第42話

 藍森高校の修学旅行のバスは、三十三間堂、清水寺、金閣寺、竜安寺と回る。その間、腕自慢の教頭がシークレットサービスのように凛花を守ることになった。


「どうしてもっと早くに知らせなかったのだ。問題が起きたら、どうするつもりだ」


 教頭は凛花のそばを離れず、報告が遅かったことをネチネチと叱り続けた。その姿は凛花を守っているのではなく、教頭自身の身分を守っているように見えた。


 教頭が側にいるものだから、花梨が凛花と話すことも少なくなった。世間話をすると、「ちゃんとガイドさんの話を聞きなさい」と注意されるからだ。


 花梨は凛花を意識しながらも、森村やモエと行動を共にして時を過ごした。


「ずいぶん美川さんと親しくなったのね。一緒にいて怖くないの?」


 モエは素直だった。それがとても嫌味だ。


「怖いのは凛花じゃなくて、サングラスの男よ。瀬田という研修医らしいわ。医者のひよこだって」


「ひよこ?……でも、刺したのは美川さんの方でしょ?」


「うん。何か事情があるんでしょ」


「事情って、……聞いていないの?」


「うん。教えてくれないのよ」


「やっぱり、何かあるのよね」


「でも、売春や麻薬の話は全部違うって言っていたわよ」


「それならどうして刺すのよ」


「うーん。……正当防衛とか?」


 花梨が思いつくのは刑事ドラマでありがちな話だ。


「そういうことなら話してくれるんじゃないの?」


「きっと、話しにくいことがあるのよ。話せる時が来たら、教えてもらえると思うわ」


「そうね。でも怖い」


 思い込みの激しいモエは、猛獣を見るような視線を、教頭の隣でぼんやりしている凛花に向けた。


 花梨にはもう1人の気になる人物がいた。東寺であっさりと花梨を振った町田厚志だ。


 振られたのは当然だけれど、彼が友達を作ろうともせず、自分を信用してくれないことが哀れで悲しかった。


 モエは、花梨が町田のことを考えていると気づかず、京都土産のことや友達のことなど、一方的に話し続けた。その間、花梨は町田の背中を見つめることが多かった。


 清水寺の本堂の舞台に立った時のことだ。


「このように舞台がせり出した造りを、懸造かけづくりというのです。清水の舞台から飛び降りたつもりで、というたとえ話に言うのは、ここのことです。実際に飛び降りることが流行した時代もあって、15%以上の人が亡くなっているそうです。だから、飛び降りないでくださいね」


 バスガイドが説明すると、生徒たちは我も我もと手すりによって崖下を覗いた。


 花梨が町田の姿を探している間に、モエは舞台の手すりに駆け寄った。意外にもその隣に町田の姿があった。凛花の姿は見えなかったが教頭の髪の薄い頭があるので、その陰にいるのだろう。


「高いなー」


「怖い」


「本当にとんだ奴がいるのかよ」


 生徒たちが声を上げる時も花梨はモエの斜め後ろで町田の背中を見ていた。清水寺には藍森高校の生徒だけでなく、多くの修学旅行生がいて花梨の入り込む隙間はなかった。


「本堂に入ってください」


 ガイドが大声で生徒たちを誘導する。生徒の半分ほどはガイドを追ったが、半分は舞台の手すりで景色を楽しんでいた。


「花梨、行くよ」


 モエが花梨の隣を行く。


「う、うん……」


 答えながらも、目は町田に向いていた。大人の指示を守りそうな彼が、手すりから離れないのが不思議だった。


 高いところが好きなのかな?……しかし、その程度で優等生の彼がバスガイドの指示を無視するとは考えられなかった。


「そっか……」ひとつ気づいてた。彼は今、全ての人に背を向けて飛び立とうとしているのだ。

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