第20話 20

最終章

20




 晩秋。とは言い難い寒さに移ろう十月中旬。

 冬服への移行期間に入り、ブレザーやカーディガンを着て寒さを凌ごうとする生徒の姿も増えてきた。

 

 つい先日中間考査の全日程が終了したことで学校内には弛緩した空気が漂っており、浮き足立っている生徒が散見されるがそれもその筈。

 過酷な行事を乗り越えた我々を次に出迎えてくれるのは一年間の目玉イベントとも言える文化祭だ。


 テストの返却期間であるのもお構いなしにクラスの出し物を決めたら、放課後になっても盛んに準備を進めている。


 俺のクラスは執事喫茶をするらしい。

 まるで他人事みたいだが、接客担当に選ばれてしまったので中々覚えることが多く大変そうだ。

 男子だけが接客をする訳ではなくて、接客担当であれば女子でも執事服を着用することになっている。

 男心的には女子のメイド服姿を拝みたかったけど、残念ながらその界隈には伝手がないとの事だった。

 

 実に遺憾だ。


 うちのクラスも今日から準備に取り掛かるらしい。

 生憎俺は別件で仕事が振られているので部室に籠って一人作業をしていた。


 四階にある部室は実習室ばかりなので校舎の喧騒もここからだと少し遠くに感じる。もぶやくろこもクラスの手伝いをしているので部室の中はとても静かだ。


 ただ、最近になってちょっとした変化が身の回りに起きていた。それをどう捉えたらいいのか分からないのだけど、今日も少しだけ期待してその時を待つ。


 静寂の中に扉をノックする音はよく響いた。

 一拍置いてスライドされた扉の先に立っているのは雛倉で、彼女は控えめに顔を覗かせて教室内を見回し、誰もいない事を確認してから俺と目を合わせた。


「傘忘れたから雨宿りさせて」

「雨?」


 帰りのホームルームの時は晴れていたような気がするが、窓の外に太陽はなく、薄暗い。単に日没までの時間が短くなってきただけかと思っていたけど、気付かない間に分厚い雨雲が青空を埋め尽くしていた。 


 ここのところこんな悪天候がずっと続いている。


「そっか。ゆっくりしていきな」

「忙しくない?」

「大丈夫だよ」


 頷いて見せると彼女は遠慮がちに中に入ってきて、実習台の対面に腰を下ろす。


 雛倉も紺色のブレザーを羽織った服装に変わっていて、夏服の時よりも気品が増したように感じられた。


「置き傘もないの?」

「この間使って持ってくるの忘れた」

「あるあるやね」

「そうね」


 俺は折り畳み傘を携帯しているので俄雨にも困ることはないが、その反面小さくて壊れ易いのが難点だ。

 

「変な時間帯だけど文化祭の準備してた?」

「そう。でも、雨降ってきたから早めに終わったの」

「その時に誰かに入れてもらえばよかったのに」

「私がそんなことできると思う?」

「はは。相変わらずだなぁ。いつものメンバーは?」

「・・・みんな部活とか」

「なるほど。どんまい」


 部活という点では俺と変わらないけど、俺みたいに一人で緩く活動している人は他にいないだろう。気兼ねせずに雨宿りができるのがここだったという訳か。


 にわか雨ならその内止んでくれる筈だ。

 それまでの時間潰しにここを使ってくれればいい。


 そんな風に思う気持ちとは裏腹に心は惑う。


「・・・最近よく来るよな」


 最近の変化というのがこれだった。

 彼女が部室を訪ねてくるのは今日が初めてという訳ではなく、この前のお宅訪問の後くらいから、時々こういうことが起きていた。


 最初は友達の部活を待つ時間潰し。 

 テスト期間中は家だと勉強に集中できないからとここで勉強をしていた。そうして続く、今日の雨宿り。

 

 一ヶ月に一度会えるかどうかの関係だったのに今はことあるごとに彼女と顔を合わせている。

 今までこんなことはなかったので嬉しさ半分。戸惑い半分といった感じなのだが、流石にこれはプラスの感情を持ってくれていると思ってもいい筈だ。


 関係値が友達へと格上げされているかもしれない。

 ちょい役どころか助演男優賞も狙えそうなんて、それは少し調子に乗りすぎているだろうか。


「いや?」


 実習台の上に腕を伸ばした雛倉が低い姿勢で俺を見上げて可愛らしく小首を傾げる。

 その柔らかい表情は確認というよりも俺を揶揄う意味合いの方が大きそうで苦笑してしまう。


「嫌がってるように見える?」


 俺も負けじと聞き返して見たら、質問に質問を返すのは御法度で、彼女は口を窄めて不満げな表情を見せてくる。


「言葉にしてくれないと分かんない」

「ごめんごめん。嬉しいよ」

「ほんと? 邪魔になってない?」

「なってないよ。仕事はあるけど、雛倉がいてくれた方がモチベーション上がるから」

「・・・そっか。よかった」

「雛倉は気遣い屋さんだな」

「そんなんじゃないわよ。もうっ」

 

 その反応可愛すぎやしないだろうか。

 口角が天井に向かってぐんぐん伸びていく。

 いつか下がらなくなったらどうしよう。


「八雲は何してるの?」


 気持ち悪がられる前に口元を隠した俺の手元には一台のノートパソコンが置かれており、USBケーブルを介して私物のデジカメと繋がれていた。


 機械音痴の彼女には何をしているか分からない思うので簡単に説明を試みる。


「デジカメで撮った写真をパソコンの中に移動させてるんだ」

「・・・へぇー。写真部は文化祭で何するの?」

「写真を展示するつもりだけどこれは別件。ミスコン関係の準備だね」

「ミスコン? あぁ、去年もやってたわね。確か奈々恵が優勝してた気がする」

「そうそれ。毎年写真部が参加者の写真撮ってんの」


 文化祭のメインイベントとなるミス・コンテスト。

 その名の通り女性の美を競う催しに写真部も一枚噛んでいる。 


 仕事としては参加者全員の顔写真を撮影し、生徒会にそのデータを送ること。所謂、宣材写真のような物を作って生徒会が生徒会新聞に掲載し、全校生徒に大々的に宣伝する。

 文化祭当日の一週間前から都度、参加者が公開されていき、本番までの準備期間を一層盛り上げようという魂胆だ。


「そんなことしなきゃいけないんだ。八雲も大変ね」

「結構楽しいよ。可愛い子多いし役得感の方が大きいかな」

「・・・ふーん」

「ほら。今年の参加者の人達」

「・・・」


 パソコンを動かして参加リストの顔写真を見せる。

 自分からこういったイベントに立候補しているだけあってみんな美人だ。こんな機会がなければ知り合うこともなかっただろう。写真部様々だ。

 まぁ、だからと言って誰とも仲良くなってはいないからただの雑用感は否めないけど。


「雛倉・・・?」


 反応がなくなったので視線を上げると彼女はつまらなそうにパソコンの画面を眺めていた。


「あんま興味ないか。女の子だもんな」


 ミスターコンがあってもいいような気がしたが、うちの高校では開催されていない。まぁ、もし企画されても誰が優勝するかは目に見えている。


「・・・あんたの好みの子はいた?」


 ぽつりと呟かれた一言に笑ってしまう。


「残念ながら参加してないんだよなぁ」


 即答すると雛倉は目を丸くしたまま固まった。

 みんな可愛いけれど、一番には及ばない。

 俺の一番は目の前にいる。


「その子は優勝狙えると思うんだけどなー」

「・・・そんな訳ないでしょ」


 ハッと我に帰った雛倉はほんのり頬を赤く染めてぶっきらぼうに言い放った。


「あれ? 名前は言ってないのに心当たりあるの?」

「・・・ホントにいや」

「はは。嘘嘘。まだまだ参加者受付中なんでね」

「知らないわよ。ばか」

「もし優勝したらみんなが雛倉にぞっこんよ」


 そうなれば彼女自身も自分の価値を正しく認識できる筈だ。良い結果は自信に繋がると思うのだが、内気な彼女はそう易々と首を縦には振ってくれない。


 それに彼女はそんなに欲張りじゃないから。


「別にみんなに可愛いって思われなくていいもの」


 たった一人の言葉を。

 今もずっと求めてる。

 

 


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