第4話 04

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 王子へのプレゼントも決まりバス乗り場に向かって歩いていた途中男性専用の服売り場の前を通りかかった。ここもプレゼント選びの候補に選んでいた場所だが、既にバスボムを購入した為用件はないだろう。

 

 雛倉を一瞥すると店内を覗くことはしても立ち止まる様子はない。そのまま完全に通り過ぎた後に何かを思い出したらしい素振りでぽつりと口を開いた。


「そう言えばここであんたに服見て貰おうと思ってたんだった」

「え。そうなの? 初耳だけど」

「私はどういうの選んだらいいか分かんないし。同性のあんたの方が詳しいでしょ」

「なるほど。俺の見せ場はここだったのか」


 しかし、生憎と俺の出番はカットのようだ。

 やめられねぇぜ。脇役根性。


 滞りなくプレゼント選びは出来ているし、そもそも強引に同行しているので文句なんかある筈もないが、何となく複雑な気持ちになってしまう。


「でも、そうか。王子のプレゼント。パンツっていう選択肢もあったな」


 気を持ち直して、なんとはなしに思い付いたことを口にしてみたら空気が凍った。


「・・・あれ」

「な、何言ってんのよ!? この変態!?」

「えぇ。めっちゃ罵倒」


 予想だにしないバッシングを受けてしまったので、隣りへ視線を向けたら滅茶苦茶に睨まれている。

 

「セクハラ。最低」

「まじめに言ってるって」

「だったらセンスなしね。プレゼント服にしなくてよかったわ」

「な!? 贈り物にパンツ悪くないだろ。消耗品だし。幾らあっても困らないんだぞ」

「そうかもしれないけど。普通異性に送らないわよ」

「着て欲しかったら贈ってもいいと思うけどな」

「き、着て欲しかったらってっ。な、ななな」


 明らかに狼狽して顔を真っ赤に沸騰させる雛倉。

 何を想像しているのか知らないが、いかがわしい話をしているつもりは毛頭ない。あくまでも相手は男なのだから軽い気持ちで贈ればいいのだ。

 

 それで好意が見透かされたとしても好都合と思えばいい。まぁ、軽薄な女性だと思われてしまう可能性はあるけれど。


「うぅ〜。変態変態変態!」


 しかし、そんな想いは微塵も伝わらず、耳まで真っ赤にした雛倉が手提げ鞄を振り回し、俺の顔面にぶつけようとしてくる。その中にバスボムが入っていることを忘れてはいないだろうか。

 かなりの勢いがついているので当たったら俺の顔面と一緒にバスボムの箱も潰れかねない。


「あぶねっ」

 

 王子のためにもギリギリで鞄を回避して、彼女と距離を取る。 


「落ち着いて。お店の中だから!」

「先に人前で変な事言い出したのはあんたでしょ!」

「分かった分かった。ちゃんと謝るから。他の人に当たったらまずいから」


 通路の真ん中で悶着しているので普通に通行人や従業員から注意を受けかねない。どうどうと彼女の怒りをどうにか鎮め、通路脇に寄ってもらう。


「急に何言い出してんのよ。本当に信じらんない」

  

 大人しくなっても呼吸は荒く、顔色は朱色に染まったまま。その内訳が怒りよりも恥ずかしさの方が大きい気がして悪いと思いながらも笑ってしまった。


「雛倉って初心なんだな」

「もういい! 帰る!」

「あぁ、ごめんって!」


 俺を置き去りにして歩き始める彼女になんとか縋り付いてごまをすり、蝿よりも高速で両の手の平を擦る。彼女を見下ろさないように若干屈むことが何よりも重要だ。

 

 こんな帰りがけに彼女の琴線に触れてしまうとは思わなかった。嫌われてさよならは流石に辛いのでなんとかして失態を取り戻さなくては。


「雛倉さんやお腹は空いていないかい? どうだろう。あそこにパン屋さんがあるじゃろ?」

「ママが晩御飯作ってくれてるからいらないわよ」

「・・・そうだよねぇ」


 焼きそばパンでも買ってこようかと企んだけど作戦は失敗だ。因みに母親をママと呼んでいることも非常に可愛らしかったが、絶対に言及してはいけない。


「あ、あそこ。めっちゃ雛倉に似合いそうな服ある」


 今度は周囲を見渡して彼女の気を引けるものはないかと探していたら、通路を挟んで斜向かいにあるブティックにシフォンワンピースが展示されていた。

 指を差して主張すると雛倉は興味なさそうに横目だけで確認して、少しだけ歩く速さが緩やかになる。


「ふーん」

「どう?」

「・・・悪くはないかもね」

「よし。ちょっとだけ見ていこう。他にも良さそうな服があるかも」

「あってもお金がないから買えないじゃない」

「でも、見るだけならタダだからさ」

「・・・まぁ、ちょっとだけなら」


 雛倉が興味を示したワンピースは立ち襟のフリルがあしらわれた白色のブラウスに黒いビスチェが重ね着されたようなデザインで、楚々とした印象の中に淑やかな大人っぽさも含まれている。派手さのない落ち着いた色合いは彼女の金髪とも非常に合いそうだ。


「可愛いけど・・・。私が着たら背伸びしてる感じになりそう」

「そうかな。雛倉は大人びてるから普通に着こなせると思うけど。試しに試着してみたら?」

「嫌よ。似合ってなかったら恥ずかしいもの」


 俺の提案に彼女は首を横に振る。

 謙遜ではなく本気で言っているから、無理強いすれば心の底から嫌がるだろう。そんな顔は見たくないけれど、ここで引けば彼女は自分に似合う物すら分からなくなってしまう。


 自信や価値観というものは経験が積み重なって形成され、成長していく。しかし、そこには時に不要な異物が混じることがある。

 彼女にとってそれは差別をされた過去。


 周囲と違う事がおかしいと植え付けられた記憶が、雛倉が雛倉足り得る大きな要因になってしまった。


 そんな一理もない価値観は捨てた方がいい。

 脳裏にこびり付いて自分で拭えないのであれば、俺の出番がようやく訪れたということだ。


「間違いなく似合うから一回着てみよ? もしそれで違うなってなったらまた別のを選んだらいいし」

「なんでそこまで押してくるのよ・・・。はぁ、分かったわ。でも、笑ったりしたら許さないからね」

「可愛すぎて口元が緩むのは許してくれ」

「うっさい」


 強引にワンピースを押し付けて雛倉を試着室に押し込むと、彼女は勢いよく仕切りのカーテンを閉めて着替えを始めてくれた。彼女からしてみればとんでもなく鬱陶しかったのは間違いない。でも、


「絶対に似合ってんだよなぁ」


 普段から被写体を探して色んな服装の人を見ているので似合うかどうかの判断ぐらいはできると思う。


 試着室の前のスペースでうろうろしながら彼女の着替えを待っていると予想以上に時間がかかっていた。

 やはり、女性の準備には時間がかかるものなのだなと知ったか振りをしていたら、閉めた時とは比べ物にならないくらいの遅さでカーテンがゆっくりと開かれていく。


「一応、着てみたけど」

「うん。・・・見せて」


 顔だけひょっこり出してこちらの様子を窺ってくる雛倉。もじもじしている姿も可愛いが、その首から下もお洒落に決まっている筈だ。


「・・・はい」

「おぉ・・・」


 着ている状態の姿は予想できていた筈なのに改めて目の前にすると、その完成された美しさにあてられて言葉を失った。


 まず目がいくのはその洗練されたシルエット。


 引き締まったウエストに、ふんわりと膨らんだスカート。彼女の細さが一層強調されていて、簡単に壊れてしまいそうな儚さは繊細に仕上げられた硝子細工のようだった。


 しかし、凹凸がないかと言われればそうではない。重ね着されたビスチェの内側には女性らしい膨らみが確かに存在しており、露出の少ない服装であるにも関わらずフェミニンな色気を漂わせている。


「・・・なんか言いなさいよ。ねぇ」


 何か感想を伝えようとしても脳味噌はこの光景を焼き付けることに必死で全く働いていない。その癖右手はポケットのデジカメに伸びていて、欲に塗れた自分の本能が恥ずかしい。


「ごめん。見惚れてた。滅茶苦茶に似合ってるよ」

「・・・幾らなんでも言い過ぎでしょ」


 シンプルなデザインのワンピースは素材の良さを余すことなく引き出していて、呆けて肩を落とす所作でさえ絵になっている。


「着てみた感想はどう?」

「よく分かんない。けど、あんたが嘘吐いてるようには見えないから。似合ってるって思うことにする」

「うん。マジで世界で一番似合ってる」

「大袈裟なのよ・・・。でも、悪い気はしないのも不思議。あんたとは昨日話したばっかりなのに」


 そう言って柔らかく微笑む彼女の表情は緊張から解放されたように目や口元が弛んでいた。今度はその表情に心を奪われていたら、それに気付かれてそさくさとカーテンを閉められてしまう。


「き、着替えるわね」


 いつまでもその笑顔を見ていたかったけど、独り占めにはできないらしい。制服に着替えて試着室を出てきた頃には普段通りの無愛想な表情に戻っている。


「その服気に入った?」

「そうね。でも、買えないから」

「俺が雛倉にプレゼントしてもいい?」

「は? 駄目よ。受け取れないわ」


 俺の提案は強い意志で否定された。

 予想通りの反応だ。彼女が考えなしに施しを受け取るようなタイプじゃないことは分かりきっている。


 だから、これも強引に行くとしよう。

 思い出をくれたことに対しての感謝をしたいから。

 だから、俺はめげずに屁理屈を連ねていく。


「今日のお礼ということにしたいんだけど」

「なんであんたがお礼する側になるのよ。手伝ってもらったのは私の方でしょ」

「楽しかったからさ。それに俺も雛倉に誕生日プレゼントあげたいし」

「私の誕生日は十二月だから」

「じゃ、前倒しということで」


 雛倉に向かって手を伸ばす。

 こうなれば後は根比べだ。


「もう。しつこいわよ」

「俺がしつこいってことに気付いたなら早く折れた方がいいんじゃないか?」

「ああ言えばこう言う」

「ははは。面倒臭くてごめん」


 何を言っても無駄だと悟った彼女はジト目で俺を睨んだ後に深い深いため息を吐いた。


「はぁ、分かったわ」


 どうやら、俺の粘り勝ち。しかし、雛倉もこれでは終われないようでワンピースを手渡しながらこんなことを尋ねてきた。


「あんた。和菓子は好き?」

「え? うん。好きだけど」

「そう。じゃ、覚えときなさいよ」


 いきなり話がぶっ飛んだからまるで理解が追いつかない。しかも、それ以上の説明はないまま彼女は歩き出してしまった。


「え。まさか饅頭で殺される?」


 あまりの脈絡のなさにそんな不安が脳裏を過ぎる。

 無視できない問題だったが、誰も何も教えてくれそうにはない。


「え?」


 こんな終わり方があっていいの?





ーーーーーー




 後日、雛倉から大量の和菓子を貰った。

 聞けば彼女の実家は和菓子屋だったらしい。

 そんなこと知らなかったのでとても驚いた。


 日本人の和菓子職人とイギリス人の女性の出会いにとてつもないストーリー性を感じたけれど、ここで触れることではないだろう。


 王子との仲直りも上手くできたと言っていた。

 バスボムには目を丸くしていたみたいだけれど、ちゃんと喜んでもらえたみたいだから本当によかった。


 俺から語れる後日談はこれくらいだ。


 いつか流れるエンドロールに俺の名前が載っていることを願いながら平坦で平凡な毎日に戻ろうと思う。


 もしも、また出番を貰えた時はーー

 

 彼女を笑わせられるように精一杯頑張ろう。

 

 


 

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