第12話 12
12
心当たりはあった。
マナは食べ物にしか興味を示さないから。自分の意思であの場を離れたのだとしたら、きっと、屋台の周りでうろうろしている筈である。だけど、それは未だ希望的観測に過ぎず、マナは見つかっていない。
屋台の近くにいるという推測はマナの性格を鑑みた推測。第三者が関われば簡単に覆ってしまう。
そうなればマナが何処にいるのかなんて到底予想はつけられない。こんな時だからこそ落ち着かなければと思う気持ちに反比例して繰り出す足は早くなる。
足踏みする時間が勿体ないからと人波を強引に掻き分けて進もうとして、後ろから上着の裾を掴まれた。
その引っ張る力に足を止められ、焦った気に振り返ると息を荒げた雛倉が俺をキッと睨んだ。
「落ち着きなさい。私達まで逸れたらどうすんの」
「悪い・・・」
下駄を履いた雛倉が歩き難いことなんて分かりきっているのにそれを考慮できない。焦りで視野が狭まっている俺に彼女は優しい口調で語りかけてくれた。
「見落としたりしないようにゆっくり歩きましょ」
「・・・分かった。逸れないようにこのまま掴んでてくれ」
俺の言葉に頷く彼女。しわくちゃになるぐらいに裾を握らせて正面に向き直る。
「絶対に大丈夫。大丈夫だから」
彼女の鼓舞に心を奮い立たせ、再び歩き始めた。
意識して歩調を緩めて、注意深く視線を巡らせる。
公園のベンチ。屋台の列。人波の合間。
事細かに確認しても、マナの姿は見つからない。
夏祭りを運営しているスタッフが待機しているテントも近い。雛倉と話し、迷子の放送をしてもらうことを決めてそちらに向かって歩いていく。
「あ! あそこ」
「え?」
その道中、アイスクリームの屋台の前に物欲しそうに指を咥えているマナがいた。
マナは誰かと一緒にいる訳でもなく、客のいない屋台の前に一人で佇んでいる。明らかに小学一年生の女の子が一人でいるのはおかしいので、不審に思った屋台のお兄さんがマナに話しかけてくれていた。
「マナ!」
俺が名前を叫ぶとぐるっと首を回してこちらに振り返るマナ。俺の姿を認識すると早歩きでこちらに近付いてきて、緊張感の欠片もなしにこう言った。
「やっくん。おかねちょーだい」
「おまえなぁ・・・」
俺達の心配なんてどこ吹く風で自分の欲望の赴くままに金銭を要求してくる。そんな子に育てた覚えはないが、そうならないように何かしてあげた記憶もない。寧ろ、事あるごとにお小遣いアップをねだっている俺の背中を見ているからこうなってしまったのかもしれなかった。
「うん? どうしたの?」
どうにもまとめてみると俺が大体悪いみたいだ。
マナの純粋な表情を見ていたら毒気も抜かれてしまったのでため息一つ吐いて、何事もなかったかのように振る舞おうとして、
「なんでもな、うおっ」
言い終わる前に背中を小突かれた。驚きとくすぐったさで身を捩ると雛倉が俺の隣に並びマナには聞こえないように抑えた声で耳打ちしてくる。
「ちゃんと叱ってあげなきゃ」
「え」
「目を離した私達も勿論悪いけど、マナちゃんに危ないってことを伝えなきゃまた同じ事が起きるわよ」
「・・・おっしゃる通りです」
彼女の言い分は正しい。
ここで危険性を伝えずに呑み込めばマナに自覚は芽生えない。それを是とすれば今日みたいなことが再び起きるのは目に見えている。
その時も今日と同じ結末を辿るとは限らない。
マナの目の前で屈んで目の高さを合わせる。やはり、得意ではない真剣な表情を作ってしっかりとマナの目を見据えた。状況を理解できていないマナは不思議そうに首を傾げて、俺の言葉を待っている。
「マナ。俺は凄く怒ってる」
「え? やっくん怒ってるの? マナのせい?」
「そうだ。離れるなって言わなかったか?」
「・・・うん」
頭ごなしに叱りつけても萎縮させるだけだから語り聞かせるように言葉を繋ぐ。どうしてしてはいけないことなのか。それを理解させることが大切なのだ。
「マナは自分でも気付かない内に迷子になってたんだ。もしかしたらもう二度と会えなかったかもしれないんだぞ?」
「やっくんと会えないのはいや」
「俺もマナと会えなくなるのは嫌だ。だから、出かけてる時は俺から勝手に離れない。約束できるな?」
「うん。約束する!」
こくこくと何度も頷くマナ。
「約束できて偉い。そんないい子のマナにはアイスクリームを買ってあげよう」
「やったぁ!」
「でも、その前に。雛倉にごめんなさいしようか。雛倉にも沢山心配かけちゃったからな」
マナの背中に手を添えて、雛倉の方へ身体を向かせる。マナは俺と対面していた時よりも少し緊張した面持ちで彼女を見上げると、雛倉は高圧的にならないように気を遣ってくれたのだろう。俺と同じように腰を下ろして目線を合わせてくれていた。
「ねねちゃん」
「うん」
「心配かけてごめんなさい」
「本当に心配したんだから」
ペコリと頭を下げたマナの頭を雛倉は優しく撫でる。それ以上は何も付け足すことはしない。言わなければいけないことは俺が言ったから、雛倉がマナを叱るようなことはなかった。
マナにソフトクリームの代金を握らせ屋台に向かわせる。屋台のお兄さんは俺らの一部始終を見ていたのか、今度は笑顔でマナの接客をしてくれていた。
「ふふ」
「なに?」
隣にいる雛倉が上機嫌に鼻を鳴らす。
どうしたのかと視線を向けたら、俺のことは見ておらず、マナの様子を見守っている。
「いいお兄ちゃんね」
けれど、話の内容は俺のことだったらしい。
自信満々に頷ける話ではなかったので言葉を詰まらせていると彼女は俺の反応など気にしていない様子で、より一層笑みを深くすると、
「あんたが甘やかしな理由が分かった気がする」
何故だかとても嬉しそうにそう言った。
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