その夜は、随分と客の付きがよかった。私はほとんど20分ごとに店に上がり、男と寝て、紅子の顔をのぞき、外に出、また男と寝た。

 紅子ちゃんも、そんなに弱いと思ってる?

 サチさんの言葉はずっと、頭の中に響いていた。止めることができず、ずっとずっとぐるぐるとめぐっていた。

 紅子。

 私の半身。私の恋人。

 分かってる。本当は紅子は、そんなに弱くない。

 昔から、紅子の方が私より強かった。紅子はよく泣く子供で甘えん坊だったけれど、いざとなったら強かった。愛され守られた記憶が彼女を強くしたのだろう。ひとりに彼女は堪えられた。彼女は、私なしでも生きられたはずだ。

 泣かない子供で誰にも甘えられなかった私は、いざとなったら弱かった。愛され守られた記憶がない分、一人には耐えられなかった。私には、紅子が必要だった。どうしても。

 眠る紅子を、襖を細く開けてそっと眺める。

 私がここまで連れてきてしまった女。責任は、取らなくてはいけないはずだ。彼女の足を奪った責は、きっと重い。

 私は襖を閉め、男の袖を引きにまた外へ出た。

 ずっと、紅子のことを考えていた。真っ赤な夕焼けから、真っ黒の夜まで、ずっと。

 初めての口づけを、ただ一度の性交を。ずっと、ずっと思い出していた。

 男の相手を終え、紅子の顔を見ると、泣けた。

 私は、化粧を崩さないように、上手に泣いた。

 自分は、紅子から離れるのだと思った。それが、いくら耐えられないことだとしても。

 この二週間余りで、客を取った。それも、たくさん。

 もう私は、これで生きていける。どこに行こうとも。

 では、紅子は?

 戻る場所もなく、身を売ったこともなく、ただ私に引きずられてここまで来てしまった、紅子は?

 男に抱かれ、適当なタイミングで適当な嬌声を上げながら、ずっと考えていた。

 私が去って行った後、紅子はどうするのか。

 何人かも分からないくらい客を取り、本日の仕事を終えた私は、蝉の居室に向かった。

 「……蝉さん。入ってもいいですか?」

 店の一番入り口近くにある蝉の居室兼事務所は、蝉の服の趣味には似合わず、装飾の類が全く無い。部屋の真ん中に客様の机と座布団が置かれており、蝉はその奥の文机に座って煙管をふかしていた。

 「どうした。」

 振り返った蝉は、今日は今日とて派手な花柄の着物を身に付け、首や耳にはじゃらじゃらと貴金属を巻きつけていた。

 「……紅子のことで、相談があるんです。」

 言葉が上手く出ずに、喉の奥で引っかかるような感じがした。

 蝉はどうでもよさそうに一度頷くと、煙管の煙をぷっかりと宙に向かって吐き出した。

 

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