第27話
歴史好きの綾小路が、古人大兄皇子による山背大兄王襲撃事件を得意げに推理した。ところが彼の顔は、とても哀しそうだった。
山背大兄王の霊が乗り移ったのではないか?……花梨はそう感じた。絶望した山背大兄王が自分の子供たちを殺す様を想像すると、胸が張り裂けるほど辛く、気分が悪くなった。
「仏教では、自殺はいけない事なんですよね。仏教を信じていた山背大兄王が自殺するのはおかしいんじゃないですか?」
疑問を投げたのは森村だった。
「いいところに気づいたなぁ。だから捨身なのや。記録では、山背大兄王は自分の命を入鹿にやると言ったらしい。それなら自殺ではなく、布施ということや」
「キター、布施ぇー」
佐藤が声を上げると、凛花が睨んだ。
「どうして山背大兄王は子供まで殺したのですか?」
凛花に問われると思ってもいなかったのだろう。綾小路が眼をぱちくりさせた。
「そのことについては何の記録もないから、想像するしかないなぁ。美川ちゃんは、どう思う?」
「私ですか?」
逆に質問され、今度は凛花が眼をぱちくりさせた。
「この世よりも、あの世の方が良い世界だと信じていたのではないでしょうか?……それで家族を連れていくのにも躊躇なかった……」
「なるほどなぁ。そう言われたら、そんな気もするなぁ」
「子供を残しても、結局、入鹿に殺されると思ったんじゃないのか?」
佐藤が言った。
「山背大兄王の子供は、推古天皇や蘇我馬子の
綾小路は来た道を戻り、南大門に向かった。
「それなら山背大兄王だって子孫だろう? でも山背大兄王は殺された」
「山背大兄王は政治的ライバルだったからや。なにもできない子供とは違う」
綾小路の説明に、佐藤は悔しそうな表情で唇を結んだ。
「どうしたらよかったと思います?」
質したのは凛花だった。
「どうって?」
綾小路が振り向き、彼女を見つめた。
「山背大兄王です」
「部下に言われた通り東国に逃げて暮らすか、死ぬにしても自分だけ死ねばよかったのやろなぁ。女房子供を泣かすのは、
「それ何ですか?」
凛花だけでなく、生徒たちはぽかんと口を開けた。
「知らんのかいな。蘇我馬子に暗殺された
「そっちじゃなくて、坂田三吉のほうです」
「なんや、都はるみの
生徒たちは頭を左右に振った。
「こりゃ、あかん。世代ギャップというやつやなぁ」
綾小路が大袈裟に嘆きながら南大門をくぐるのを、花梨たちは追いかけた。
「ここにも仁王さんがおるで」
中門の前で綾小路が足を止めた。石段の上には囲いがあって、人はそこを通ることができない。
「東大寺の門より小さいね」
花梨が素直な感想を言うと「あっちが大きすぎるのや」と綾小路は微笑んだ。
「この門は、普通と違う。分かるか?」
答えられないと知りながら、彼は訊いてきた。
花梨たちが不思議そうな顔をしていると、綾小路が満足げに話しだした。
「普通の門は、柱の数が偶数で、通る場所が奇数になる。柱が2本なら間を1間という。東大寺の南大門なら5間の建物で両端に金剛力士像がいるから、出入り口は3間や。ここはどう見える?」
「4間の建物で、出入り口は2間」
森村が答えた。花梨は、それが不思議なこととは思わなかった。
「まぁ、ピンときていないようやなぁ。仕方あらへんな。知っとるか。法隆寺の七不思議?」
綾小路がニヤリと笑った。
知っている生徒などいるはずがない。
「ひとつ、
「そんなものあったか?」
生徒たちは石段を下りて五重塔を見上げた。
「あぁー、見えない」
言いながら距離を取ると、なんとか見ることが出来た。てっぺんに九つの輪があり、その根本辺りに鎌があった。
「本当だ」
「どうして鎌がついているの?」
「分からないから、七不思議や。それで……」
トコトコと通路の石畳を西の方へ進むと、石畳に跨るように四角く
「この注連縄の下が伏蔵や。この下には何かがあるらしいが、掘り出してはいけないと伝えられている」
「宝物?」
「死体?」
「ゾンビ?」
「なんやろなぁー。分からんから、夢があるのかもなぁ」
綾小路は回廊内に続く入口へ向かった。
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