第15話 15

第四章 フォトコンテスト編

15




「どうしたもんかなぁー」


 公園のベンチに座り、今しがた撮影した写真を確認しながら俺はそんな独り言を呟いていた。悩みの種はフォトコンテストのテーマについてだ。


 今年のテーマは【あなたが見つけた情熱】。

 

 募集が始まって一週間が経過したけれど、未だに納得のいく写真は撮れていない。学校外で撮影した物に限るという条件が中々に難易度を上げていた。


 学校になら部活や人間関係など情熱に絡められる要素が幾らでも存在してるのに外の世界には存外それが少ない。先程撮らせて貰った女子大生達がバドミントンをしている様子も熱と言うには物足りなかった。

 

 こうして休日の昼過ぎに出歩いては見たもののこれといった成果はなく、どうしたものかと頭を捻る。

 背もたれに体重を預けて真っ青な空を見上げたら、その視界にニョキっと可愛い顔が生えてきた。


「なにしてるの?」

「うおっ。雛倉か」

「マナちゃんも一緒?」

「今日は俺一人だよ」

「・・・そう」

「なんかごめんね?」


 明らかに気落ちした表情をされると偶然出会っただけなのに何だか申し訳なくなってくる。罪悪感と疎外感で辛かったのでそのまま視線を動かすと、逆さまの視界にもふもふのコーギーがお座りをしているのが目に入った。


「雛倉は散歩? 夜にしてるって言ってたような」

「休みの日はこのぐらいの時間帯ね。最近はだけど」

「へぇー。この子の名前は?」

「ぺた。男の子よ」

「可愛い名前だな」

「ふふん。そうでしょう」


 鼻を鳴らして胸を張る雛倉。その得意げな様子を見るに名前をつけたのは彼女らしい。由来はたぶん、足の短いコーギーのペタペタ歩く様子から取ったのではなかろうか。安直だと思わなくもないが、それでドヤ顔をしている彼女が可愛いので文句はない。

 

「隣座っていい?」

「どうぞどうぞ」

「歩き疲れたからちょっと休憩する」

「ははは。ペタはまだ元気そうだよ」


 ペタはまだ歩き足りないのかベンチに座った雛倉の足の間を八の字に行き来して、時折不思議そうに俺の顔を見上げてくる。何度か目が合うと、今度は俺の周りをぐるぐると回り始めた。


「かわええ。撫でても嫌がられない?」

「この子人懐っこいから平気だと思う」


 許可を得られたので全く立ち止まる様子のないペタの頭に軽く手のひらを乗せる。

 ペットを飼った経験がないので恐る恐る撫でてみると、ペタはされるがままなんてことはなく、撫でられている間も忙しなく動いて、俺が追いかけないとすぐに振り解かれてしまいそうだ。

 ただ、嫌そうにはしていない。手を広げて顔の前に翳すと小さくジャンプして鼻先をくっ付けてくる。


「無限に可愛い・・・」

「疲れてそうだったけど。一人で何してたの?」

「フォトコンテストに送る写真を撮ってるんだけどテーマに合う題材が中々見つからなくってさ。どうすっかなーって悩んでた」

「テーマは?」

「情熱」

「ふーん。割とアバウトなのね」

「夏の内にもっと写真を撮っとくべきだったかなぁ」


 このテーマは夏にこそ相応しい気がしなくもない。

 皆活動的だったし、生命力に溢れていた。暑いからと言ってエアコンの効いた部屋で惰眠を貪っている場合ではなかったようだ。

 

「情熱ねー」


 雛倉も思案顔を作っているけれど、そう簡単に良いアイデアは浮かばない。ぺたを撫でながらうーんと唸っている。

 考えてくれるだけで有難いから特に答えを求めてはいなかったが、彼女は一つの提案を口にしてくれた。


「仕事の様子とかは候補になりそう?」

「え。それはどういう・・・?」

「私のパパなら紹介してあげられるけど」

「うっ」

 

 それを聞いて心臓がキュッと萎縮する。

 好意を寄せた相手のお父さんに会う勇気なんてある訳がない。気不味いし、怖いし。嫌な汗が滲んでしまう。しかし、もし許可を得られたらお仕事の様子を撮影させてもらえたりするのだろうか。


 雛倉の実家は和菓子屋さんを経営しているらしい。

 それはつまり彼女のお父さんは和菓子作りの達人であるということで、そこに注ぐ情熱も並々ならないものが潜んでいるような気がする。


「何よその反応」

「いきなり行っても怒られないかな・・・」

「大丈夫よ。私は怒られたことないし」

「そういう問題・・・?」


 俄な不安に首を傾げていると雛倉とは逆の方向から突然声をかけられた。


「あ! こんなところにいた」


 身体ごとそちらに振り向くと、そこにいたのは先程写真を撮らせてもらった女子大生のお姉さんだった。なにやら俺に用事があるらしい。


「どうしました?」

「一人バイトで帰っちゃってさー。人数足りなくなっちゃったから君入ってくれないって・・・あれ?」


 気さくに話しかけてくるお姉さんは言い終わる直前で雛倉の存在に気が付くと、揶揄うような笑みを浮かべて俺の肩をバシバシ叩き始める。全然遠慮がなくて結構痛い。


「わぁ! こんな可愛い子捕まえちゃって! さてはまた撮影のお願いしてるな?」

「い、いや。そういう訳じゃないんですけど・・・」


 撮影のお願いをしているのは確かにそうなのだが、雛倉を撮らせて貰おうとはしていない。何と言ったらいいか一言では説明出来なくて言葉に詰まる。


「またまたぁ。手が早いんだから」

「は、ははは」

「それじゃ、終わったらこっち来てもらっていい?」

「え。あぁ・・・。そうっすねぇー」


 勢いの凄さに押されておずおず頷いてしまったら、今度は後ろから上着の袖口が引っ張られた。

 

「私との約束が先じゃないの?」


 振り返ると僅かに頬を膨らませた雛倉がジト目で不満を訴えかけている。決して、彼女を軽視した訳ではないのだが結果的にそうなっていた。これはまずいかもしれない。


「そ、そうだったな。ごめんごめん」

「なにその感じ。歳上の女の人と一緒にいたいならそっち行けば」

「いや、違うって。本当にごめん」


 不用意な発言が彼女の逆鱗に触れて、俺の平謝りが始まる。すぐさま正面に回り込んでご機嫌を窺うが、へそを曲げてしまった彼女はそっぽを向いて俺の言葉を聞いてくれない。

 

「あれ? もしかして二人とも知り合い?」

「そ、そうです。同級生で」

「そうなんだ!? いやー、ごめんね。私てっきり」

「あー。大丈夫です。いつものことなんで」


 連れだと思われないことは日常茶飯事なので問題ない。急を要するのは拗ねてしまった雛倉への対応だ。

 

 腕を組んで足も組んだ彼女は目を閉じて、俺のことを一切視界に入れないようにしている。どうしたものかとおろおろしていたらなんとなく事情を察してくれたお姉さんが雛倉に向かって手を合わせてくれた。


「お友達さんごめんね。無理言っちゃって。私達の方は大丈夫だからあなたの約束を優先してもらってね」

「・・・はい」


 不貞腐れた様子で最低限の返事だけを返している雛倉。未だ不満は噴出していて、機嫌を直してくれそうにはない雰囲気だ。


「君も。こんな可愛い子との約束すっぽかしちゃ駄目だよ」

「はい・・・」


 縮こまって力なく頭を下げるとそんな俺を心配してくれたのかぺたが足元に寄ってきてくれる。

 ぺたの可愛さに心を癒されながらこっそり頭を撫でていたら、お姉さんがとんでとない事を聞いてきた。


「ところで二人は恋人だったりするの?」

「へ?」

「・・・」

 

 お願いだからこれ以上雛倉を刺激しないでくれ。

 恐ろしくて右側に顔を向けられない。

 知らず知らずの内にぺたを抱き締めて震えていた。

 

「そう見えますか?」


 一拍の静けさを鋭利な語気が切り裂く。

 ブチギレているのは間違いない。


「ううん。見えない」

「は?」

「ひぃ」

「でも、なんか・・・」

「なんですか?」

「あはっ。やっぱり、なんでもないでーす。それじゃ私はこれで!」


 俺は音圧だけで怖かったがお姉さんは全く怯むことなく、寧ろ、楽しそうに笑いながら仲間の元へと帰っていく。


「何なの?」


 未処理の爆弾は今も収まらない苛立ちを吐き出して昂っている。恐る恐る表情を覗くと眉間に皺が寄った険しい顔付きがお姉さんの背中を追っていた。その対象がギロリとこちらをすげ替わる。


「ひ、雛倉」

「返して」

「え? あ、あぁ、ぺたか・・・」


 ずっと抱き締めていたぺたを解放したら逃げるように彼女の元へと帰っていく。あぁ、ぺたよ。心細いから行かないで欲しかった。だけど、これは全面的に俺が悪いから、ちゃんと謝らなければいけない。


「雛倉。聞いてくれないか?」


 意を決して彼女に向き直ると俺の言葉を聞く前にリードの持ち手が目の前に突き出される。まるで、これを持てと言われているみたいだが、何だろう。


「あんたのせいで疲れたから。あんたがやって」  

「え? いいの?」

「今回はそれで許してあげる。でも、もしまた同じようなことしたら今度はぺたに噛み付かせるから」

「・・・それは怖いな。気をつけるよ。ありがとう」


 もうどうしようもないと思って土下座も選択肢に入っていたのだが、何故か謝罪の前に許して貰えた。

 嫌われずに済んだことに安堵の息を吐き、改めて雛倉と目を合わせたら、やはり機嫌が完全に治った訳ではなかったようで、


「ばかやくも」

 

 可愛らしい上目遣いのお叱りを受けてしまった。




 

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