第5章 重なる過去

第31話

 石舞台古墳は異様な姿で花梨の心をひきつけた。花梨は子供のように、積み重ねられた巨石に向かって走った。心が躍った。


 花梨が走ると、佐藤も走った。「ウォー、石舞台だー」と声を上げ、子供のようだ。


「2人は純朴やなぁ」


「子共なんです」


 微笑む綾小路に凛花が応じた。


「子供には見えないなぁ」


「そりゃ、やることはやってるし」


 そう言った森村を「やめなさいよ」と凛花が制した。


「エッ……」


 声をひきつらせた綾小路が、目を丸くして花梨の背中を見ていた。


「バカ、デリカシーがなさすぎ」


 凛花が森村の耳元で押し殺した声をぶつけた。

 

「噓は言ってない」


 彼の瞳は、恥辱ちじょくを覚えたからだろう。怒っていた。


 凍りついたような二人に向かって綾小路が言葉をかけた。


「美川ちゃんは、ここ、初めてやないやろ?」


「あ、はい。遠足できたことがあります」


 ひと呼吸おいてから答えた。


「家族では?」


「……あります」


 話題が凛花のことになると、森村は足を速めて花梨と佐藤の元に向かった。彼らは巨石の山を半周し、それがつくる穴に達していた。


「立派なご両親なんだろうね」


 綾小路はゆっくりと歩んでいた。隣に凛花がいた。


「えっ?」


 疑惑の光が彼女の瞳に走った。


「いやぁ、オッチャンみたいに離婚しちゃうような親じゃないだろうから」


「え、ええ……」


「もしかしたら、県会議員だった美川さんかなぁ?」


「父を知っているのですか?」


「会った事はないけど。……奈良じゃ、珍しい苗字だからなぁ」


「そうですよね」


「ン、話が乗らないね。家族が嫌いなのかな?」


 彼が凛花の顔を覗き込んだ。


「……私が嫌われているんです」


 凛花は澄ましていたが、その瞳から感情の色が消えていた。


「すまん。かんにん。ごめんなぁ。嫌なこと、言わせたなぁ」


 彼が道化に戻り、ペコペコ頭を下げた。


「いえ、いいんです。私が悪いんですから」


「花梨ちゃんって、やっぱりさせる子なの?」


 突然、綾小路が話題を変えた。


「したいんですか?」


「いやぁ。そんな感じには見えないからなぁ」


「お母さんが居酒屋さんをやっているし、……本当かどうか、昔は銀座のママだったらしいです」


「銀座……。そや、銀座やった……」


「何かあるんですか?」


「銀座のママといったら、夜の世界では一流の人たちや。知ってるかい?」


「いいえ……」


「飲み屋のママの子供やからって、あのが気楽にやらせてくれると考えるのは、安直にすぎると思うなぁ」


「ずいぶん肩入れするんですね。もしかしたら、花梨さんのお父さんですか?」


「ま、まさか……。大人をからかわんといてぇな」


「そうかぁ。綾小路さんが花梨を見る目は、父親の眼みたいだと思ったんだけどなぁ。子供はいないんですか?」


「オッチャンの子供は息子だけや。2人おるけど、どっちもアホや」


 綾小路は、そう言って笑った。


 背後でそんな話がされているとは知らず、花梨は巨石で造られた石室の周りを半周してから坂を駆け下り、その内部に入った。日差しの強い外から入ると、一瞬、視力を失った。が、すぐに瞳は闇に慣れた。空気がひんやりしていて、気持ちが良かった。


 瞳が闇に慣れると、第1班のモエが姿を作った。


「モエー!」


「花梨ー!」


 声は広い石室内に反響し、他の同級生が振り向いた。


 2人は10年ぶりに再会したかのように手を取りあってピョンぴょんとはねた。


「偶然ね」


 花梨が言うとモエがうなずいた。そして突然、笑みを消した。


「大丈夫?」


 深刻な表情でモエが訊いた。


「何が?」


「美川さんよ」


 モエは花梨の耳元でささやいた。


「凛花さんが、どうしたの? 一郎とは揉めずにいるけど」


 第1班の友達と話す佐藤の姿に目をやった。


「違うわよ。そんなことじゃない」


「エッ、どういうこと?」


「すごいこと聞いちゃったの」


 彼女は密告者の目をしていた。抱えた秘密を告げたくて、告げたくて仕方がないという目だ。


「どんなこと?」


「お昼に寄ったレストランでね。美川さんと中学の同級だったという人と知り合ったの。……それで、美川さんの昔のことを聞いちゃった」


「えっ」


 胸がざわつく。そこに凛花と綾小路が姿を見せた。二人の影が日向から石室内の闇に溶け込んでくる。


「来て、大変な秘密よ」


 モエに石室の外に連れ出された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る