第10話 10
10
日が完全に暮れると人は益々増え始め、歩くだけでも窮屈になってきた。揉みくちゃにされたらそのまま人波に流されてしまいそうなので俺と雛倉でマナをがっちり挟みこむ。
これで一つ目の不安は解消できたのだが、人が増えると変な輩も多くなり、もう一つの懸念に頭を悩ませることになっていた。
「よかったら俺らと一緒に回りませんか? あ、あのー」
見ず知らずの他人に話かけられて進路を阻まれる。俺がではなく雛倉がだ。所謂ナンパをされている訳なのだが、雛倉は一切取り合わず、立ち止まる素振りも全くない。針の穴に糸を通すような正確さでナンパ師達の隙間を通り抜けていく。
「鬱陶しいわね」
終いには捨て台詞を吐き捨ててナンパ師達を震え上がらせているので、全く相手にされない彼らの方が可哀想になってきた。
「こういうのってよくされるのか?」
「ある訳ないでしょ。浴衣も着てるし。浮かれてる頭の軽い女だと思われてるのかしら」
「すっごいこと言ってるよ?」
「違うの?」
キョトンと首を傾げる彼女。いい加減自分の容姿がモデル級であることに気付いて欲しい。
「ナンパされるのに可愛い以外の理由ないでしょ。いつもより声かけられてるのは普段近づき難いけど、今日は表情が柔らかいからじゃない?」
「は、はぁ? 私は別に・・・」
「マナにデレデレしすぎな」
「・・・分かってるならいいのよ」
「ん?」
「なんでもない」
見事に言い当てたら雰囲気がいつも通りに戻ってしまった。気に障ったのかと思ったが、彼女はそんなことで怒るようなタイプじゃない。きっと、ナンパ師に絡まれて疲れただけだろう。
隣にいるのに微塵も連れだと思われず、何の助けにもなれない自分が情けない。
「王子が隣にいたら声かけようなんて思わないんだろうけどなぁ」
どれだけ飢えていても似合いの美男美女の間を割って入ろうとはしないだろう。やはり、俺では彼女に釣り合っていないのだと改めて痛感する。
「夏休み。あんたはなにしてたの?」
そんな自嘲は華麗にスルーされて、話題が大きく変えられた。何かしら反応があると思っていたので一瞬呆気に取られたが、他人の自虐話ほどつまらない話もない。もぶにもよく怒られるので気をつけなければ。
「マナとピクニックしたり友達とカラオケ行ったりしたかな」
「へぇ。いいじゃない。楽しそう」
例年通りに過ごしていただけなのに予想外の関心を得られた。先程の食いつきの悪さとは雲泥の差だ。
「そうかなぁ。そっちの方がいろいろしてそうだけど。あ、そうだ。海は行けた?」
「行けてない。家の手伝いばっかりよ」
「あぁ、そっか・・・」
雛倉の実家は和菓子屋をしているとのことなので特にお盆の時期は忙しかったに違いない。その時の疲れを思い出したのか彼女は僅かに項垂れていてため息を吐いていた。
「お仕事お疲れ様。楽しいこと何もなかった?」
「遊園地には行ったわよ。だけど、それぐらいね。みんな部活とかで忙しかったみたいだから」
「王子なんかは特にそうだよな」
運動部の活動についてあまり詳しくないが、夏休み中も毎日練習だったり、大会があったりした筈だ。
俺も少しは見習わなければいけない。写真部的には来月のフォトコンテストから文化祭にかけて忙しくなってくるので気合を入れておかないと。
「海は行けなかったけどプールに行く約束はしてる」
「おぉ。よかったじゃんか」
「・・・あんたも来る?」
「え。気不味そう」
神田の滅茶苦茶に嫌がる顔が目に浮かぶ。
「気にし過ぎじゃない? 大丈夫よ」
「いやー。絶対居場所ないって」
「・・・嫌なら来なくていいけど。別に」
「うん・・・。邪魔しちゃいそうだから遠慮しとこうかな」
「・・・ふん」
不機嫌に鼻を鳴らす雛倉。折角誘ってくれたのに申し訳ない。何かお詫びをと思って辺りを見渡していたらマナに強く手を引っ張られた。
「やっくん。マナたこ焼き食べたい」
「はいはい。あっ。雛倉も食べる?」
「いらない」
「うっす」
心なしか反応が冷たくてドギマギしてしまう。
どうしたらいいんだこれ。ただ、ついては来てくれるので取り敢えずたこ焼きを一パック購入し、落ち着いて食べるためにベンチへと座る。
ベンチからは公園の中央にあるイベントステージが遠目に見えていて、大学生ぐらいの女性バンドが演奏を行なっていた。
「熱いからふーふーして冷ましな」
「ふぅーふぅー」
割り箸でたこ焼きを一つ摘んでマナの口元に持っていく。マナは鰹節を吹き飛ばすくらいの勢いで息を吹きかけており、その様子が大変可愛らしくて雛倉が釘付けにされている。大きく口を開けて一個を丸々頬張ったマナが、まだ少し熱かったのかはふはふと口の中の空気を入れ替えていて追加で可愛い。
「可愛い・・・」
雛倉に至っては口から漏れ出しているぐらいだ。
俺も祭りにきてからまだ何も口にしていないので一個口に放り込む。しかし、思ったよりも熱々で口の中を火傷した。
「あつ・・・あつ・・・」
「保護者が何してんよ」
「マ、マナ。こうなるからな。気をつけるんだぞ」
「分かった!」
何とか呑み込んで隣を向くとマナは心配そうに目尻を下げてくれていたが、雛倉からは完全に呆れたジト目を向けられている。まずい。ただでさえ低い俺の株が更に下がってしまったかもしれない。
「ちょっと飲み物買いに行ってくる」
なんとか挽回を図る為に近くの自販機に向かってマナにはリンゴジュース、自分用には水を買う。雛倉にも何か買って行こうと思ったが、何を好むのか分からなくて首を傾げた。本人に尋ねれば早いけど、彼女は遠慮しそうなので聞かなかったのだ。
無難にお茶か水か。珈琲も紅茶も炭酸も苦手だった時に俺も苦手だから飲めない。それならばリンゴジュースの隣に並んでいるオレンジジュースに賭けることにしよう。
三本購入して二人の元に戻り、マナにはリンゴジュースを蓋を緩めて渡してあげる。
「溢すなよ。雛倉にはオレンジジュース買ってきたんだけど飲める」
「え? 飲める。けど・・・」
「よかったよかった。それじゃ、これどうぞ」
「・・・頼んでないのに」
予想通り直ぐには受け取ってくれない。
こういう時は茶化した方がいい。
「ここらで一回格好つけとかなきゃ思ってさ」
「自分で言うことじゃないでしょ。ばか。でも、ありがとう・・・。あ、お金は出すから」
「いいよ。親の金だから」
「余計駄目な気がするんだけど・・・」
巾着袋から財布を取り出そうとする彼女を押し留めたら複雑な表情をさせてしまった。百円くらいのことで気に留める必要はないのだか、生真面目な彼女は貸し借りをはっきりさせたいのだろう。
「仕方ない。そこまで言うならねねちゃん呼び許可で手を打つか」
「あんたの気持ち有り難く受け取るわ」
「あれー?」
知らない間に雛倉の俺に対する対応が小慣れてきたような気がする。冗談が冗談だと通じるようになったのは嬉しいけれど、なんだか雑じゃなかろうか。
「マナちゃん。たこ焼き美味しい?」
「うん! ねねちゃんにもあげる」
「え? 私はさっき食べたから」
「むー。いらないの?」
「う、うーん」
雛倉はマナを気遣ってくれたのだと思うが、断られたマナは御立腹だ。先程王子にも断られているのでその分の不満も溜まっていたらしい。
「あげるとか半分こが最近のブームなんだ。余裕があったら食べてあげてくれ」
「なるほどね。それなら一個貰おうかしら」
「もらう?」
「うん。頂戴」
「えへへ。どーぞ」
満面の笑みでいそいそと箸でたこ焼きを掴むマナ。そのまま雛倉の口まで運んであげようとしていて、気が付いた。その割り箸は俺も使った物だと。
ただ、雛倉に気付いた様子はない。
何事もなさそうに髪を耳にかけ、口を開く。
「まっずい」
俺が過剰に反応し過ぎているだけなら特に問題はない。俺も割り箸の間接キスで盛り上がれる程子供ではないから。しかし、もし後者であった場合に後から気付いて唾を吐かれたら二度と立ち直れない。
ここは恥を承知で二人の間に割って入った。
「マナちょっと待ってな。割り箸もう一本貰ってくるから」
「え? なんでー?」
「どうしたの?」
俺のカットインに二人して小首を傾げている。
マナに関しては理解できるが、雛倉が分かってくれないのはどういう訳なのか。
「わかんない?」
「は? なにが?」
「その箸俺も使ってるんだよな」
「あ・・・」
「気にならないならいいんだけどさ・・・」
そう言ってはみたもののみるみる内に彼女の顔が真っ赤に染まっていく。その反応に釣られてこっちまで恥ずかしくなってきた。
「ごめん」
「いや・・・」
蚊の鳴くような声に羞恥心が助長されていたたまれない。
「なにー?」
ただ一人状況を分かっていないマナだけがキョロキョロと俺達二人の顔を見比べていた。
「ねねちゃん。顔真っ赤ー。ビョーキ?」
「ううん。マナちゃん。違うの・・・」
追い討ちをかけていく従妹に戦慄し、辱めを受ける前に屋台へと割り箸を貰いに行く。途中で振り返ると、容赦ないマナからの質問攻めを受けて雛倉は小さく小さくなっていった。
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