第7章 告白
第45話
京都の夜、夕食が終わると面会時間だった。
生徒たちを訪ねてくる親戚は、奈良の時よりも多かった。美幸たち6人部屋で残っていたのが花梨と凛花だけだったのがその証拠だ。
「リンカァー、本当に大黒様のこと、知らなかったの?」
花梨は大黒天の木造を撫でながら訊いた。
「知らないわよ」
「本当にぃー?」
振り返ると、凛花は出入り口に近い布団に寝そべって文庫本を読んでいた。窓際の良い場所は、他の生徒たちのためにあけておいたのだろう。気を遣ったのではない。どちらかといえば、気を遣わなくて済む場所に陣取ったのに違いない。
花梨は四つん這いになってパタパタと凛花の隣に移動した。
「ねえねえ、枕投げしようか?」
凛花が文庫本から目を上げて、「2人だけで?」と訊いた。
「2人だけよ。2人しかいないんだから」
「つまらないでしょ?」
「みんなが戻ったら、する?」
「しない」
「でしょ。だから、2人だけでしようか?」
花梨がしつこく言っていると、プルルルルと大黒天の隣の電話が鳴った。
「きっと暇な男子からよ」
花梨は受話器を取った。
『もしもし、大黒の間ですか?……こちらフロントですが』
受話器から聞こえたのは大人の声だった。
「ハイッ! 何ですか?」
何かやらかしただろうか、と花梨は考えた。心当たりはない。
『そちらに美川凛花様はいらっしゃいますでしょうか?』
「あ……、はい。替わります」
「凛花、フロントからよ」
凛花が怪訝な顔をつくって動いた。
「なんだろう?」
電話を替わった。
『ご面会の方がいらしてます』
受話器から漏れる声が花梨にも聞こえた。
「誰でしょう?」
『ご家族の方です。お待ちになっておられますので……』
「あのう。会いたくないので、帰ってもらってください」
凛花は一方的に言うと受話器を置いた。
花梨は驚いた。「ダメよ!」思わず叫んだ。
凛花の顔は以前の仮面のようなものに変わっていた。返事をせず、自分の場所に戻ると文庫本を開いた。
「どうしたの。家族が来てくれたんでしょ!」
声が大きくなった。
「私は捨てられたのよ。会いたくないの」
「何があったのか分からないけれど、家族に捨てられたなんて、絶対間違っているわよ」
「間違ってなんかいないわ」
「違う、違う。凛花は頭がいいけど、それだけは間違っている」
――プルルルル……、再び電話が鳴った。
「凛花、電話よ」
「出ない」
彼女は視線さえあげなかった。
「もう……」花梨が受話器を取った。
『あぁ、花梨ちゃんかぁ。せっかく連れて来たんやけど。会わんというらしい。どないする?』
綾小路の声だった。昨日別れたばかりなのに、とても懐かしかった。
「オッチャン、ありがとう。でも、どないと言われても……」
花梨は文庫本に視線を落とす凛花の横顔に目をやる。
「とにかく、ロビーに行きます。待っていて」
受話器を置いて立ち上がった。
「凛花が行かないなら、私が代わりに会って来る」
そう声をかけると、さすがの凛花も顔を上げた。
「待ってよ……」
ふくれっ面の凛花が追ってきた。
ホールでは、いく人かの生徒が家族や親族と久しぶりの再会を喜び会っていた。一緒にお土産を見繕う姿もあった。
綾小路が雑誌のモデルのような美人と同じテーブルに座っている。
彼女が凛花のママだ。……凛花の両親に会ったことはないけれど、すぐに分かった。隣の椅子に座っているのが父親だろう。やや小太りのメガネをかけたサラリーマン風。これといった特徴はない。
「さあ……」
花梨が背中を押すと、凛花は両親のもとに向かってゆっくりと歩いた。
綾小路が立って向かってくる。「やぁ」と凛花に声を変えると通り過ぎた。
花梨は、親戚のような顔でやって来た綾小路に頭を下げた。
「オッチャン、ありがとうございます」
「そんなに丁寧にせんといて。調子狂うわ」
「だって、わざわざ京都まで連れてきてくれたんだもの」
「いや、昨日、会わせられたら良かったのやが、出来なくてなぁ。遅れて悪かったなぁ」
「そんなことないですよ。感謝、感謝です」
花梨は綾小路に飛びついて強くハグした。彼が顔を染めた。
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