第18話

 ――コンコンコン――


 ノックの音に頭を持ち上げた。いかに体裁を気にしない花梨でも、頭にタオルを巻いた姿でドアを開けるのは躊躇われた。


「どうせ男よ。無視しましょう」


 凛花の声は威圧的で、花梨は動けなかった。


 ――ドンドンドン――


 ノックが激しくなっていく。


「花梨、いないのか?」


 ドアの向こう側で男子の声がした。


「悪いわ。開けよう」


 花梨が頭のタオルを取ると、「しょうがないわね」と凛花が動いた。


 彼女はドアチェーンを掛けた状態でドアを開けた。


「何の用?」


 彼女の声は喧嘩腰にちかい。花梨はハラハラするだけで、動くことができなかった。


「用って、話すだけだ。いるんだろう、花梨?」


 荒神の声だった。


「帰りなさいよ。セックスがしたいだけなんでしょ」


「お前に関係ないだろう」


「花梨、顔見せてくれよ」


 佐藤も一緒らしい。彼の声がした。


 花梨はベッドを下りた。


「山中さんは、髪を洗ったばかりなのよ。気をきかせなさい」


 花梨が彼女の背後に立つ前に、彼女はピシャリとドアを閉めた。


「凛花さん、あんな風に言わなくても」


「花梨さんも悪いのよ。簡単にさせるから、荒神たちは自分もやれるかもって、期待しているのよ」


「簡単にだなんて……」


「森村君と、したでしょ」


 友達を要らないと言う彼女が、彼との関係を知っているのに驚いた。


「誰から聞いたの?」


 それを話したのが、ヤリマンと教えたのと同じ人物なのだろう。それが友達じゃないなんて。……花梨の常識では考えられなかった。


「聞かなくてもわかるわよ」


 彼女はさらりと言った。ベッドに腰を下ろし、文庫本を開くと更に言葉を続けた。


「お金、……もらったの?」


「もらってないわよ」


「それならいいけど。いや、よくないか……」


 森村とのことを凛花が知っているということは、同じ寮にいる町田も知っているのかもしれない。……花梨には、それがショックだった。


「でも分からないわ。教えて」


 凛花が文庫本を閉じ、うつ伏せになって花梨に顔を向ける。そんな積極的な凛花を見るのは、初めてだった。


「何よ?」


 口をとがらせながら聞く。


「森村君にはさせたのに、どうして荒神にはさせないの?」


「そんなこと……」どうして友達でもない凛花に話さなければならないのか分からない。


「私たち、友達でしょ? 教えなさいよ」


「友達?」


 友達も家族も要らないと言ったあなたがそれを言うの?……釈然としないものを覚えた。けれど、何故か否定できない。


「ねぇ、話しなさいよ」


「荒神太とは、しなくても分かりあえるからよ」


 たぶんそうだろう。……花梨は思いついたことを話した。


「どういうこと?」


「セックスはコミュニケーションなの」


「へー。お金でも愛でもないのね」


「そう言われればそうかな……」


「友永先生ともしたの? 私の歓迎会の日、先生の部屋に泊まったでしょ?」


「エッ、……どうして泊ったのを知っているの」


「私、勘が働くの。そういうことに……」


「泊ったけど、やってないわよ」


「あら、お泊りがバレた有名人みたいなことを言うのね」


「でも、本当よ。だって……」友永が好きなのは母なのだもの。そう、言いかけて言葉をのんだ。


「先生に誘われたらする?」


「友永先生は、誘ったりしないわよ。あれで、そういうところだけは真面目なんだから……。もしかしたら、先生のことが好きなの?」


 同じ寮に住んでいる凛花が、友永を好きになったのかもしれないと思った。


「中年男なんてまっぴら。……花梨さんの守備範囲を知りたかっただけよ」


「私の守備範囲?」


「今まで何人としたの? 最高齢者は何歳?」


 凛花の質問にえた。……自分は凛花の眼にどう映っているのだろう。正直に話したところで、信じてもらえる気がしない。


「教えてあげない。でも、友永先生となら、できると思うなぁ」


「ふーん」


 強気に応じると意表を突かれて驚いたのか、呆れたのか、凛花の顔から表情が消えた。枕元の照明に光を入れると、文庫本を開いた。

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