第三話 教室内での一幕
体育の授業が終わって着替えて教室に戻ると、やはりと言うべきか、紫奈先輩と一緒に歩いていたのを目撃していた男子が話しかけてきた。
「最上、昼休みの終わりに白川先輩と一緒に歩いてたよな?」
席が近いということで、それなりに関わる機会のある
好きな教科が数学、好きな食べ物がカレー、あとは趣味が洋楽らしい。そんな些細な情報くらいなら、先日の自己紹介で聞いたので知っている。
「あー、俺も更衣室行くときに見たわ」
その質問に反応したのは、俺の後ろにいる男子生徒。三谷、最上、とマ行の名前が順番に続けば、次の生徒の名前もある程度は予測が可能だろう。
ハ行の一番初めの生徒、
「たまたま屋上で一緒になってね」
三谷も菱川も俺が紫奈先輩と付き合っているとは疑わなかった。
紫奈先輩が男子と並んで歩いていること自体はそれほど珍しいことではないからだろう。むしろ、女子よりも男子と一緒にいることの方が多い。
昨日は剣道部らしき甲冑を着た男子と楽しく「なぜ剣道は、刀が二本あって有利そうな二刀流で戦わないのか」について議論しているのを目撃されている。
「白川先輩の次のお気にってお前?」
「え、」
「ほら、白川先輩って定期的にお気に入りの男子と一緒にいるって話じゃん。どうなんだ?」
「ああ、まあ、たぶん?」
俺と紫奈先輩の関係は、給餌係とペットだ。
お気に入りというのはあながち間違いではなさそうだけど、どうなんだろうな。
他に紫奈先輩に気に入られた生徒は同じように役割を持たされていたのだろうか。
「じゃー、最上といれば良いことあるのか」
紫奈先輩に目をつけられると幸福になる、という学校の七不思議のような噂があるらしい。
不幸を呼ぶ黒猫ならぬ、幸運を呼ぶ白猫か。
「期間限定のイベントガチャがあるんだけど引いてくんね? 石が十連分あるんだけどさ」
「いいけどさ」
差し出されたスマホの画面をタップする。
虹色に光った石が割れて、星五つのキャラが排出された。
「おお! 最高レアのマーシャルタイタンだ! 欲しかったやつ! サンキュな!」
どうやらお目当てのキャラが当てられたらしい。
確率0.5パーセントと表示されているのだから、かなり運が良かった。
「おーまじか。すげえ、さっそくご利益だ」
「最上様様だな。今度は俺のガチャも引いてくれ」
次々と差し出されるスマホのガチャ画面。
そんなにご利益を期待されても困るんだが。
「いや、偶然だと思うし、ご利益があっても先輩のおかげだからな?」
「じゃーなるべく白川先輩に構ってもらってくれ。んで俺らにもわけてくれ」
触ると幸せになるセルクラースの像かのように、俺は男子から肩や背中、頭を触られまくった。
紫奈先輩が幸運を呼ぶ白猫かはさておいて、クラスにあまり馴染めなかった俺が紫奈先輩と歩いていたおかげで輪に入れたのだ。少なくとも俺自身には確実に紫奈先輩のご利益があったらしい。
「つかさ、今日の土手ランまじキツかったくね?」
今日の体育は体力測定。
学校のすぐ外にある土手周りを走るので「土手ラン」と呼ばれている。片道と往復のタイムをそれぞれ記録するのだ。
うちのクラスはそれに加えて測定後にランニングをやらされた。理由は時間が余ったから。
なんとも公務員らしい融通の利かない考えだった。
「それな。五往復はいかれてるわ。先輩が言ってけど、やっぱ松浦ハズレだな」
「三、四組の田中先生は当たりらしいってさ。タイム測定終わった後にそのまま解散だってよ」
「うらやましー」
時間が経つにつれて着替えを終えた男子がどんどんと俺の机に集まってくる。
ねずみ捕りのトラップみたいだ。だとするなら俺はさしずめ穴あきチーズといったところか。
「そういや、最上は意外と足早かったな」
「あ、俺も思った。運動部じゃないのに運動部並みに走れたよな。タイム何分?」
「たしか……片道が一分四十七秒、往復が三分五十八秒」
俺は、記録係をしていた副担任から告げられたタイムを伝える。
「まじ? 俺よりちょっとだけ速えー。まあ手抜いてたけどな」
男子バレー部の
「いや、お前は最上のだいぶ後ろをひいひい言いながら走ってたぞ」
そのツッコミに男子全員が笑った。
「最上って中学はなんか部活やってた?」
「それか家でトレーニングとかしてんの?」
「なあ、陸上部に興味ない? 今年は部員少ないらしくてさー」
矢継ぎ早に飛んでくる言葉の雨。
対応に困っていると、
「最上はバイトがあるから、無理強いさせんなよ」
三谷が庇ってくれた。
「あ、悪い。自己紹介で言ってたよな」
部活勧誘をしようとした男子はバツが悪そうに頭をかく。
せっかくの申し出はありがたいのだが、三谷が言ったように、バイト先で重要なポジションを任されているので、部活と両立させるのは難しそうだ。
「あ、そーいえばさ。土手行くときに屋上ちらっと見たら白川先輩が居たんだよな」
気まずくなった教室の空気を換気させるためか、沖田がそんなことを言い出した。
「それ、本当?」
俺は声を低くして訊ねる。
「ああ。あんな目立つ人、見間違えるはずねーし」
沖田の言葉に思わずため息が漏れる。
先輩、俺と別れたあとにそのまま屋上に戻ったな。
「白川先輩? まじか。サボり?」
「わからん。屋上でこっち見てた。頑張ってパンツ覗こうとしたけど無理だった」
「ばっか」
ははは、と教室はふたたび爆笑の渦に。
女子からは冷たい視線が飛ぶ。……俺は関係ないから、その変質者を見るような目を俺にも向けるのはやめて欲しい。まあ当事者だったら俺も覗こうとしたけど。
「俺は紐だと予想。やっぱ先輩のイメージに合うのは大人のパンツだ」
「いーや苺柄だな。大人びた先輩が女児っぽいの履いてたらギャップ萌えだろ」
「お前ロリコンかよ」
「いっそ、ノーパンとか」
沖田が「紫奈先輩ノーパン説」を提唱すると、また爆笑を掻っ攫った。
女子の視線はよりいっそう冷たくなる。
「最上、お前はどう思う? 紐パン? それとも苺か……あるいはノーパンか」
俺に振らないで欲しいんだが?
「……白かな」
「白か。無難に当てにいったな」
議論は「白」けてしまった。本当にくだらない。
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