そのとき、なんの前置きもなく、背後でガラリと襖が開いた。廊下の明かりが一気に部屋に差し込み、私はうろたえる。穴の中から引きずり出されたもぐらみたいな気持ちだった。

 「あら、お取り込み中?」

 ひょい、とかけられた声は、吹けば飛ぶように軽かった。

 「いいえ。大丈夫よ、蝉。」

 私の下で、平然と紅子が返した。

 その場で凍りついているのは、私だけだ。他の二人は、台本通りの動きを続ける役者みたいに整然と言葉を並べていく。

 「ひどい雨だからな、もう上がりにして夜食でもどうかって。うどん、食う?」

 「うどんって、あなたの奢り?」

 「そりゃそうですよ。たまにはね。」

 「大放出ね。」

 「お姉さん方のおかげで俺が食っていけるんだから、当然でしょ。」

 「私もいいの? 私、あなたの暮らしに貢献してないけど。」

 「それは、あなたのお姉ちゃんに免じて。」

 「そう。ありがとう。」

 「いえいえ。」

 ぽんぽんと交わされる会話。

 私はそれを唖然として聞いていた。

 いつから紅子と蝉は、こんなに親しくなったのだろうか。

 私の下に組み敷かれていた紅子が、するりと音もなく起き上がると、両手で髪を整え、うどん、食べるわ、と言った。

 「お姉ちゃんも食べるでしょ?」

 私は、操り人形みたいにぎこちなく頷いた。 

 さっきの紅子の含み笑いを思い出した。あれは、蝉がもうすぐここに来ると分かっていたからこその笑いだったのだろう。

 肉欲に支配されていた私を、紅子は笑った。もうすぐここに乱入者が来ると、承知の上で。

 それは、許せないことのように思えた。

 けれど気がつけば私は、蝉からうどんの丼と箸を受け取り、暗いままの部屋で、紅子と並んできつねうどんなどすすっている。

 「じゃ、お邪魔しました。」

 おどけたように蝉が言い、すいりと部屋を出ていく。襖はからからぱたんと閉じられ、部屋は真っ暗になる。

 私は丼をおいて、すぐ頭の上にぶら下がっている紐を引いて、部屋を明るくしようとした。

 それを、紅子が拒んだ。

 「やめて。私、また眠らないといけなくなる。」

 紅子が言ったのは、それっきり。その後は、ただずるずるとうどんを啜る音だけが隣から聞こえてきた。

 それでも私には、紅子の言いたいことは分かった。なにせ、双子だ。同じ顔と体を持って生まれてきて、ずっとこの歳まで一緒に育ってきたのだ。

 

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