第2話 え、ドラゴンブレスってサウナみたいで気持ちよくないですか?
翌日。マリアは早速ダンジョンへとやってきた。
本当は一刻も早く別のギルドに転職したいところだったが、冒険者学校を卒業していないマリアを採用してくれるギルドが見つかる可能性はかなり低い。転職には時間がかかるだろう。
しかし生活していくためには当面のお金を稼ぐ必要があった。
それゆえ、ひとまずフリーの冒険者として糊口をしのぐことにした。
ひとまず≪攻略済ダンジョン≫でモンスターの残党を倒すことで、換金できるアイテムを収集することで日銭は稼ぐことができるだろう。ギルドでの給与よりは低いが、それなりのお金は得ることができる。
「よし、頑張るぞ!」
マリアは気合を入れて暗がりの迷宮へと足を踏み入れるのであった。
†
「今日もカレンにノックアウト! カレンです~!」
一人の少女が記録水晶に向かってそう言った。
彼女の名前は、カレン・レノックス。
人気のダンジョン配信者である。
チャンネル登録者は驚異の80万人超え。
レアスキルである≪白魔法≫を得意とする≪聖女≫ジョブの冒険者で、その実力は折り紙付きである。
だが、配信ではその清楚な見かけとは裏腹に、拳一つでモンスターたちを屠っていくスタイルが人気を呼んでいる。
人呼んで≪拳で語る聖女≫。
おそらくこのローレンス王国で彼女のことを知らない人間はいない。
ダンジョン配信の第一人者である。
“きたああああああああああ”
“カレンちゃぁぁん!!”
“待ってました!”
“今日も可愛いいぃ!!”
カレンが生配信を開始すると、コメント欄にはすぐに視聴者のコメントがあふれた。
同時接続者数――同接も見る見るうちに膨れ上がっていく。
「今日はとある攻略済みダンジョンの中層まで来ています! これからモンスターと戦っていきたいと思います!」
そう言ってカレンはダンジョンを進んでいく。
その姿を宙に浮かぶ記録水晶(カメラ)が横から映し出す。
いつもどおりなら、カレンは白魔法を宿した拳でモンスターを爽快に倒していく――――はずだった。
けれど、今日は違った。
「……え??」
中層のとある広場に足を踏み入れたカレンであったが、そこでありえない光景を目にする。
本来中層にいるはずのないモンスターがそこにいたのだ。
“あれドラゴンじゃね?”
“イクリプスドラゴンじゃねぇか”
“なんでこんなところにS級モンスターが!?”
“あ、ありえねぇ!”
“でも攻略済ダンジョンだよな!? ボスがいるわけねぇ”
“いくらカレンちゃんでもあれはやべぇよ”
“Aランクパーティでようやく戦えるかどうかだよな”
配信のウィンドウに読み切れないほどのコメントが流れる。
だが、カレンにはそれを読む余裕はなかった。
さすがに自分では勝てない敵だとすぐにわかった。
だが、それゆえに足が震えて動かない。
そして邪悪なドラゴンは、彼女のことを見逃すつもりはなかった。
「グァァァッ!!!!!」
ひときわ大きな咆哮とともに、その口から巨大な炎の竜巻が巻き起こった。
次の瞬間、カレンは≪ドラゴンブレス≫の直撃を受け、その業火に焼かれながら背後に吹き飛ばされた。
岩の壁に叩きつけられ、そのまま地面に転がり落ちる。
結界魔法(ライフバリア)が致命傷は防いでくれたが、痛みからすぐに動くことができなかった。
そして、そのままカレンの意識は遠のいていく――――
†
マリアは1時間ほどかけてダンジョンの中層の最深部へと進んでいた。
(あんまりめぼしい敵はいなかったな……)
マリアは厳しい現実を突きつけられていた。やはり誰でも入れる≪攻略済ダンジョン≫にはモンスターが少なく、稼ぎは悪い。
しかし、それでも生活のため文句は言っていられない。
(もっとお金になりそうなモンスター、いないかな……)
明日の生活のため、ダンジョンを突き進んでいく。
そんな時だった。
「グァァァッ!!!!!」
なにかの咆哮。
そしてその次には爆裂音。
通路を曲がった先から聞こえた音に、マリアは異常事態を感じた。
果たして、マリアが通路を進むと、そこには広い空間。
そして物音の正体は――――
「≪イクリプスドラゴン≫!!」
巨竜が漆黒の翼をはばたかせるとダンジョン内に暴風が吹き荒れる。
そんな中、なんとか目を開け前を向くと、暗がりに深紅の瞳が輝いていた。
イクリプスドラゴンはAランクのモンスターだ。
ダンジョンボスの中でも特に強力で、本来なら間違ってもダンジョン中層で出くわすような敵ではない。
だが現実には目の前に確かにその姿があった。
普通の冒険車なら震えて逃げ出すことさえできない異常事態。
マリアはそんな強敵の姿を見て――――――
「きたぁぁぁぁッ!」
歓喜の声を上げた。
そう。
彼女には人には隠しているある性癖がった。
(今日はソロ攻略だし、配信もしてない! 何も隠す必要はない!!)
目を輝かせて、ドラゴンを見るマリア。
彼女は普段、自分のとある「性癖」を隠して生きていた。
けれど、今はそれを隠す必要がない――そう勘違いしていたのである。
彼女はそのままドラゴンに向かって駆け出していく。
自ら、その攻撃の射程に入ったのだ――――まさか、その脇に一人の少女が倒れているとも知らずに。
――――イクリプスドラゴンの瞳がマリアをとらえる。
「グァァァァッ!!!!」
咆哮とともにその巨竜は翼を広げ、その口先から勢いよく炎を吐き出した。
ドラゴンブレス。
並の冒険者ならそれだけで死んでしまうほど強力な一撃。
だが、マリアはそこに向かって自分から飛び込んでいった。
空の手を広げ、全身で炎を受け止める。
身体の表面を守っている≪結界魔法(ライフバリア)≫が、一気に蒸発していく。
結界は身を守ってくれるが、その守りは完ぺきではない。
結界は身体に密着してすぎているため、半ば体の一部のようになっている。そのため、それを削られると痛みが出てしまうのだ。
仮にドラゴンブレスの攻撃を結界でしのげたとしても、業火に焼かれたような痛みは確実に精神を壊してしまう――――通常であれば。
けれど。
「アッァア!!」
マリアの顔には愉悦の表情が浮かぶ。
どんなにいたぶられても――いや、いたぶられるほど。
彼女は|悦んで(・・・)しまう。
「キモチイイぃぃ!!」
そう。マリア・ローズウッドは――――真正のドMなのだ。
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