第2話
藍森寮は食堂や大浴場がある管理棟の左右に男子寮と女子寮が翼を広げたような形の建物だった。男子寮が西側で女子寮が東側になっている。出入口は管理棟の中央口と、非常口を兼ねた通用口が男子棟と女子棟の端にあった。通常、生徒は通用口を使用している。
寮の部屋は全部で30室あるが空き部屋があって、部活動の合宿などに利用されている。一部は教員専用の部屋で、生徒のものより広く、専用のユニットバスとトイレがついていた。
大浴場は天然温泉なので、教師もほとんどそこを使う。教師や生徒のいない昼間には近所の住人が入りに来る。
凛花は高鳴る胸を押さえながら東側の通用口に飛び込んだ。彼女の部屋はE203、東棟2階の3番目の部屋だ。広さは4畳ほどで作り付のデスクとクローゼットがある。
部屋に入るとベッドに身体を投げ出した。荷物を片づけたばかりの部屋は他人のもののようだ。目にしたばかりのあの女性のピースサインが頭の中でぐるぐる回っていた。
――トントン……「美川さん、いるんでしょ?」
いつの間にか眠ってしまったらしい。ノックの音で目が覚めた。窓からさす明りで室内はまだ明るかったけれど、ベッドから見上げる空は紫色をしていた。
「あ、はい。今……」
ドアに駆け寄り鍵を開けて驚いた。目の前にあったのは、金色を帯びた栗毛だった。その少女は凛花より幼い顔立ちをしていて、背丈は凛花の目元までもなかった。中学生?……一瞬、そう思った。
しかし、視線を下げて「アッ……」と息をのむ。目の前の彼女は、白いバンの中で胸元をはだけ、みだらな行為に及んでいたあの少女だった。中学生であるはずがない。
あの時、満面の笑みでⅤサインをつくった彼女は、ブラウスのボタンこそ止めているものの、今もニコニコと屈託のない笑顔を作っていた。
「美川凛花さんね。奇麗だわぁ、羨ましい。……私、
「アッ、エッ?」
頭が混乱していて、彼女の言うことが理解できなかった。
「今日は、凛花さんの歓迎会よ。準備ができたから、来て」
そう言うと彼女は背中を向けて歩き出した。
凛花は動けなかった。ポンポンポンと言葉の速射を受けて、何をすればいいのか決められない。
「さあ、来て」
足を止めた花梨が振り返っていた。
彼女が同級生?……目を瞬かせた。どう見ても自分より幼い。
「え、ええ……。今、鍵を」
鍵を取りに戻ろうとすると、「そのままでいいわよ」と花梨が言った。
「寮内に泥棒はいないから、安心して」
そう言われると逆に不安だった。詐欺師は安心しろ、自分を信じろと言うものだ。
「さあ……」
戻ってきた彼女に手を引かれて部屋を出た。
「さっき見たことは、誰にも言ってはダメよ」
彼女が顔を寄せてささやいた。
「さっき……」
脳裏を彼女の白い胸元が過った。
「まあ、私のことはみんな知っているんだけど……」
フッと、彼女が寂しげに微笑んだ。
「……見て見ぬふりをしてくれているわけ。特に先生たちは」
そう言うと、彼女の腕に力がこもった。その手に引かれて凛花は階段を下りた。
「私は寮生じゃないんだけど、飛び入り参加。姉妹がいないから、ここで食事をするのが楽しいの……」
花梨はそう言って食堂のドアを開けた。
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