第20話
「写真、撮りましょう」
花梨は金剛力士像が背景になるようにメンバーを立たせた。
「オッチャンが撮ったろ、貸してみい」
綾小路が買って出た。
「ありがとうございまーす。それじゃぁ、これ」
「今時は、みんな、スマホやなぁー。画面を押すだけだから、楽ちんやけど」
彼がぶつぶつ言いながら、生徒たちからスマホを預かった。凛花だけはスマホを出さなかった。
「えーっと。美川さんはええのか?」
「はい。私は要りません」
「思い出になるやろ」
「いいんです」
凛花が
「はい、チーズ」
彼は3人のスマホを順番に使って写真を撮った。
「今度はオッチャンも入れて撮ろう」
佐藤が提案すると、「オッチャンは遠慮しとくわ」と拒んだ。しかし、佐藤が強引に列に加えた。
花梨がカメラマンを買って出て、凛花の隣で顔を強張らせた綾小路にレンズを向けた。
「行くわよ。おむつといえば?」
「ムーニー」
森村と佐藤がそう口にして、疑似笑顔をつくった。凛花の顔は能面で、オッチャンはひょっとこの顔だった。
「おむつって、なんや、それ?」
「俺たちの間で流行っているんだよ。1+1は、ニー、みたいなものだ」
「なるほどなぁ」
「ほら、面白い写真が取れた」
花梨が撮った写真は、森村と佐藤だけが笑っていて、綾小路はぽかんと口を開けた、間抜けな表情をつくっていた。凛花は、吽像のような厳しい表情でレンズをにらんでいた。
凛花は写真を見ようともしなかった。佐藤は綾小路の顔を笑った後に「美川、コエー」とつぶやいた。
「はい、もう一回! おむつといえば?」
花梨は撮影位置に戻って声をかけた。
「ムーニー」
今度はそろった。同じことを言っても、凛花だけは笑顔にならなかった。
「大仏さんの指と指の間には
大仏殿でも綾小路はうんちくを語り続けた。
「花梨、パンツ見えるぞ」
花梨は、からかわれながらも綾小路に勧められるままに大仏の鼻の孔と同じ大きさだという柱の穴を四つん這いになって通り抜けた。
凛花と森村は通ろうとさえせず、佐藤は身体が大きいので諦めるしかなかった。
「穴を通らないのにも色々な理由があるなぁ。自分の気持ちは大切にしないといけないが、時には笑われてもチャレンジするのが若者には必要とちゃうんかな」
大仏殿を背にした綾小路は、時におかしな関西弁を使った。それに疑惑を覚えたのだろう。凛花が尋ねた。
「綾小路さんは、どこの出身ですか?」
「あー、もしかしたらばれた? 出身は東京やねん。こう見えても江戸っ子よ。関西弁は難しいな」
綾小路は、あははと声を上げて笑った。
「美川ちゃんは、関西やろぅ。イントネーションがこっちや」
「半分はこっちかな。親が転勤族だから、何とも言えません」
凛花は事務的に答えた。
「無理に隠すことあらへんがな。好きな方言を使ったらいい」
「オッチャンもな。関西あちこちのがごちゃまぜや」
「そやろ。オッチャンもそう思う。標準語の方が話しやすいのだが……」彼がニッと笑う。「……関西弁の方が、観光客が喜んでくれるのや」
「運転手さん、何弁でもかまいません。話しやすいように話してください。それより、行きましょう。時間がないんです」
森村の口調は、普段と違って高飛車だった。
「運転手さんはつれないなぁ、おっちゃんでええで」
「ハイハイ、行きますよ」
彼は足を速めた。それにつられ、一行は走るように大仏殿から春日大社に向かった。
広い参道と原生林とが一体になった神域には清涼な風が流れていた。苔むした沢山の石灯籠が歴史を感じさせる。
綾小路がひとつの石燈籠の前で足を止めた。
「どうや、この石灯籠」
どうや、と言われても花梨たちには応えようがない。
「石の胴の部分に春日社と、彫られているやろ。ところが、春日大明神と彫られているのが10基だけあるのや」
「春日大明神?」
花梨たちは周囲に並ぶ石灯籠を見回したが、どれも春日社とあった。
「春日大社は藤原家が
「うわ。探そう!」
花梨は打たれたような衝撃を覚えたが、それを佐藤が笑った。
「花梨。こんなにたくさん灯篭があるんだ。その中から捜すなんて、時間がないぞ」
「おっ。流石、仁王さまや。人を制するのが上手い!」
綾小路は彼を褒めたあと、どんどん社殿に向かって参道を上った。
「本当に億万長者になれるんですか? 母の店の具合がよくなくって。……億万長者になれるなら、個人的に捜しに来ますけど……」
花梨は綾小路の後を追い、真剣に訊いた。
綾小路が足を止めて振り返った。膝を少し折って、花梨と視線を合わせる。
「花梨ちゃんは良い子だな……」彼は手を伸ばし、花梨の頭に手を置いた。「……お母さんの店が……。そうか……」
彼の手が光のない金髪をゴシゴシなでた。
「……伝説が本当なら、オッチャンは、とっくの昔に大金持ちだ。無理な希望を持たせてすまなかった」
彼は少し肩を落とし、
「そうなんだ……」伝説は嘘だと知り、花梨は泣きそうだった。
「馬鹿だな、花梨」
笑う森村を、凛花が冷めた目で見ていた。
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