紅子
雨の日は、客が少ない。
私は表に立って客の袖を引くが、そもそもの人通りが少ないので、すぐにやる気が失せた。
サチさんは、雨の日には借り切りで来てくれる客がいるらしく、今日は一緒に外には立たなかった。
はあ、と息をついて、懐手して壁によりかかると、やる気でないよねぇ、と、隣に立っていた女郎が笑った。
「濡れるし、人少ないし、お客は尚更少ないし。」
歌うように言う女は、長い髪をくるりと結い上げ、水色の地に紫陽花が白抜きにされた着物を纏っていた。
「多分、今夜は早めに上がれるよ。蝉が夜食のうどんでも取ってくれてね。」
「そう、なんですか?」
「大雨の日はたいていそうよ。お客がいないんだもん。夜中立ってたってしょうがないしね。」
そうやって口を動かしながらも、女の目は四方からやってくる男たちを値踏みするように黒く光っている。多分、彼女もここでもう長く商売をしているのだろう。
私も女に倣って、ぽつぽつと通りかかる男に目を光らせ、せっせと袖を引いた。
そして、真夜中を回った頃。いつもならここからまだ数時間は客を引いている時間なのだが、蝉がひょっこりと暖簾を分けて店から顔を出し、へらりと私達女郎に笑いかけた。
「中に入れよ。うどんでも取るから、食って今日は早く寝ろ。」
ね、やっぱりそうでしょ、と、黒髪を結い上げた女が私を見てにっこり笑う。その顔を見て、私はその女郎が随分若いことに気がついた。私よりいくつかは年上かも知れないけれど、はたして彼女は、いくつからここで客を引いているのだろうか。
わらわらとそれぞれの持場を引き上げて、店へ入っていく女たちは、雨のせいか、なぜだか妙に色褪せて見えた。
私もその女たちに続いて店に引っ込み、流れにくっついて食堂へ入ろうとしたのだが、ふと、紅子はどうしているだろうか、と、気になった。
紅子は、大雨が嫌いだった。大きな雨音や雷を怖がり、あの村に住んでいた頃は、私の胸に顔を突っ込むようにしてなんとか眠った。
私も紅子と同じように雨は嫌いだった。でも、私は紅子の姉だ。同じ日に生まれたとしても、姉は姉だ。ぐっと恐怖をこらえ、妹の細い肩を抱いて寝た。
そうやって重ねた、いくつもの夜の記憶が蘇り、私は女たちの列からそっと外れて紅子の部屋に向かった。
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