第11話 11

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 たこ焼きを食べ終えてもマナの食欲は収まらず、続けて焼きそばを購入し、二人でペロリと平らげる。

 豪快に焼きそばを啜っていたマナの口元はソースで汚れてしまっていて、それを雛倉がティッシュで拭ってくれていた。微笑ましい光景に頬が弛む。彼女の世話焼きな一面も知れて得しかない。


 たこ焼きに焼きそばを食べ終えて俺は丁度いい満腹感を得られたが、今度はアイスクリームを食べたいと言い出すマナ。底無しの胃袋という訳ではなく、単に食い意地が張ってるだけなので、一旦マナの要求は保留にして腹ごなしに再び祭りの列に並んだ。


「まだ時間大丈夫?」

「え? あぁ、大丈夫じゃない?」

「う、うん?」

「気にしなくていいってこと」

「・・・まぁ、取り敢えず進もうか」


 まるで他人事みたいだが、彼女に焦った様子は見受けられない。王子達との待ち合わせ場所については知らないけれど、この行列は抜けなければいけない筈だ。時間に余裕がある内に手早く進むことにしよう。


「荷物持つよ」


 いつの間にかマナは雛倉と手を繋いでいるため俺は手持ち無沙汰になっていた。


「え? いいわよ。大して重くないし」

「でも、両手塞がってるから。転んだら危ない」

「・・・じゃ、任せる。落とさないでよね」


 雛倉から巾着袋を受け取り、落とさないように紐の中に手首を通す。俺が持つとチグハグ感が凄い。それが変だったのか何故か雛倉からジト目を向けられた。

 

「どした?」

「別に」

「そ、そっか」


 俺と目が合うと彼女は鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 なんだか今日の雛倉は様子がおかしい気がする。


「あ」

「な、なに?」

「射的の屋台がある」

「え。興味あるの?」

 

 彼女が射的に興味を示すのは意外だったので少し驚いた。射的台に並ぶ景品も駄菓子屋で買ってきたようなお菓子だったり、オモチャなので景品の中に欲しい物がある訳ではないと思う。

 どうやら単純に射的に対する好奇心があるらしい。


「遊んでいく?」

「・・・うん」

「それじゃおじさん二人分で」

「あいよ。二人で六百円だよ」


 財布から百円玉を六枚取り出して屋台を切り盛りしているおじさんに手渡すと、そのお返しにオモチャのライフルとライフルに込めるコルク玉が手のひら一杯に落とされた。

 

「はい。一人三発だって」

「ちょっと待って」

「ん?」


 手渡されたコルク玉は六個だったのでそれを半分こにしようと思い雛倉に差し出したが、それを受け取るよりも先に彼女は俺に預けた巾着袋の口を開くと、可愛らしいデザインのがま口財布を取り出した。

 財布には万歳した状態のデフォルメされた猫がプリントされている。


「はい。三百円」


 がま口を開いて硬貨を三枚取り出した雛倉は両手が塞がっている俺の胸ポケットにそれを滑り込ませる。


「払わせて欲しかったなぁ」

「だめよ。甘やかされてなんかやらないから」

「ははは。そんなつもりはないのに」


 許されるならもっと甘やかしたい。具体的に言うと金品を差し出したい。投げ銭させて欲しい。


 この感情はアイドルを応援したくなる気持ちに似ている。頑張っているからそれが報われて欲しい。

 少しでも貢献できたらそれが何だか誇らしいのだ。


「無自覚なのが一番困るのよ・・・。はぁ、いいから早く。やり方教えて」

「分かった分かった。マナもやってみるか?」

「やらなーい」

「本当に飯以外に興味ないんだよなぁ」


 オモチャの銃には目もくれず、辺りをキョロキョロ見渡しているマナ。そのままふらふらと何処かに行ってしまいそうである。


「勝手にどっか行っちゃ駄目だぞ」

「うーん・・・」

 

 明らかに聞き流している様子なのでマナの肩を抱いて傍に寄せる。


「さっき浩二がやってたのよね」

「そうなの? その時に教えて貰えばよかったのに」

「・・・確かに。でも、その時は見てるだけでよかったのよ」

「見てるだけで胸一杯だったってことか。ご馳走様です」

「うざ。黙りなさい」


 雛倉を揶揄うと照れ隠しに銃口を額に突き付けられた。コルク玉は詰められていないけど、実弾が飛び出してきそうな迫力だ。


「えっと。取り敢えずこのレバーを引いてもらって」


 まるで自分の発言がなかったかのように平然と射的の説明に入る。どれだけシームレスに出来るかが重要だ。この技術のおかげで何とか雛倉に銃を下げさせることに成功した。


 次は銃口にコルク玉を詰める。詰める時にもコツがあって空気が抜ける隙間を作らないようにしなければならない。そのためコルク玉は欠けていたり、形が歪になっていない物の方がいいのだが、何回も使い回されていれば形が整っている方が稀である。

 

「撃つ時もしっかり支えてないと反動で狙いがぶれるから脇を締めて。ライフルのお尻を頬にくっ付ける」


 射的銃の銃身は短く、肩で銃床を固定できないため頬に近付ける必要がある。これも射撃時の衝撃で怪我をしないために気を付けなければならない。


「できたら後は欲しい景品に狙いを付けて撃ってみよう。お先にどうぞ」


 俺は一度構えを解いて、雛倉に先手を譲る。


 彼女は真剣な眼差しで一点を見つめ、引き金を引くとパンっと乾いた音が響いた。圧縮された空気がコルク玉を飛ばしたが、景品にも当たらずに何処かに飛んでいってしまう。

 

「むっ」

「空気が漏れてたのかもな」

「次は当てるわ」


 意気込み新たにもう一度レバーを引き、玉を装填。

 銃を構えて、目を細める彼女の姿は一流の狩り人のようである。しかし、二発目も肝心のコルク玉は命中せずに景品同士の間を通過していく。


「当たんない・・・」

「どれ狙ってる?」

「あのキーホルダー」


 指差されたのは小さなひよこのキーホルダー。丸々としていて大変可愛らしい。彼女が好きそうな要素が存分に詰まっている。


「よし。俺も狙ってみるか」

「やってみなさいよ」


 銃を構えて左目を瞑り、狙いを定める。

 雛壇に座らされているひよこは大した大きさでもないのにどっしりとした重量感を醸し出していて、簡単には倒れてくれそうにない。

 

 肩の部分に照準を合わせて引き金を引く。コルク玉は真っ直ぐに風を切り、狙い通りの場所に命中。予想通り倒すことは出来なかったが、体を斜めにすることはできた。これを繰り返せば倒すことはできなくても雛壇から落とすことはできそうだ。

 

「一発目で当ててる・・・」

「毎年やってるからな。これが小学生の時から磨かれた腕前よ。もはや特技と言っても過言じゃない」

「何処で活かすつもりよ」


 確実に受験や就活には役に立たないだろう。しかし、今日だけに限ればこの特技にも価値を見出せるかもしれない。


 二発目を装填し、寸分違わず同じ箇所を射抜く。

 ひよこは後方に大きく押し出されて、片足は既に壇からはみ出していた。あとほんの少し押してやるだけでいい。


 次に玉を当てたら確実に景品獲得となるような場面。三発目も外さない自信はあるけれど、最後の一手は雛倉に決めさせてあげたい。

 

「はい。後は任せた」

「え。あんたが取ってくれないの?」

「そりゃ、最後は自分でやらないと」


 きっと、喉から手が出る程欲しい物ではないと思う。通販サイトで調べればいくらでも似たような商品が出てくる筈だ。でも、だからこそ、自分で手に入れたことに価値が生まれる。

 しかし、そんな口にしていない想いが彼女に伝わる訳もなく不安気な表情をさせてしまった。


「意地悪しないでよ」

「困らせたいとかじゃないんだけど・・・。そんなに不安がらなくても大丈夫大丈夫。次は当たるって」

「・・・嘘まで吐いてる」


 俺に対する不信感で目付きがずんずん悪くなっていく雛倉。初心者である彼女よりも得意な俺がさっさとひよこを手に入れた方が合理的に感じるのは必然だ。

 ただし、それをしてしまえば彼女の中に出来ない事を増やしてしまう気がするから。俺も引けない。


「私じゃ当てられないのに」

「嘘じゃない。雛倉もできるよ」

「・・・」

「こういうのは楽しんだ者勝ちなんだから」


 目を合わせて、俺に出来うる限りの真面目な表情で頷く。出来ないことを悲観する必要はない。楽しみながら上達していけばいい。

 ニッと口角を上げると、雛倉は渋々と言った様子で射的銃を持ち上げ、構えの姿勢を取ってくれる。


「ちゃんと撃ち方教えてよ」

「うん。分かった」

 

 持ち方や支え方に問題はなさそうだ。今度は彼女の背後に回って照準器を覗く。雛倉の玉が当たらない原因は恐らくここだろう。照準器がひよこを捉えられていない。


「もっと右かな」

「こう?」

「ちょっと行き過ぎ。片目閉じて、ここのサイトで見てみな」

「うん」

「ひよこ見える?」

「見えてる」

「そしたら頭に狙いを定めて」

「定めた」

「よし。撃ったれ!」


 三度目の発砲音。一拍の時間をおいて、飛べないひよこは地面に向かって落ちていった。それが緩衝用のクッションに抱きとめられるのを見届けて、ガバッと目の前の雛倉が振り返る。


「当たった・・・」

「おめでとう」

「当たると思わなかった」

「完全に疑ってたもんな」

「だって、二発も外したし」

「当たるんだなこれが」

「また甘やかされた」

「えぇ・・・。どういう?」


 俺は経験者として射的のコツを教えただけで、甘やかしたつもりは一切ない。やはり、彼女は何か勘違いをしてはいないだろうか。


「反省して」

「それは・・・。難しいな」


 何が彼女の琴線に触れたのかも分からないので反省のしようがない。彼女の圧から早足で逃れて、最後の一発を使い切ることにする。

 

 雛倉は俺が玉をこめ始めると言っても無駄だと諦めて、おじさんからキーホルダーを受け取っていた。


 最後の一発で駄菓子のラムネを獲得し、マナにそれを手渡そうと振り返って、何処にもその姿は見当たらなかった。


「え・・・」


 嫌な汗がじわりと吹き出す。視線をあちこちに動かしてもマナは見つからない。

 雛倉と目が合い、彼女もこの事態を把握して戸惑いが生まれていた。


「ごめん。私が射的したいなんて言ったから」

「雛倉のせいじゃない。俺が目を離したせいだ」


 いつからいなくなっていたのかも分からないなんて保護者失格だ。自分のみっともなさが悔しくて爪が食い込むくらいに拳を握る。


「今はそんな話してる場合じゃないわね・・・」

「・・・そうだな。マナを探そう」

「大丈夫。きっと、すぐに見つかるわ」


 丸めた右手に雛倉の手のひらがそっと添えられて、今出来るのはここで悔やんで、立ち尽くすことではないと気付かされた。


 力を抜いて、思考を鮮明に。

 最優先事項はマナを見つけ出すこと。


「ああ。そこまで遠くには行ってない筈だ」




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