2
音をさせないように静かに襖を開けると、細い人影が布団の上に座してこちらを向いているのが見えた。差し込む光が細すぎて、その人影の顔までは伺えない。
それでも私には、それが誰だかひと目でわかった。
ずっと目で追い続けたひと。私と同じ顔と体を持つひと。
「お姉ちゃん。」
人影が、ポツリと口を開いた。
「紅子。」
私の声は、その人影のそれと全く同じ響きをした。
「……雨ね。」
紅子が長い黒髪を片手で梳きおろしながら、呟くように言う。
私は、ただ頷いた。胸がつまって、うまく言葉が出なくて。
「雨は嫌い。」
昔からずっと隣りにあった、紅子の声と喋り方だった。声は私と同じでも、喋り方は少しだけ違う。紅子はいつだって、私が妹よ、とでもいいたげな口調で喋り、私に言うことを聞かせた。
「雨は嫌いよ、お姉ちゃん。」
不機嫌そうに言った紅子が、痩せた両腕を持ち上げてこちらに伸ばした。
私は花の匂いに誘われる虫みたいにふらふらと、紅子に近寄っていった。
紅子は、黙って私の背中に腕を回すと、私の胸に顔を埋めた。
それはまだあの村にいた頃、雨の日には決まって取っていた姿勢だった。
「ごめんね。」
その言葉は、自然に私の口から転げ出た。
あんたが雨を嫌いなのは知っているのに、一人にしてごめんね、と。
ふふ、と、胸の中で紅子が笑った。呼気が着物越しに肌に触れ、私はぞくりと背中を泡立たせた。
あの頃、私達はただの姉妹だった。抱き合って眠る、仲のいい姉妹。
でも今は、私はもう、この女と抱き合って得られる快楽を知ってしまっている。
脳みそに霧がかかったみたいに、ぼんやりとした思考しかできなくなる。
この女と抱き合いたい。
それしか考えられなくなる。
どこに持って行っていいのか分からず、だらりと垂らしていた手を、私は紅子の背中に回した。
そのまま彼女を布団の上に押し倒す。
紅子は、また笑った。ふふ、と、どことなく含みがあるような声で。
その含みが何であるか、私には分かったはずだ。少し気を張り詰めて、彼女の様子を探りさえすれば。けれど今は、その余裕がなかった。
紅子。
唇だけで名前を呼ぶ。紅子も同じように、私を呼んだ。銀子、と。
抱き合ったあの夜だけ、紅子は私を銀子と呼んだ。いつもの『お姉ちゃん』ではなく。
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