第12話

 第5班のメンバーは昼休みに集まった。凛花の計画書を採用しようと言った森村は、自分なりのリストを作っていた。花梨と佐藤は、ガイドブックにある神社仏閣のいくつかに丸印をつけて出した。法隆寺や東大寺など、耳にしたことのあるものばかりだ。


「東大寺の大仏と法隆寺、鑑真の唐招提寺は全員一致で確定。3票が春日大社、平城旧跡。これも確定でいいね」


 森村がメンバーの顔を見回す。その顔には一昨日にはなかった自信があふれていた。


「あとは興福寺と薬師寺、飛鳥の石舞台か。……どれも定番だね。で、1票が高野山の奥ノ院、卑弥呼の古墳、正倉院、橿原神宮、シカせんべい屋って、……おい、花梨」


 花梨のガイドブックの余白に【シカせんべい屋】とあった。


「だ、だって鹿に囲まれるのって、奈良観光の醍醐味じゃない」


「なんだ。製造工場とかじゃないのな? 前にテレビでやっていたけど」


 森村が苦笑した。


「シカせんべいは、東大寺でも奈良公園でも売っているから、計画に入れることはないわよ」


 その日初めて、凛花がまともな口をきいた。


「そうなのね。なら、東大寺で鹿とたわむれよう」


「で、一郎、……ふざけてんの?」


 佐藤が広げたガイドブックの余白に、【美川さんの家】とある。


「ふざけてなんかないぞ。生駒市って奈良の近くだろう。近くまで行って挨拶をしないのはどうかと思うぞ」


 佐藤が真顔で反駁はんぱくした。凛花は迷惑そうな顔をしている。


「親なら、ホテルに面会に来てもらえばいいんだ」


「あっ、そうか」


「お前、本当に馬鹿だな」


「オタクに言われたくないぞ」


 佐藤が笑った。


「問題は時間だな。高野山は遠すぎるから却下きゃっか


 リストを確認しながら森村が言う。


 凛花が彼を支持するようにうなずいたが、佐藤が声を上げたので誰も気づかなかった。


「あそこには戦国武将の墓が沢山あるんだぞ。武田信玄、上杉謙信、織田信長……。見てみたいだろ。なぁ」


 彼は花梨に同意を求めた。


 聞いたことのある名前ばかりだが、興味はなかった。戦国武将よりアイドルグループの誰かと会ってみたい。


「……墓なら、自分の家の墓を拝みなさいよ」


 花梨は突き放した。


「冷たいなぁ」


 彼は渋々意見を取り下げた。


「卑弥呼の古墳は箸墓はしはか古墳だね。……これも距離があるな」


 俊介が地図に視線を移す。


「石舞台に行くなら、途中だろ」


 佐藤が地図に指を落とし、桜井市と明日香村を結んだ。


「だな。……問題は、石舞台そのものにも行くかどうかだ」


 凛花の計画書は奈良市と薬師寺のある大和郡山市、法隆寺がある斑鳩町を直線に移動する形になっていた。


「俺の行きたいところは、ぜんぶカットかよ」


 佐藤が頬を膨らませた。


「せっかく奈良まで行くんだから、色々見ようよ」


 花梨がいうのは彼を気遣ってのことではない。チームのムードを考えてのことだ。


「明日香に足を伸ばしたら、移動だけでプラス2時間といったところだ」


 森村が腕を組んだ。


「走れば、何とかなる。全部まわろう」


 佐藤の勢いに森村が苦笑した。


 走るのは嫌だなぁ。……花梨は漠然と思った。凛花はどう考えているのだろう。何かいいアイディアがあるかもしれない。……目をやると、彼女は無表情だった。




 放課後、第5班のメンバーは職員室まで行って計画表を提出した。


「ハードワークね」


 計画書を見た担任の静佳が顔を曇らせた。


 4人は黙っていた。ただ、花梨と森村は佐藤の顔に目をやった。あれこれやり取りをしたうえで、どうにか計画書を作り上げたのだ。いくつか行先を削るとしたら、それは佐藤が希望した場所になる。


「まぁ、いいでしょ。後は、現地で対応すればいいわ。運転手さんには話しておくから、定刻内で回り切れないとわかったら、途中でも引き上げてくるのよ」


 静佳の指示に「ハイ!」と佐藤だけが返事した。




「ヨッシ、今日も田の草取りだ」


 職員室を出ると、佐藤が駆けていく。


「あいつ、元気だな」


 森村が笑った。花梨たちは、だらだらと教室に向かった。


「先生、心配していたわね」


 花梨も心配だった。てきぱきと物事を進めるのは苦手だ。


「心配してくれるなら家にこないか? 検討しよう」


 隣で森村が言った。魂胆こんたんが見え見えだ。


「図に乗るな」


 ペシッと彼の背中をたたいた。


「仲がいいんだ」


 背後で声がした。


「んなことないわよ……」


 応じて振り返る。そこには凛花しかいなかった。彼女がそんなことを言うとは思ってもみなかった。


「今の、凛花さんが言ったの?」


「……」


 彼女は顔を曇らせると足を速めた。花梨の隣を風のように流れて、あっという間に遠ざかった。


「美川を怒らせるなよ。刺されるぞ」


 耳元で森村がささやいた。


「んなこと。……なんだか、雰囲気が変わったんじゃない?」


 それまでの凛花なら、質問されない限り話さないはずだ。


「そうか? 変わらないと思うけどな」


鈍感どんかんねぇ。そんなことじゃ、恋はできないわよ」


「だから3次元は嫌なんだ」


 彼はそう言うと歩き始めた。

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