年は他にも部員がいたので自分の写真は二、三枚しか展示できなかったけれど、今年は全て自分でレイアウトを考えられるのでとても楽しい。
唯一億劫なのは文化祭当日も一人で切り盛りしなければいけないということだろうか。
午後からは顧問が交代してくれるが、結局、クラスの当番が入っているので自由に文化祭を見て回る時間はほとんどなさそうだった。
去年も似たようなスケジュールだったので分かっているのに教室にいると彼氏、彼女と一緒に回るなんて話が聞こえてくるものだから、俺にも相手がいたらなんて想像してしまう。
以前はそんなこと考えず、少女漫画的妄想のネタにして楽しむくらいの境地まで辿り着けていたのに。
こうなった原因は絶対に雛倉にある。
最近の彼女はやたら可愛いし、近いしで俺の心をぐちゃぐちゃにしてくるから、こんな身の丈に合わない感情を抱いてしまったのだ。
失恋して半年近くが経つというのに、あの時よりも好きにさせられているのだから相当末期である。
早急になんとかしないと、このままでは叶わぬ想いに一生悶え苦しむ怪物になりかねない。
「失礼しまぁーす」
そんなことを考えていたらノックもなしに部室の扉が勢いよく開かれた。間伸びした話し方で中へと入ってきた女子生徒の姿には見覚えがある。
「あれ。橘先輩、でしたよね?」
「覚えててくれたんだぁ。嬉しい」
確か名前は美紀(みき)だった筈。
あどけない笑顔を見せる彼女は幼そうに見えるが、一つ歳上の三年生だ。
前髪ぱっつんのショートヘアで、小柄だがメリハリのある体型にぶかぶかのカーディガンを羽織っている。
面識がある理由は彼女はミスコンの参加者だから。
小動物のような容姿が目を惹いたし、何より入念に写真チェックをしていた姿が印象的だった。
「どうかしました?」
特に訪問の目的は思い浮かばない。
ミスコンのことなら生徒会案件である。
「写真部の部室なのにあんま写真飾ってないんだね」
「え。あぁ、そうですね。もしかして写真に興味があるんですか? それならここに何枚かありますよ」
「え! 見せてもらってもいい?」
「どうぞどうぞ」
もしかして入部希望だろうか。そんな訳はないと思うが、タイミングよく印刷していた写真が何枚かあるので先輩の手元に並べていく。
体育祭や林間学校で撮影した物なので親しみ深い部分も多いだろう。先輩は柔和な笑みを浮かべて懐かしいなんて言いながら写真を見比べている。
「わぁ〜。すごぉい。私じゃこんな上手に撮れないよぉ」
「あ、ありがとうございます」
手放しで褒められるとどうにも面映い。
パチパチと拍手までされると悪い気はしないが、恥ずかしさの方が勝ってくる。
「でも、僕も全然素人なので大したことは・・・」
「うそだー。絶対そんなことないもん。私のと比べると、えっと。なんだっけ? あ、そうだ。月とスッポンだよ!」
「・・・何か自分で撮った写真に気になるところがあるんですか?」
「うん。そうなの。プロの君に見てもらいたいな」
「プロなんかじゃ・・・。まぁ、僕でよければ」
「やった! これなんだけどね」
俺が頷くと彼女は椅子を一つ取って俺の隣に持ってくる。ぶつかる直前まで椅子を近付けて、何食わぬ顔でそこに座った先輩はカーディガンのポケットからスマホを取り出すと慣れた手付きで操作して、俺の眼前に突き出してきた。
「この写真。可愛くないよねぇ」
「えっと・・・?」
目の前過ぎて見えないし、先輩の距離が近すぎるので上体を後ろに逸らしてそれとなく距離を離す。
改めてスマホ画面を確認するとそこに映し出されていたのは深皿に盛られた肉じゃがだった。てっきり先輩がポーズでも取っているのかと思っていたけど違ったらしい。
「先輩。肉じゃがを可愛く取るのは難易度高めかもしれないっす」
「えぇ〜。そんなぁ〜」
色合いが基本的に茶色なので華やかさに欠けている。というか、そもそも肉じゃがを可愛く撮ろうと言う土台がおかしい。話し方といい、飛び出してくる言葉といい、先輩は天然なのだろうか。
「あ!」
今度は大きな声で叫び始めるので何事かと思ったら先輩はスマホに視線を落とした状態で固まっている。
釣られて視線をなぞるとスマホの液晶には可愛らしいパジャマに身を包んだ橘先輩が表示されていた。
俺が視線に捉えた直後に画像が元の肉じゃがの写真に戻る。どうやらうっかり指先が画面に触れた時に別の写真に変わってしまったようだ。
「・・・見た?」
「いや、丁度見えなかったです」
「そ、そっか・・・。恥ずかしい写真だったから見られなくてよかったよぉ」
本当はバッチリ見えてしまったが、それを正直に伝えるのは可哀想な気がして憚られる。
社会には優しい嘘というものが存在するのだ。
「肉じゃが美味しそうに撮れてましたよ? 先輩料理するんですね!」
「あ。今、しなさそうなのにって思ったでしょー」
「いやいや、そんなことはないですから」
「ほんとかなぁー」
慌てて否定しても疑いは晴れなかった。
有無を言わせない強い瞳がじぃーっと俺を捉えていて、目を逸らすことを躊躇わせる。そのまま鼻先が触れ合いそうな距離になっても彼女は止まらない。
俺の方が椅子から落ちそうになるくらいまで体勢を倒さなければならなかったが、既に右手を床に突いている。覆い被さるように体を預けてきた先輩は俺の胸に手を乗せて、怪しく笑んだ。
「君って皆からちょい君って呼ばれてるんでしょ」
「え? は、はい」
「えへへ。可愛いあだ名だね」
耳元で聞こえてくる甘ったるい声がこそばゆい。
何が起こっているのか理解できないまま、坂道を転げ落ちるように事態は加速していく。
「君のこと好きかも」
「な、は、へ? い、いきなり過ぎませんか?」
「だって、一目惚れなんだもん」
「そんな馬鹿な」
「私みたいな可愛くない女は嫌ぁ?」
「そんなことは・・・。と、とにかく一旦退いてもらっていいですか」
「うーん。仕方ないな〜」
ようやく拘束が解かれたので机に手をかけて体を起こす。先輩は立ち上がって俺のことを見下ろしていて、目が合うと愛嬌抜群の笑顔を見せてくれた。
「考えてくれた?」
「いや、ちょっと理解が追いつかなくて」
「もぅ。焦らさないでよぉ」
「す、すいません。少し考えさせてください」
「・・・いいよ。いいお返事聞かせてね?」
言いたいことだけ言って、颯爽と部室を去っていく橘先輩はついに一度も振り返ることなく姿を消した。
一人取り残された俺は戸惑うばかりの脳みそを使ってこの状況を理解しようと努めるが、
「モテ期が来たのか」
出てきた答えは途方もないくらいにズレていた。
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