第22話
興福寺の国宝館には俊介が楽しみにしていた
「阿修羅道の主だ。そこは常に戦いの世界」
森村が阿修羅像の前で足を止めた。
「さすが班長さんや。よう知っとる」
「そんなこと、俺だって知ってる」
佐藤が見栄を張った。
「そうかぁ。みんな賢いなぁ」
「あ、……ゲームの世界に、よく出るキャラクターなんです」
森村が少し恥ずかしそうに説明した。
「何から知ってもかまへん。ようは、戦いに明け暮れる阿修羅から、何を学ぶかが大事や」
「どうして、手が沢山あるの?」
花梨の素朴な疑問だった。
「顔が三つあるやろ。3人分や」
「足は2本よ」
「足が6本あったら、歩きにくいやろ」
「本当は知らないのでしょ?」
凛花が突っ込んだ。
「美川ちゃんには、嫌われたみたいや」
綾小路が花梨にささやいた。
「そんなことないですよ。凛花さん、クールなんです」
「もしかして、ツンデレかいなぁ」
「私もよく分からないの」
すると彼はコホンと大きめの咳払いをした。
「阿修羅はなぁ、元々は天上界に住んでいた太陽神で正義の神なのや。ところがインドラの神に娘をさらわれて戦いになった。それは正義のための戦いだ。力は
彼は声を押し殺し、されど情熱的に語った。
花梨たちは物語の続きを待った。
「……仏像なら顔の多いのは喜怒哀楽など人の心の様を象徴して作られ、手の数が多いのは、より多くの人を救うためと相場が決まっている。ところが阿修羅は仏教に取り込まれる前から
彼は生徒たち、とりわけ凛花の顔を見つめ、彼女が目を
「こんなん急いで歩いたのは久しぶりや」
綾小路は駐車場近くの店の前で足を止めると汗を拭き、ソフトクリームを5個注文した。
「ほら、食べ」
最初に出来上がったのを花梨に差し出す。
「えっ」
「オッチャンの
「オッチャン、おおきに」
花梨は素直に受け取り、覚えたての関西弁で礼を言った。
「ほれ……」
二つ目は凛花に差し出した。
「私は大丈夫です」
彼女が遠慮すると、彼は目を怒らせた。
「オッチャンのソフトは食えないっちゅうんか?」
高齢者らしい図々しさで酔っ払いの理屈を展開、彼女の目の前にソフトクリームを突き付けた。
「……どうも」
凛花が仕方なく受け取ると、綾小路が相好を崩す。それから佐藤、森村の順にソフトクリームを配り、最後のを自分がペロリと舐めた。
「うまい」
舐めながら歩きはじめる。
「良かったんですか? お金、払いますよ」
森村がもぞもぞ言うと綾小路が笑った。
「施しや。こうやってぞろぞろ歩いているところを見ると、花梨ちゃんと鹿みたいやろぅ」
「オッチャンも、餓鬼道に落ちますよ」
花梨はチャンスとばかりに仕返しを言った。彼女のソフトクリームは凛花と変わらない速さで減っている。
「こりゃ、まいった。一本取られた」
わいわいと歩いているうちに駐車場のタクシーに着いた。
「綾小路さんは何でも知っているんですね。すごいわぁ」
平城宮跡に向かう車の中で、花梨は思いっきり彼を持ち上げた。実際、そう思っているから、持ち上げることにやましさもなければ不自然になることもない。
「感心してもらえるのは案内人
「そりゃ、宇宙と比べたらそうだけど、私と比べたら……」
「まぁーなぁ。オッチャンは君らの倍以上生きとるしなぁー。比べたら知識が多いのは当然のことや。そやけど、それで偉くなったような気持ちでおったら傲慢というものや。知識なんか、辞書やインターネットでも得られるものやからなぁ。大切なのは、知ったものをどう使うかということや」
「オッチャンは、案内に使っている」
「上手いこと言うやないか。そういうこっちゃ」
彼がカラカラ笑った。
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