第46話

「凛花、元気そうだな」


 凛花の父、美川春樹の表情は硬かった。


「なんで来たん?」


「昨晩から、何度も綾小路さんが家に来てな。どうしても凛花に会ってくれと頼まれたんだ」


 美川は、花梨とハグする綾小路を目で指した。


「そうなんや。やっぱり、頼まれたから来たのね」


「違うのよ。お父さんもお母さんも、凛花のことが心配だから来たのよ」


 母親の皐月が2人の間を取り持つように言った。


「そういうのはいらないわ」


「そんな……」


 皐月が言葉をなくす。


 周囲に自分たち親子を見る眼があることに気づいたが無視する。


「会うつもりやったら、昨日、来られたはずなのに」


「すまん。父さんが意地を張っていたからだ……」


 彼が頭を下げた。


 凛花は父親に頭を下げられた記憶がない。それで、返す言葉を見失った。


「被害者の父親に土下座までされたら、来ないわけにいかないだろう。それに父さんも凛花には謝りたかった」


「被害者……?」


 綾小路の方を見た。花梨と楽しそうに話す姿は、本当の家族のように見えた。


「綾小路さんは瀬田一馬せたかずまさんの、実の父親らしい。6年前に奥さんとは離婚し、瀬田さんは母親の方に付いて行ったということだ」


「えっ!」


 昨日は一日中一緒だったのに、綾小路はそのようなことを一言も言わなかった。どうして?……綾小路を凝視した。花梨と話している彼は、とても楽しそうだった。


 おかしい!……頭の中で叫んでいた。被害者の父親が、加害者のために、どうしてそこまでするのか分からない。


「被害者の父親が、なんでお父さんに土下座するの? 逆だよ。……私、謝らなきゃ……」


「待て……」


 立ち上がろうとするのを春樹がとめた。


「どうして……。お姉さんのことがあったから?」


「綾小路さんはニュースに報じられたこと以上のことを知らなかったよ。それでも土下座した。……彩花あやかのことは、その後に説明した。あの人も驚いていた……」


「なら、どうして?」


「綾小路さんが言うには、罪滅ぼしだそうだ。教師をしていたころ、助けられなかった子供がいるらしい。その子供が凛花を助けたいと言っていたそうだ」


「私を……?」


 いったい誰が私を助けたいと思うだろう?……その答えには、すぐにたどり着いた。花梨だ!……でも、綾小路が私のために両親のところにまで足を運び、まして、土下座までした理由がわからない。彼と花梨の間に何があるというの?


 綾小路に目をむけた。彼は、凛花と楽しそうに話している。


 羨ましいと思った。他人を楽しくさせてしまう彼女が。……口にはできないけれど、見た目も、賢さも、運動だって自分の方がよくできると思う。それなのに何故、みんな彼女の方を向くの?


「ずいぶん昔のことらしい。いじめを受けていると知っていたのに、助けることが出来なかったそうだ……」


 綾小路と花梨のことを知っているのかいないのか、春樹が2人に目をやりながら話した。


 いじめられていた? 彼女が?……信じられなかった。


「……その子が元気にしていたらしい。ホッとした半面、その子が目の前に現れたのは、神仏のいましめだと感じたそうだ。その子の願いを叶えるために、あの人は土下座した。……すごい人だ」


 春樹の瞳が潤んでいた。


「本当ねぇ……」


 皐月も夫と同じものを見ていた。それから彼女は立ち上がり、凛花の手を握った。


「凛花、ごめんなさいね」


 彼女の目は、藍森寮で別れた時のそれとは違っていた。


「お母さん、気にしないで。私なら大丈夫だから。むしろ感謝するわ。藍森で素敵な友達ができたんだもの」


「私とお父さんを許してくれるの?」


「よく分からないけど、お父さんとお母さんを連れてきてくれた人には感謝するわ。それに、謝らなくちゃ」


「凛花、大丈夫か?」


 春樹の瞳が自分を見ていることに驚く。そして嬉しかった。


「ありがとう。ちょっと、行ってくる」


 両親に告げて席を立った。綾小路の前に足をはこぶ。


「綾小路さん、ごめんなさい。何も知らなくて」


 彼に向かって深く腰を折った。そうしながら、土下座すべきだろうか、と考えた。彼は父に向かってそうしたのだから。


「なんや。どうしたのや?」


 彼は慌てていた。決してポーズではない。それがよく分かる慌てぶりだった。


「父に聞きました。瀬田さんのお父さんなんですね。私、息子さんにとんでもないことをしました。ごめんなさい」


 綾小路は躊躇いながら立ちあがった。花梨が驚きに目を見開いて、彼を見ていた。


「あ、ああー。謝らんといてぇな。元はといえば、息子が君のお姉さんにとんでもないことをしたんだ。そのために君が……。謝らなければならないのは、私の方だ。堪忍なぁ」


 綾小路が凛花より深く頭を下げた。それから頭を上げて凛花の肩に手を置いた。


「オッチャンのことならいいんだよ。さあ、せっかくご両親が来たんだ。話をしてきなさい」


 彼が優しく微笑んだ。


「花梨も、ありがとう」


 凛花は、改めて2人に頭を下げてから両親の席に戻った。

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