第24話
資料館で平城宮から出土した遺物の見学を終えると、花梨たちは
10分ほどの移動時間のうちに、聖武天皇の要請に応じた
南大門に掛けられた【唐招提寺】の扁額を見上げる凛花に「孝謙天皇の筆によるものらしい」と綾小路が教えた。
「知っています」
またしても凛花が切って捨てるように応じた。
「46代孝謙天皇は聖武天皇の娘で、上皇になってから道鏡を
綾小路の言葉に応じず、凛花が門をくぐった。彼が苦笑していた。
それでも彼は諦めなかった。素早く生徒たちの前に出ると金堂の屋根を指した。
「あれが
「なにそれ?」
花梨が首を傾げると綾小路は肩を落とし、
「……戦国時代、度重なる戦で奈良の多くの寺院が焼けているが、この金堂は天平のものらしい」
そう説明を切り上げて、彼は金堂に入った。
巨大な
「失明してからも日本に来ることを諦めなかったなんて、すごいですね」
花梨は境内の奥まった鑑真
「仏教を広めたいという宗教家としての野心のようなものもあったのかもしれないが、施しの気持ちでもあったのは間違いないやろなぁ」
「オッチャンには、できないな」
佐藤が綾小路の言葉を真似てからかった。
「そうや。自分のことだけで、精一杯やさかい」
綾小路は、相変わらずあちらこちらの地域の関西弁をごちゃまぜに駆使して道化を気取っていた。
グーっと佐藤の腹が鳴る。よほど腹が空いたのか、腹が立ったのか、彼は、その場には不穏当な質問をした。
「仏教って、そんなにありがたいものなのか?」
「当時の仏教はただの宗教やぁない。最先端科学技術やった。仏を通して宇宙と生命の神秘を解釈するだけでなく、建築技術や紙、墨、文字、薬なんかも入ってくるわけやからな。日本人がジャングルの奥地に学校を作るようなものや。今でいうところのグローバル化やな。それが定着し、和紙も墨も日本文化と言われている。物真似の域を越えて身についたということや」
「死後の世界を教える宗教じゃないのかい?」
「もちろん、どういう風に生き、どういう風に死を迎えるか。現世で善い行いをすれば、死後に不安を覚える必要はない、といったことを教える宗教でもあるなぁ。人間とは何かというものを突き詰める学問でもある。……人の生き方が分かれば世の中が治まる。それは政治や。……それは今も昔も変わらない。宗教家が政治に口をはさんだり、宗教を通して政治が個人を管理したりすることも出来るから、近代社会は政教分離を言うようになったのや」
「へー」と、佐藤と花梨は声にしたが、理解してはいなかった。
次に見学する薬師寺は唐招提寺の南、歩っていける程度の場所にあった。
「薬師寺は、天武天皇が奥さんの病気
彼が説明すると、間髪を入れず凛花が言った。
「おかしいです」
「どこがや?」
「
「ほんまぁ、美川さんは賢いなぁ」
綾小路は笑みを浮かべると、薬師寺は当時の藤原京に建てられたが、遷都に合わせて移されたのだ、と説明した。
「あの塔は綺麗なのに、こっちは古いままなのね」
薬師寺がいつできようと関心のない花梨は、二つの塔の差異を口にした。東の塔は木材と白壁の2色だが、西の塔は木材が朱と緑に塗られていた。どちらも三重塔だが、全ての屋根の下に裳階が小さな屋根のように突き出ていて、一見、六重塔に見えた。
「東塔は奈良時代のもので、西塔は昭和になってから再建されたものや。屋根と裳階のバランスが絶妙な美しいリズムを奏でているように見えたのやろう。美術史家のフェノロサは、凍れる音楽と言い表したそうや」
「どうして塔が二つもあるの。仏陀の墓なのよね?」
「そやなぁ。それも歴史と共に変わったようや。昔は仏舎利を納めた塔も、経典なんかを納めるようになったらしい。すると建築様式も変わる」
「二つあったらシンメトリーになる」
凛花が塔の上、水煙の中で踊っているはずの天女を捜した。
「理由は分からないが奈良の官寺には塔が二つあった物が多い。東大寺も大安寺も、二つの塔の遺構がある」
綾小路は何かを懐かしむように話しながら巨大な金堂に向かった。
「ここの菩薩は美川さんに似とるで」
そう言って石段を上った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます