第2話 02

第一章 プレゼント選び編

02  




 次の日の放課後。

 早速俺達は地元で一番大きな商業施設にやってきていた。ここなら食品から雑貨までいろんなお店が揃っているし、誕生日プレゼント兼仲直りの品を選ぶには持ってこいの場所だろう。


 ただ、暗くなる前には帰りたいので事前に幾つかの目星は付けてある。夜道を帰ることになっても俺は平気だが、雛倉がトラブルに巻き込まれてはいけない。


 容姿の優れた彼女は歩いているだけでも注目を集めているから心配だ。その視線の中に厄介な輩がいないことを祈りつつ、隣を歩く彼女を見てみたら何やら落ち着かない様子で周囲を見回していた。


 彼女も自衛のために周囲の警戒をしているのかと思ったが、彼女は学校を出た時からずっとこんな様子だった気がしなくもない。


 周囲に不審人物は見当たらないけれど、気掛かりがあるなら早めに教えておいて欲しい。


「どうした? 何か心配ごと?」

「え? ううん。なんでも、ない・・・」


 何でもないと言う割には歯切れ悪い。

 やはり、何か心配事があるようだ。

 

「変な奴でもいた?」

「変な奴?」


 間の抜けた声音で復唱ているからどうやら思い違いだったらしい。ただ、じっと俺を見つめてきているのはどうしてだろう。全く見当がつかない。なんだか俺が変な奴だと言われているみたいじゃないか。


 全く持って遺憾だが、振られた翌日に男へ贈るプレゼント選びを手伝っているのこいつは相当な変態かもしれない。


 マゾヒストだと思われていそうだ。

 俺はいたってノーマルなのに。


「同じ学校の人に見られたら困るでしょ」

「何か都合が悪いのか?」

「・・・二人で一瞬に歩いてるところを見られたら誤解されるかもしれないじゃない」

「あぁ、そういう・・・」


 そこまで言葉にしてもらいようやく得心する。しかし、それは杞憂というやつだろう。


「傍から見てもデートしてるようには見えないと思うし、心配しなくていいと思うけどな」

「なんで言い切れるの?」

「だって、俺と雛倉じゃ住んでる世界が違うだろ?」

「は? 隣にいるじゃない」

  

 馬鹿を見る目で見られた。勿論言葉の綾なのだが、全く伝わっている様子がない。理解して貰うには何と言ったらいいかを考えて俺の趣味で例えてみる。

 

「恋愛映画見てて絶対ヒロインとくっつかないだろうなって奴が俺だから。友人Yぐらいの位置付けで背景に見切れてるくらいの人間だからちょいなんよ」

「何言ってんのか全部わかんなかった」

「うーん。これも伝わらんかぁ・・・。あんま恋愛映画とか漫画とか見ない感じ?」

「見ないわね。なんか焦れったいし」

「おぉ。俺が思ってる事やね。それ」

「なにか言った?」

「なんでもないです・・・」


 屋上で泣きじゃくっていたのは何処の誰だっただろうか。しかし、それを揶揄うには勇気が必要だった。こちらを見てくる雛倉の圧が凄いのなんの。


「あんたはそういうの見るの?」

「見るよ。めちゃくちゃ見る」


 二番目の趣味だと言ってもいいくらいだ。


「少女漫画も読むし、映画化されたら一人でも映画館に観に行くよ」

「カップルばっかりいそう」

「ガチでカップルしかいない」

「どんなメンタルしてんのよ」

「だって、好きな作品は大画面で見たいじゃんか」

「大丈夫? 死にたくなったりしない?」

「その心配の仕方やめてくれ・・・」

 

 憐れみの視線を向けられて心がちょっとばかり痛くなった。本当のことを言えば他所のカップルに挟まれても特に気にならない。何なら馴れ初め話を聞きたくなるくらいにはノンフィクションでも飯が食べれる。

 

「丁度何か新作やってるみたいだけど」


 通りがかった映画館の入り口付近に設置されたモニターにはとある少女漫画の予告映像が流されていた。


「知ってる?」

「原作は履修済み」

「ほんとに好きなのね・・・」

「男が少女漫画見てるなんてあんま大きな声じゃ言えないけどな」

「なんで? 好きを堂々と言えるのいいと思うけど」

「そっかなー」

「そういう人の方が格好いいじゃない」

「・・・え」


 不意打ちを喰らって言葉が詰まる。

 大きく打った鼓動に勘違いすんなと叱責し、小さく深呼吸。横目で雛倉を盗み見ても興味なさそうにモニターを見上げているだけで、深い意味なんてものは微塵も含まれてはいない。


「今日の目的は映画じゃなかったな」

「そうね。今日は私の用事に付き合って貰わないと」

 

 平静を装って再び歩き始める。

 映画館に用はないが目的の場所は目の前にあった。

 映画館に隣接しているスポーツ用品店。そこそこの広さがあるので品揃えには期待が持てそうだ。

 

「王子ってバスケ部だったっけ?」

「そうよ。一年の時からスタメンなんだから。凄いでしょ」


 まるで自分のことのように鼻高くしている彼女があまりに微笑ましくて自然と口元が緩んでしまう。


「それ本人に言ったことある?」

「え? ないけど」

「喜ぶと思うぞ。今度言ってあげな」

「・・・うん」


 顔を赤くして、小さく頷いている雛倉。

 そんな愛らしい彼女の反応を楽しみながら、バスケットボールフロアの物色を始める。陳列されている商品の中から気になったトレーニングウェアを取って彼女に見せた。白と水色を基調とした色合いは爽やかな王子のイメージに合っていると思う。


「あいつに似合いそう」

「お眼鏡に敵いましたか」

「いい感じね。ところでいくら?」


 言われて襟腰付近に付けらていた値段を確認すると上下合わせて六千円を超えていた。


「・・・」

「えっと。今日の予算は如何程で?」

「三千円。これが私の全財産よ」

「くっ」


 無念だ。雛倉も悔しそうに歯を食いしばっている。

 この辺りに並んでいる物はどれも似たような価格帯で手が出せそうにない。


「・・・買えないわ」


 しゅんとしてしまった雛倉。

 眉尻が下がって普段よりも幼く見える。


「三千円じゃ喜んでくれる物なんて買えないかもしれない」

「大丈夫。そんな卑屈になる必要ないよ」

「でも・・・」

「雛倉が一生懸命考えて選んだ物なら絶対に喜んでくれる。そういう奴だろ。あいつって」


 損得勘定で物事を判断するような性質じゃない。

 男の俺から見てもいい奴なのだ。

 超がつく程鈍感だから一番大事な気持ちには気づかないだろうけど、かけた時間や思いに敬意を払う誠実さを持っている。


「・・・うん。そうね。だから私は―――」


 俺と目が合ってその先は口にしなかった。しかし、そこまで言われたら何を言いたかったのかは分かってしまう。

 

「気を遣わなくていいのに」

「別に、そんなんじゃ・・・」

「言葉にするのが恥ずかしかっただけ?」

「・・・そう」

「可愛いな」

「は?」


 雛倉が目を丸くして俺を見てくるので不敵に笑っておく。振り切れた人間はこれくらい簡単に言って退けるのである。いや、嘘。まだちょっと恥ずかしいので若干顔が赤くなっているかもしれない。


「とにかく他も見てみよ。ここにもまだ靴下とかジムサックとか普段使いできそうな物が沢山あるし」

「そ、そうね。行きましょうか」


 そそくさと列を移動する彼女の後ろについて歩く。

 連結したハンガーラックの切れ目で左手に曲がろうとして脇から声をかけられた。


「あれ? ちょいじゃん」


 半身で振り返るとクラスメイトの山本がいて、目が合うと軽く手を上げて近づいてくる。


「おお。部活は?」

「今日は休み。だから、新しいスパイク見にきたんだけど・・・。ちょいって写真部だろ? こんなとこでなにしてんの?」

「買い物の付き添いしてる」

「へぇ。誰の?」


 丁度、俺の体で後ろにいる雛倉が見えていないようなので、通路の端に寄って彼女の姿をお披露目すると山本が大きく仰け反った。


「え!? 雛倉さんじゃん!」


 好奇の視線を向けられた雛倉は少し居心地が悪そうだ。小さく会釈だけして視線を俺に向けてくる。特に談笑を嗜むつもりはないらしい。


「ちょい。どういう組み合わせだよ」


 困惑している山本に一ついいことを思いついた。


「なんだと思う? 当ててみろ」

「え? 二人ってなんか繋がりあんの?」


 さっぱり分からんと首を傾げる山本。

 予想通り冗談でもデートなんて甘美な言葉は出てこない。ほんの少しもその可能性は浮かばないのだ。


「ふふん」

「・・・」


 雛倉の方を一瞥して俺の言った通りだろうとドヤ顔を決めたら、彼女は感心よりも呆れが勝った表情で肩を竦めていた。確かに威張れるようなことではなかったな。得意げな笑みは取り消して、ネタバラシをしておく。


「ここはバスケのコーナーなんだが、うちの高校のバスケ部ってだーれだ」

「あぁ、なるほど。ちょいは一年の時に同じクラスだったんだよな。オッケオッケ。完璧に理解したわ」


 一つのヒントで完璧に察してくれたらしい山本。

 察しが良すぎて俺が一緒にいる理由も勝手に解釈してくれたみたいだ。


「話が早くて助かる」

「顔広いなちょいは。まぁ、そういうことなら部外者の俺はさっさと行こうかな。雛倉さん。頑張ってね」

「あ、ありがとう・・・」

「ちょいはまた明日学校でな。それじゃ」

「おう。また明日」


 邪魔にならないように配慮して早々に立ち去っていく山本の姿は脇役として理想的な振る舞いと言える。俺も脇役道を極めるために今後の参考にしなければ。


「本当にちょいって呼ばれてるのね」

「俺のこと知ってる人には大抵そう呼ばれてるかな」

「ふーん。どうしてちょいになったの?」


 確かに響きが可愛いから男のあだ名としては珍しいかもしれない。しかし、所以は単純明快で、もぶやくろこと流れは全く同じだ。


「名前にわきやくって文字が入ってたんだよね」

「え。そんなことある・・・?」

「恐るべきことにな」


 驚愕の事実に唖然としている気持ちも分かる。

 俺も気付いた時は驚きを隠せなかった。


「だけど、まぁ、ワッキーはちょっと嫌だったから同じ意味のちょい役のちょいで勘弁してもらった」

「もしかしていじめられてる?」

「ははは。大丈夫大丈夫。そんなんじゃないよ」

「ホントに?」

「仲間内で言い合ってたのがいつの間にか周りにも浸透して由来知ってる人なんかほとんどいないからね」

「そっか。なら、いいけど」

「ありがとう。心配してくれて」

「・・・別に。心配なんかしてないし」

「雛倉は優しいなぁ」


 プイッとそっぽを向く彼女を揶揄ったら鬱陶しそうに「ふん」と鼻を鳴らされる。とても不機嫌そうではあるけれど、恐らく照れくさいだけの筈だ。


 王子と俺で向けられる感情の意味合いはまるで違うだろうし、あまり自信は無いけれど、きっと怒ってはいないと思う。たぶん。メイビー。


「さぁ、ジムサックでも見ようかなぁ」


 自信がなくなってきたので踵を返し、雛倉に背中を向けようとしたら真剣な口調が俺の足を縫い付けた。


「私はもうちょいって呼ばないから」

「え?」

「そうやって呼ばなきゃいけない縛りもないし」

「どしたの急に?」


 唐突な宣言の意図が分からず訝しむような視線を送ると、彼女は何でもなさそうにいつもと変わらない淡白な口調で言う。


「私を好きになってくれた人を脇役なんて言いたくないもの」

 

 その言葉には雛倉の人間性を垣間見た。

 やっぱり、彼女は優しい。そんなのとうの昔に知っていたことだけど、一目惚れからこの想いが続いた訳を改めて痛感する。

 そういう擦れていない気高さに俺は惹かれたのだ。


「だから、あんたの本名教えて」


 雛倉寧々という少女を目の当たりにして胸がギュッと締め付けられた。その苦しみから逃がれるために俺は来た道を引き返す。


「いやー。最初に勿体ぶったからもう言い辛いなぁ」

「・・・あんたって見かけに寄らず意固地よね」


 呆れ顔で肩を竦めた雛倉に俺は不細工な笑顔で応える。あまりにも不躾な態度だけど許して欲しい。

 だって、名前を呼ばれて舞い上がりたくないじゃんか。




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