第17話 17
17
「待たせてしまってごめんね!」
リビングに入ると雛倉のパパさんが出迎えてくれた。ソファまで案内してもらいローテーブルを挟んでパパさんの対面に腰を下ろす。
俺の隣には雛倉、彼女の正面にはママさんが着座していることからこの配置が雛倉家の普段通りらしい。
ところで皆ここにいるけどお店の方はいいのかな。
「初めまして。粟木八雲と言います」
「寧々の父の徹(とおる)です。こちらが妻のルナ。いつも娘がお世話になっています」
「いや、僕の方が迷惑かけてばかりで。雛倉さんにはいつも助けて貰ってばかりです」
撮影の許可を貰う時に歳上の人とやり取りする機会は多々あるので、こういう挨拶も慣れている筈なのだが、今回ばかりは異様に緊張してしまう。
「娘と仲良くしてくれてありがとね」
「と、とんでもないです」
「寧々はあまり学校のこと話してくれないから。ちゃんと友達がいたようで安心したよ。寧々は学校ではどんな様子かな?」
「やめてよ。パパ」
徹さんの口調は朗らかで俺のガチガチな状態を気にしながら話をしてくれている。学校の話題を出したのも俺が話し易いと思ってのことだろう。ありがたい。
雛倉は嫌がっているけれど、ここは便乗させて貰おうと口を開いて、
「ええっと。雛倉さんはですね」
「あら。八雲君。私達も雛倉よ」
「・・・え?」
ルナさんの唐突な割り込みに思考能力が停止した。
「え、えっと・・・?」
つまり、どうすれば・・・?
「だから、今日は名前でね?」
「・・・ねねちゃん」
言わされるがままに名前を呼んで、チラリと隣を一瞥するとジト目の彼女と目が合った。これは一体どういう感情なんだ。
以前名前呼びはしっかりと却下されているし、この状況においても嫌なものは嫌ということなのか。
「ねねちゃんって呼ぶな」
「やっぱり、そうっすよね」
「ちゃん付けがキモい」
「こーら。ダメよ。そんな言い方」
「別に。ちゃんがいらないって言っただけだよ」
「・・・え?」
「もう。素直じゃないわねぇ」
「ふん」
夏祭りの時はあんなに嫌がっていたのに何故か名前で呼ぶことを許されてしまった。しかも、呼び捨てだ。呼び捨てはなんだか親しい感じが凄い。
「ホントにいいのか・・・?」
困惑する俺と誰からも表情を見られないようにそっぽを向く雛倉。俺達の様子を微笑ましそうに眺めている徹さん達に見守られながら意を決して名前を呼ぶ。
「寧々、さん」
しかし、いざ呼んでみるとぎこちなさが凄かった。
「何で距離が遠くなるのよ」
「いや、なんか呼び捨ては無性に緊張しちゃうな」
「・・・我儘」
ちゃん付けなら抵抗なしに呼べるのだが、名前の呼び捨ては俺にはまだ早かったらしい。
御両親の前では寧々さんと呼ぶけれど、それ以外はこれからも雛倉から変えられそうにない。
「初々しいわねー。ねぇ、パパ」
「ママ。あまり揶揄ってはいけないよ」
少し気恥ずかしい思いをしたが団欒の空気感は和やかで、ある程度緊張も解れてきた。この様子なら撮影の許可も貰えそうだし、雛倉に頼ってよかったと胸を撫で下す。そうして、正面に向き直ると徹さんの表情は今も笑顔が貼り付けられたままだった。
「ところで八雲君は娘とどういう関係なのかな。とても仲が良さそうに見えるけど」
微笑みも口調も柔らかいのにこびり付いた笑顔の威圧感で背筋が凍る。これは間違いなく愛娘に近づく男を見定めようとする父親の顔付き。
一歩間違えればその時点でこの家から追い出されかねない。それくらい年頃の娘を持つ父親は娘の交友関係に敏感なのだ。きっと、たぶん。
兎にも角にもここは慎重に言葉を選ばなければ。
告白したなんて事実が知られてしまえば、疚しい下心があると思われかねない。
「寧々さんとは一年生の時に同じクラスで今は良き悩み相談の相手と言った感じですかね。なので、徹さんが心配するようなことは一切ございません」
「そうか。それはよかった。あぁ、いや、心配なんてしてはいないけどね。あははは」
「僕と寧々さんはただの友達ですから。ははは」
よし。これは充分な手応えだ。
自分の世渡りの巧さを褒めてあげたい。
「それで今日お邪魔させてもらった理由なんですが」
これ以上詮索をされないために手早く撮影のお願いをしようとして、お隣さんから解除不可能な爆弾が投げ込まれた。
「告白された」
「うん?」
「まぁ!」
その一言で和やかな空気が一瞬にして弾け飛ぶ。
「私のこと好きなんだって」
「ん? 八雲君? 話が違うみたいだけど」
「ち、違うんです・・・」
苦し紛れに首を振るが雛倉は追撃の手を緩めない。
「この前も好きだって叫ばれた。人が沢山いる前で」
「あら〜。素敵ね〜」
「ねねちゃんやめてっ!?」
「本当のことじゃない」
「そ、そうだけど。今は言わなくてもいいことかなって思うんだよなぁ・・・」
「ふーん。だからって嘘吐くんだ。そんな簡単になかったことにできるんだ」
雛倉の言葉がチクチク痛い。確かに嘘を吐くのはいけないことだったが、今回はそれも方便だと許して欲しい。しかし、それは認めてもられず、独りよがりの狡い嘘は彼女にまで誤解を与えてしまう。
「あぁ、そういうこと。もう私のことなんて何とも思ってないのね。あれから一ヶ月も経ってるし」
突き放すような声と翳る表情。
彼女はこんなにも言葉を求める人だっただろうか。
「そんなこと言ってないだろ。俺は今も・・・」
「なによ」
「・・・ここでは言えないって」
「へたれ」
「ぐぅ」
好きな子の両親の前でこんな辱めを受けさせられてもうメンタルはズタボロだ。俺はただ写真を撮らせてもらいたいだけなのに。
「八雲君。詳しく話を聞かせてくれるかな」
「・・・はい」
今日は厄日かもしれない。
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