第46話
「凛花、元気そうだな」
凛花の父、美川春樹の表情は硬かった。
「なんで来たん?」
「昨晩から、何度も綾小路さんが家に来てな。どうしても凛花に会ってくれと頼まれたんだ」
美川は、花梨とハグする綾小路を目で指した。
「そうなんや。やっぱり、頼まれたから来たのね」
「違うのよ。お父さんもお母さんも、凛花のことが心配だから来たのよ」
母親の皐月が2人の間を取り持つように言った。
「そういうのはいらないわ」
「そんな……」
皐月が言葉をなくす。
周囲に自分たち親子を見る眼があることに気づいたが無視する。
「会うつもりやったら、昨日、来られたはずなのに」
「すまん。父さんが意地を張っていたからだ……」
彼が頭を下げた。
凛花は父親に頭を下げられた記憶がない。それで、返す言葉を見失った。
「被害者の父親に土下座までされたら、来ないわけにいかないだろう。それに父さんも凛花には謝りたかった」
「被害者……?」
綾小路の方を見た。花梨と楽しそうに話す姿は、本当の家族のように見えた。
「綾小路さんは
「えっ!」
昨日は一日中一緒だったのに、綾小路はそのようなことを一言も言わなかった。どうして?……綾小路を凝視した。花梨と話している彼は、とても楽しそうだった。
おかしい!……頭の中で叫んでいた。被害者の父親が、加害者のために、どうしてそこまでするのか分からない。
「被害者の父親が、なんでお父さんに土下座するの? 逆だよ。……私、謝らなきゃ……」
「待て……」
立ち上がろうとするのを春樹がとめた。
「どうして……。お姉さんのことがあったから?」
「綾小路さんはニュースに報じられたこと以上のことを知らなかったよ。それでも土下座した。……
「なら、どうして?」
「綾小路さんが言うには、罪滅ぼしだそうだ。教師をしていたころ、助けられなかった子供がいるらしい。その子供が凛花を助けたいと言っていたそうだ」
「私を……?」
いったい誰が私を助けたいと思うだろう?……その答えには、すぐにたどり着いた。花梨だ!……でも、綾小路が私のために両親のところにまで足を運び、まして、土下座までした理由がわからない。彼と花梨の間に何があるというの?
綾小路に目をむけた。彼は、凛花と楽しそうに話している。
羨ましいと思った。他人を楽しくさせてしまう彼女が。……口にはできないけれど、見た目も、賢さも、運動だって自分の方がよくできると思う。それなのに何故、みんな彼女の方を向くの?
「ずいぶん昔のことらしい。いじめを受けていると知っていたのに、助けることが出来なかったそうだ……」
綾小路と花梨のことを知っているのかいないのか、春樹が2人に目をやりながら話した。
いじめられていた? 彼女が?……信じられなかった。
「……その子が元気にしていたらしい。ホッとした半面、その子が目の前に現れたのは、神仏の
春樹の瞳が潤んでいた。
「本当ねぇ……」
皐月も夫と同じものを見ていた。それから彼女は立ち上がり、凛花の手を握った。
「凛花、ごめんなさいね」
彼女の目は、藍森寮で別れた時のそれとは違っていた。
「お母さん、気にしないで。私なら大丈夫だから。むしろ感謝するわ。藍森で素敵な友達ができたんだもの」
「私とお父さんを許してくれるの?」
「よく分からないけど、お父さんとお母さんを連れてきてくれた人には感謝するわ。それに、謝らなくちゃ」
「凛花、大丈夫か?」
春樹の瞳が自分を見ていることに驚く。そして嬉しかった。
「ありがとう。ちょっと、行ってくる」
両親に告げて席を立った。綾小路の前に足をはこぶ。
「綾小路さん、ごめんなさい。何も知らなくて」
彼に向かって深く腰を折った。そうしながら、土下座すべきだろうか、と考えた。彼は父に向かってそうしたのだから。
「なんや。どうしたのや?」
彼は慌てていた。決してポーズではない。それがよく分かる慌てぶりだった。
「父に聞きました。瀬田さんのお父さんなんですね。私、息子さんにとんでもないことをしました。ごめんなさい」
綾小路は躊躇いながら立ちあがった。花梨が驚きに目を見開いて、彼を見ていた。
「あ、ああー。謝らんといてぇな。元はといえば、息子が君のお姉さんにとんでもないことをしたんだ。そのために君が……。謝らなければならないのは、私の方だ。堪忍なぁ」
綾小路が凛花より深く頭を下げた。それから頭を上げて凛花の肩に手を置いた。
「オッチャンのことならいいんだよ。さあ、せっかくご両親が来たんだ。話をしてきなさい」
彼が優しく微笑んだ。
「花梨も、ありがとう」
凛花は、改めて2人に頭を下げてから両親の席に戻った。
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