第3話 03

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 結局、スポーツ用品店で目ぼしい物は見つからず家電量販店に移動してきた俺と雛倉。

 広い店内にはスマホショップも入っていて、色んな種類のスマホケースが目に留まる。試しに王子とお揃いにしたらと提案してみたら、顔を真っ赤にして拒否された。お揃いはハードルが高いらしい。


 今見物しているのはオーディオのコーナーの一角でCDプレーヤーやラジカセ等が並べられている。

 値段的にも手に届く物は多そうだが、近年は音楽を聴くにしてスマホがあれば事足りてしまうし、CDを買わなくても音楽が楽しめるので、音に関して一家言持っていないと選択肢には入りそうにない。


 雛倉曰く、王子にそういった拘りはないようなので、イヤホンやヘッドホンの方が需要は高そうだ。

  

「ワイヤレスイヤホンってどうやって音流してるの?」


 そういう類に知識がないらしい雛倉が一つ商品を手に取って無垢な顔付きで首を傾げている。

 コードレスのイヤホンもかなり普及してきた気がするけれど、彼女は触れる機会がなかったようだ。


「危なくないかしら」

「大丈夫だと思うよ」

「爆発したりしない?」

「とんでもない使い方しようとしてる?」

「操作ミスしたら爆発しそう」

「おばあちゃん?」


 今までの発言から彼女の機械音痴振りがどれほどのものなのかは理解した。パッケージの取説を呼んでもちんぷんかんぷんな様子なので、実物を見せようと鞄の中から私物のワイヤレスイヤホンを取り出す。


 俺が持っているのは左右が独立しているタイプで、使用していない時はコンパクトな充電ケースに仕舞っている。同時にスマホも取り出して、設定を開く。


「ほらー。こうやって使うんだよぉ」

「馬鹿にされてる・・・。ぐぬぅ」 


 Bluetoothの項目を開くと今はイヤホンとの無線接続ができている状態だ。これをわざと切断して、再度、最初からイヤホンのペアリング操作を行う。


「ここをこうして、ここをこうな」


 彼女に見えるようにケースからイヤホンを取り出して電源が入ったことを確認。イヤホン自体が青色に点灯するので難しいことはない。

  

「次は電源ボタンを長押しすると、ほら、俺のスマホの欄に製品名がでてきてるでしょ」

「うん」

「これをタップしたら、後は勝手にペアリングしてくれるからそれを待つだけ」

「これでほんとに音が流れるの?」

「聞いてみ」


 適当にスマホに入っている音楽を流して雛倉の耳に嵌め込むと、彼女が勢いよくこちらに振り返った。

 

「流れてる!」

「ふっ」

「な、なんで笑うのよ」

「いや、反応が可愛いなって思っただけ」

「なっ!? あ、あんたってそういうこと平然と言うわよね・・・」

「告白してから羞恥心がなくなったかも」


 この一言を言っても、言わなくても彼女との関係は何も変わらないのだから、どんどん言った方がお得感がある。


「ガヤだと思って聞き流してくれ。不快だったら今すぐ止めます」

「・・・別に。褒め言葉なら。いいけど」


 俯き加減で途切れ途切れに素気無く口にする彼女はどうやら照れているらしい。ただ、俺の言葉でそうなってくれているというよりかは、


「あんまり可愛いって言われ慣れてない?」


 そんな感想の方が思い浮かんだ。


「言われないわよ」

「そんなに可愛いのに?」

「か、揶揄ってるでしょっ!?」


 恥ずかしさのせいで仄かに頬を赤く染めた雛倉が犬歯を覗かせ威嚇してくる。だけど、その表情は俺の一言で露のように消えていく。


「そんなに美人で自覚ない方が驚きなんだけど」

「・・・自覚なんてある訳ない」

「え・・・。どうかした?」


 憂いを帯びたその理由が分からなくて思考が蟠る。

 目を伏せた彼女は俯き加減でぽつりと吐き出した。


「私はハーフだから。むしろ変だって言われてた」


 怒りや悲しみを感じさせない感情を排斥した口調。

 僅かに動いた口角を笑顔だとは認識できず、纏わりつく空気には見通せない程の諦観が込められている。


 悲しいけれど、その光景は容易に想像することができてしまった。特別がいいのに自分以外の特別は許さない。子供とはそういう生き物だから。


「そいつらには見る目がなかったんだろうな」

「そうかな・・・。私は今でも自信持って言えない。髪の色も肌の色も皆と違うし」


 幼く、未熟な価値観に晒され、傷を負った過去。

 それを彼女は今も引きずって歩いている。

 怒りが込み上げてきて、湧き上がる感情のままに言葉を吐き出してしまいたい。でも、そんなことよりも先にしなくちゃいけないことがあると思った。


「その髪も肌も目も声も顔も俺は全部好きだよ」


 彼女の傷に届くように言葉を紡ぐ。

 世辞や虚飾は必要ない。だって、本心だから。

 入学式の日に一目で見惚れた。

 あの時の気持ちは今も鮮明に覚えている。


「・・・顔が熱くなるから。やめて」


 思考に没頭し過ぎていて、雛倉の声で我に帰った。

 見ると彼女は頬を抑えて梅干しでも食べたかのような萎んだ顔付きをしている。どういう感情なのかは判断し難いが、顔色も梅干しになっているので羞恥心が限界に達したみたいだ。


「まだまだ沢山あるんだけど聞いていかない?」

「もう、いい。それ以上言ったら家に帰るから」

「ははは。それじゃ、この辺で止めとくか」


 丁度暖まってきたところだったのに残念だ。


「昔の話だから気を遣わなくて平気よ」

「今はちゃんと認めてくれる人がいるもんな」 

「・・・うん」


 出会いが人を変える。

 色付いて、華やいで、彼女の人生は一層花めく。 


「そっか」


 きっと、気持ちは同じで。でも、俺ではこんな表情を与えることはできなかったと思う。だから、王子が彼女に出会ってくれて本当によかった。


「プレゼント。喜んでくれるといいな」

「えぇ。これは候補の一つにしておくわ」

「了解。その辺もう少し見ていこうか」


 とは言ってもこのフロアにあるのは家電ばかりなので目に留まる物は少ない。ただ眺めるばかりになってしまって、そろそろフロアの移動を考え始めた頃に雛倉から「ねぇ」と声をかけられた。


 顔を向けると彼女はこちらを見ておらず、ある一点に視線を注いでいる。俺も倣って同じ方向に顔をけるとそこにあったのは俺には見覚えのない物だった。


「あれ見たい」


 俺の返事も待たずに歩き出した彼女を追いかける。

 商品説明に目を通してようやくそれが入浴剤であることに気がついた。

 

 長方形の箱の中にテニスボールサイズの球体が十二個並べられていて、一つ一つが黄や紫、橙とカラフルに色付けされているそれは、


「バスボムって言うのか」

 

 我が家では見た事がない代物だった。

 湯船に浮かべたことがあるのは柚子くらいである。


 バスボムとはお湯に溶かして使う物のようで溶ける時にシュワシュワと泡が広がり、香りも楽しめる仕組みになっているらしい。

 ココナッツ、グレープ、ミルクと香りの種類が幾つも書かれていて、それらが一箱に十二種類も入っているのだから何とも贅沢な気がしてくる。

 

「可愛い」


 特に女性から好まれそうな可愛らしいデザインが雛倉の心を完璧に射抜いたようで、おめめがキラキラに輝いていた。事前の話し合いにバスボムの案は出ていなかったけれど、商品を手放す素振りが一切ない。


「これにしようかな」

「えっと。雛倉さん?」

「なによ。よくない?」 

「自分が欲しくなってるだけなんじゃ・・・」

「ち、違うわよ。違う違う。違うってば」


 小さく首を振って否定している彼女だが、目を瞑って視線を合わせようとしないので全く信用ならない。

 プレゼントとして買ったのに自分の家で使っちゃっいそうな雰囲気が多分に含まれている。


「プレゼントする前に包装破らない? 大丈夫?」

「大丈夫に決まってるでしょ。私をなんだと思ってるのよ。男子ってこういうの使わないだろうし、いいと思ったんだけど・・・。おかしい?」


 俺が余計な茶々を入れたせいで彼女の勢いが急速に萎んでいく。自信なさそうに俯かれてしまうと罪悪感に潰されそうになるので光の速さで手の平を返した。


「バスボムで間違いないな。うん」

「さっきまで乗り気じゃなかった癖に」


 ジト目の彼女。冗談が伝わるような関係ではないからここは素直に平伏する他ない。


「そこまで考えてるとは思ってなくて。ごめん」

「別に、謝らなくていいわよ。男子の意見を聞くためにあんたを連れて来た訳だし、あんたがやめた方がいいって言うなら考え直すわ・・・」

「いや。本当にいいと思う。相手が普段使わない物をプレゼントするのも一つの醍醐味だし、雛倉がこれを贈りたいって気持ちが一番大事だから。異論なし!」


 男からするとあまり触れる機会のない物だから家にあったら絶対に使う。どんな風になるのか誕生日に気になるし、何より楽しそうなので自分用に買って帰りたいくらいだ。


「なら。これにする」

「うん。買っておいで」


 大切そうに胸の前で抱き抱える彼女をレジへと見送って、俺は近くのベンチで会計を待つことにする。


「ふぅ」


 彼女はきちんと渡せるだろうか。

 俺の予想では恥ずかしさに耐えきれなくて、また余計な一言を言ってしまうのだと思う。でも、きっと、今度は喧嘩にはなりはしない。


 プレゼント選びにかけた時間も、想いも王子には伝わる筈だから。だから、俺の出番はここまでだ。


 振り返ってみたら俺の必要性はほとんど皆無だったような気がする。協力したいなんて出しゃばってはみたものの何か役に立てただろうか。


 なんだか急に恥ずかしくなってきた。

 そもそも何故俺は告白なんかしたのだろう。

 その場の勢いってほんとに怖い。


 斯くして俺の出番は終わり、後は王子がヒロイン達を振り回したり、振り回されたりしながら物語は進んでいく。俺にできることは草葉の陰から彼女の想いが叶うように応援することぐらいだ。

 

 願わくば彼女の想いが叶った瞬間を見届けたいけれど、それは出過ぎた我が儘なので自重する。俺は脇役。彼女らの邪魔はしてはいけない。

 

 だから、今を焼き付けよう。

 彼女が浮かべる幸せそうな表情に、ちょい役の俺が少しでも関われたことを忘れないように。

 


 

 

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