第18話 18

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 厳粛な事情聴取を終えて俺の雛倉に対する好意は完全にご両親に伝わった。粛々と話を聞いていた徹さんとキャッキャッ楽しそうに相槌を打つルナさんで反応は真逆だったけど、どちらにしたって胃は痛い。


 まるで交際を始めた挨拶をしているみたいだ。しかし、そんな事実は一つもない。俺の告白は断られているのだから。


「それなら。二人は付き合ってるってことよね?」


 ルナさんが勘違いするのも無理はなかった。


「いえ。そういう関係ではないです」

「え?」

「僕はフラれていまして。あぁ、でも、それから仲良くなったので、全然今の関係で満足なんですけど」


 変に気を遣われたくなくて努めて笑顔を浮かべてみたが、お茶の間は静まり返ってしまい、痛々しい空気が充満していく。


「そうなの寧々?」

「・・・そうよ」

「どうして?」


 二人は王子のことを知らないようだ。

 雛倉は自分の恋心を家族にも話していないらしい。


「八雲君はとてもあなたを大事に想ってくれているじゃない」


 きっと、余計な詮索をされるのが嫌だからだろう。

 気持ちは分かるのでどうにかフォローしてあげたかったが何と言ったらいいのかはさっぱり分からない。


 雛倉の言葉を待つための沈黙。

 その末に彼女は弱々しく言葉を吐いた。


「大切なのは自分の気持ちでしょ」


 それはまるで独り言のように落ちていく。

 語り聞かせるような強さはなくて、彼女自身が答えを知りたがっているように見える。


 触れることを躊躇わせる壊れ物みたいな危うさに誰も何も言えない中で一階からドアベルの音が響いた。


「私が行く」


 そのまま逃げるようにして居間を出て行く。

 駆け足で階段を降りるのは店番を急ぐためか、この場から早く立ち去るためか。どちらだろう。


「八雲君。ごめんなさいね」

「いえ。大丈夫です」


 何に対してのごめんなのか判別が付かなかったがいずれにしても俺は平気だ。思うことが一つもない訳ではないけれど、俺は雛倉の事情を知っているから今更傷付いたりはしない。


 大切なのは自分の気持ち。それで間違いない。

 すぐに頷いてあげることができなかったのは、そう言っている雛倉がとても悲しそうだったから。

  

 その後すぐにルナさんも雛倉の後を追いかけて、居間には俺と徹さんの二人だけになった。


「言い辛い話をさせてしまってごめんね。妻から和菓子作りの様子を撮影したいと聞いているけど」

「は、はい。僕は写真部で。コンテストに応募するための写真を撮らせて貰いたいんです」

 

 ようやく本題だ。

 触れにくい失恋話は一旦端に片付けておこう。


「勿論構わないよ。でも、そうだな。撮るだけだと味気ないからよかったら八雲君も和菓子作りを体験してみてくれないかい?」

「え。いいんですか?」

「若い子が和菓子作りに興味を持ってくれたら僕も嬉しいからね」


 写真を撮るにあたってその対象に理解を深めておくのはとても大事なことなので願ってもない提案だ。


「是非、お願いします」

「それじゃ、行こうか」


 徹さんの申し出に甘えて、一階の厨房へと向かう。

 改めてじっくり見ると非常に物が多い。

 

 十畳ぐらいのスペースは殆ど機械で埋め尽くされていて、業務用の大きな冷蔵庫やオーブンがある他に名前の分からない機械も沢山敷き詰められている。


「いきなり難しい工程をするのは大変だから今日は簡単な物を作ることにしよう」

「ガチの初心者なので助かります」


 料理は多少できるが、和菓子作りの勝手とは訳が違うだろう。特に練り切りなんかは繊細な造形をしているし、見るからに難易度が高そうだ。


「月見の時期だから、兎のお饅頭なんてどうかな」

「おぉ、寧々さんが喜びそうですね」

「そうだね。小さい頃はよく作ってあげたっけ」

「その頃から可愛い物が好きだったんですか?」

「うん。とても勿体なさそうに食べていたよ」

「目に浮かぶなぁ」


 幼少期の雛倉が小さな兎と睨めっこしている様子を想像して勝手に和む。話しながらも徹さんは材料の準備を進めている。俺も手洗いを済ませて隣に並んだ。


 作業台には薄力粉に砂糖。トレイに乗せられたあずき餡と謎の粉が置かれている。なんだこの粉。


「えっと、これは?」

「重曹だよ。少量加えることで生地を膨らませてくれるんだ」

「へぇ。そんな効果があったとは知りませんでした」


 油汚れ等の掃除に使われている印象が強い。

 食べ物に使用できるというのは中々に意外だ。


「八雲君はバスボムって知ってるかい?」

「は、はい。知ってます。お風呂でシュワシュワするあれですよね」


 それはいつぞや雛倉が王子に贈った仲直り兼誕生日プレゼント。まさか、こんなところでバスボムの話が出てくるなんて思ってもみなかった。


「そうそう。それも重曹を使うみたいだよ。最近寧々がハマっていて手作りしてるんだ。ここの重曹を勝手に持って行くから困りものなんだけどね」


 そんな可愛らしいエピソードはあの日の目を輝かせていた彼女の様子を思い出させた。


 徹さんも困り顔をしているが表情は柔らかくて、雛倉に対する深い愛情が読み取れる。

 かつて彼女が話していた甘やかされ過ぎているという言葉の理由はこういうことだったらしい。


「さぁ、作っていこうか」


 いつまでも雛倉談義に花を咲かせていたかったが、忙しい中時間を作って貰っているので寄り道のし過ぎは厳禁だ。それはまた別の機会に取っておこう。


 徹さんから指示を貰いながらまずは砂糖を20g計量し、よく掻き混ぜて水に溶かす。

 そこに少量の重曹、薄力粉30gを加えて一つのまとまりになるまで混ぜ合わせて生地を作る。

 

 塊の生地を六等分に千切り、耳たぶくらいの厚さに広げたら手頃なサイズに丸めた餡子を包んでいく。

 この工程が難しく、上手に生地を伸ばしてやらないと形が歪になってしまったり、生地が薄くなりすぎてしまう。


 徹さんの手元を参考にしながら正円ではなく卵型に形を整えられたら次は蒸す工程だ。生地の割れ防止のために霧吹きをし、沸騰させた蒸し器にの中に卵型の饅頭を六つ並べる。


「これで十分間蒸そうか」

「はい!」


 空いた時間で徹さんが食器洗いを始めたので、それを受け取り布巾で水気を拭き取った。

 流し台には今使った物以外にも他の食器類が溜まっていたのでそれらもこの時間に洗って、乾かす。


「ありがとう。八雲君は気遣いのできる子だね」

「いえ。無理を言ってお邪魔しているのでこれくらいはしないと」

「こんな子に好かれて寧々は幸せ者だ」

「そ、そんなことは・・・」


 蒸し返された内容に言葉が詰まる。やはり、この手の話題は苦手だ。人の恋バナにはこれでもかと喰いつけるのに自分のことになると萎縮してしまう。


「聞いてもいいかな」

「な、なんでしょう」

「あの子の何処を好きになったのか」


 しんしんと雪が積もっていくかのような静かな物言いに好奇心は感じられない。そんな冷やかしではなくて真剣な心配りがあると思うから適当に誤魔化すことはできなかった。


「顔、ですかね」


 何も偽らずに本音で答えるとすぐに返事はなくて食器をスポンジで擦る音も止まる。どうしたのかとそちらを向くと徹さんがポカンと口を開けていた。


「君は意外と明け透けに言ってしまうんだな」

「はい?」

「こういう時まずは性格から褒めないかい? 顔が良ければ誰でもいいのかと思われてしまうよ」

「た、確かにそうですね。一目惚れだったので、つい・・・。勿論、性格も可愛いと思ってます」


 誤解されないように慌てて訂正すると今度は大きく笑われてしまう。


「嬉しいな。娘をこんなにも褒めてくれる人がいて。あの子は悲しい事があってあまり人に関心を持たなくなったけど、君には心を開いているように見える」

「・・・そうですかね」

「そうだとも。でなきゃ、あの子はあんな我儘を言わないよ。一度は想いが通じ合わなかったかもしれないけれど。人の気持ちは変わっていくものさ」


 想いを告げて、関わって。

 少しは彼女との関係も変わっただろうか。

 いつかもっと変わることはあるのだろうか。


「八雲君。これからも寧々をよろしくね」


 これから。その言葉にはピンとこない。


 だって、雛倉と会うのはいつだって偶然で。

 次の約束をしたことなんて一度もなかった。

 彼女は約束なんかは必要なくて。

 俺もいつか終わるものだと思っている。


「・・・頑張ります」

 

 そんな考えが頭を過って曖昧な返事で頷くことしか今の俺には出来なかった。

 

 

 

 

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