また眠らないといけなくなる。

 交わす言葉がなくて、目を見ることさえ辛くて、私達はそういう形でしか一緒にいられなかった。

 紅子だって、私が村を出てずっと身を売っていたことくらい承知だし、私だって、紅子が見て見ぬふりをしていたことくらい知っている。

 許せない。

 他の男に抱かれたことも、それで飯を食っていたくせに見て見ぬふりをしていたことも。

 「……。」

 私は黙ったまま、またうどんをすすり始めた。うどんを食べ終わったら、紅子はまた眠ると分かっていた。また眠り、私とは決して顔を合わせないようなタイミングでしか目を覚まさないのだと。

 食べ終わるまでが、最後の姉妹の時間。

 それとも、また大雨が降れば、紅子は目を覚まして私の胸に縋ってくれるのだろうか。

 嫌だった。

 雨を待ち続けるであろう自分が。

 愛しぬいてください、なんて、訳知り顔でサチさんにのたまった自分が思い起こされる。

 私達姉妹は、こんなにももろく崩れかけの恋情を持て余しているのに。

 何もいらないと思った。それは、自分の肉体さえも。

 ただ、紅子と二人でいられるのなら、どうなったって構わないと村を飛び出してきた。

 それなのに、私は、紅子が眠り続けていること、それでいて私以外の人間とは会話を交わしていたこと、その事実だけで打ちのめされているのだ。

 蝉に、私達の関係を残らず話していた紅子。

 許せるだろうか。

 許さねばならないと思う。

 許さなければ、もう二人ではいられなくなると。

 「……紅子。」

 泣きそうな声が出た。

 紅子がこちらを向く。

 部屋が真っ暗でも、私にはそれが分かるのだ。

 「……泣かないでよ、お姉ちゃん。」

 先に他人を心のなかに入れたのは、お姉ちゃんなのに。

 たしかに紅子は、そう言った。

 はじめ私は、心当たりがない、と思った。

 身体の中になら、たくさんの男を入れた。数もわからない、有象無象の男たちを、この身体の中に受け入れてきた。

 でも、心の中と言うと……。

 答えを探したのは、数秒間。

 思い浮かんだのは、サチさんのすっきりとした微笑だった。

 ああ、と、声が漏れた。

 愛しぬいてください。

 それだけ告げたあの氷屋行った日が、私の裏切りだったのか。

 「誰も心のなかに入れないために、ずっとふたりでいるために、ここまで来たんじゃないの。」

 紅子の口調は、淡々としていた。

 「だから私は、眠ったわ。蝉にだって、起きているところを見せたりしなかった。でもね、お姉ちゃん、あなたがあの人と……、」

 

 

 

 

 

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