第51話
花梨は、京都の星空を見ながら凛花の話を聞いていた。藍森ほど星の数はないけれど、凛花の物語が、その輝きを神秘的に見せていた。
「私はあいつの家を飛び出して、自宅に帰った。そうしたら、家にはもう警察がいたのよ。瀬田は、あの日、私をものにするって友達に話していたらしいわ。その友達は、瀬田の後に私を回してもらおうと思って訪ねたみたいね。どこまで腐っているのかしら」
最後の方は、言葉を投げるように乱暴に話した。
花梨の中に沸々と怒りが生まれていた。先に凛花の話を聞いていたら、瀬田を簡単に許すことなどできなかっただろう。1発や2発殴らないと、気が済まなかったと思う。そうしなくて済んだのは、凛花が過去を語ろうとせず、加えて瀬田が綾小路の息子だと知ったからだ。
綾小路はあんなに良い人だから、その息子も良い人だと思い込んでいたのだ。6年前に自分を取り囲んだ大人のように。……彼らも、立派な家庭の子供たちが、同級生をいじめたり、殺したりするようなことはない、と考えたのだ。
「……私のことが事件になると姉のことも公になりそうになって、父が作戦を立てたわけ。父が県会議員を辞職して責任を取り、クスリやウリといった姉の罪も未成年の私が全部被ることにしようって。そのほうがマスコミを押さえられる。何よりも、病んだ姉を守ることができるから。私は姉の代役を演じ切り、藍森に姿を隠したの……」
彼女が顎を引き、ホッと息をはいた。
「それでお姉さんは助かったの?」
「ええ、まだ入院しているけど。……麻薬からは解放されたのよ。けど、心がね……」
彼女は、再び星を見上げた。端正で美しい横顔だった。
「私、瀬田を簡単に許してしまって、間違っていたわ。ごめんね……」
思わず彼女に抱きついた。そうせずにいられなかった。なんて可哀そうな凛花……。
「そんなことない」
彼女は冷めた声で言うと、花梨の肩に暖かい手を置いた。
「今日、こうして話せたのは、私の中でも瀬田を許せたからよ。あいつもクスリのことが世間にばれて病院をクビになったし、今は執行猶予中。社会的な罪は問われた。……花梨が心を痛めることないのよ」
「そう……?」
顔を持ち上げると、凛花が口角を上げて見せた。
「うん。私なら大丈夫。笑えるもの」
「よかったぁ。……でも、刺すときは、殺すつもりだったの?」
「それ、訊く?」
凛花がおどけて口を尖らせて見せた。その陰に、教師たちに人を殺してはいけない理由を訊ねていた、凛花の怖い顔が透けて見える。
「あ、いい。もう分ったから」
「私、中途半端なことは嫌いなの」
「うん。分かる気がする。……あ、忘れてた」
「なあに?」
「オッチャンに、人を殺してはいけない理由を聞いてみようと思っていたのよ」
「そうか。オッチャンなら、答を持っているかもしれないわね」
「藍森町に遊びに来たら、聞いてみようっと」
「花梨、それまで忘れないでね」
「了解。でも私、馬鹿だからなぁ。忘れていたら、教えてね」
「了解」
凛花が手を頭に持って行って敬礼の形を作った。そんなおどけた彼女を見るのは初めてだった。
「いろいろ謎が解けてすっきりしたわ」
「私もよ。歌いたい気分」
「凛花の歌、聞きたい」
「だめよ。音痴なんだもの」
2人はアハハと笑った。
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