やったやられた聞きすぎて

浅賀ソルト

やったやられた聞きすぎて

生徒がいじめたいじめられたをそれぞれ訴えるので個別に話を聞いた。

竹之内さんによると普段から武川さんはいじわるなことを言ってきているのだという。

普段の生活からは私は気づけなかった。

具体的にというと、無視をしてきたり、逆に竹之内さんの言うことを大袈裟に繰り返したり——さらに具体的に聞くと「それって」「それって」、「かわいい」「かわいい」など——、ちょっとした勘違いや言い間違いをものすごい大失敗のように馬鹿にしてくるのだという。

武川さんが誰に対してもそうというわけではないので、それが事実だとすると竹之内さんをターゲットにしているということで間違いないのだろう。

で、今日は、さすがに次は何か言ってやろうと決心していて、そこで読んでいるマンガの話題から、何か馬鹿にしてきたので思わず「うるさい」と言って胸を突き飛ばしたのだという。

武川さんはびっくりしたが、すぐに突き返してきたと。そこで友達が割って入り、言い争いになったという。

周辺情報だが、友人たちも竹之内さんはなんとなく気にくわなくて、竹之内さんの普段の態度が悪いから武川さんが強く当たるのも仕方がないという感じだった。

武川さんによると、普段通りに話していたら竹之内さんがいきなり突き飛ばしてきたということになる。

「確かに馬鹿にしたのは悪かったけど、本当に完全に興味ないマンガの話をしてきて、それはいいんだけど、なんで読んでないの、絶対面白いのに、とかって、そういう言い方ってなくないですか? で、最近どんなマンガ読んでるのとか言ってきて、あ、これはめんどくさい奴だと思って」

私は続きを待った。しかし武川さんはそこまで言えば伝わるでしょうとばかりに何も言わなかった。私は事実を確認した。「『うるさいんだよ、お前は』と言ったと?」

「えーと、そうです」

「偉いね。自分に都合の悪い事実を認められるのは偉い」これは本心で、心情的に武川さん寄りになってしまった。声にもそれが出てしまっていた。

武川さんはなんとなくほっとしたようだった。

双方の聞き取りが終了して、供述をまとめたノートを一人で見直していた。ノートパソコンで清書していた時代もあったが最近はこのノートを写真に撮って保存して終了にしたりもする。話を聞きながらキーボードをカタカタやるのはどうも好きではない。

さて、双方に言い分があり、双方に非があり、歩み寄りの余地もあるように思う。深刻で一方的な力関係にはなっていない。

と、判断してよいのかはまた時期尚早。実は友達でもなんでもなかった——捕食者と獲物だった——というのも中学ではよくある話だ。

ここで更に事実関係を聞き取りすることで見えてくることもあるから、とりあえずもう1ターンは必要か。

私がそう考えながら生徒指導室から職員室に戻ると、副校長から声をかけられた。

個室で二人きりになると、三年の担当教師である高城さんが女子更衣室にカメラを設置していたという。

思わず声が出た。ニュースではよく見るものだが、身近に起こっても意外と現実感が湧かないものだ。

「高城さんがねえ」私は思わず呟いた。定型句だが、教育熱心でいい生徒だと思っていたのに。グッバイ高城、もう二度と教育に関わるなよ。

「それで、君の方で適切に処理してくれないだろうか?」

こいつは何を言ってるんだと思ったが、そこは顔に出さず、「高城さんはなんと言っているんですか?」と聞いた。

「盗撮というより、生徒の一人に恋をしていて、どうしても色々我慢できなくなってついやってしまったというんだ。他の生徒には誓って何もしてない、と」

「ほほー」色々と面白い。といっても口を開けて笑うような面白さではもちろんない。

「仲宗根さん、あのね。その態度は社会人としてアウトです」突然副校長はトーンを変えて注意してきた。

「すいません。気をつけます」

「気をつけてください。駄目ですよ」

「はい」そして話題を戻す。「副校長としては、高城さんに、その女生徒への執着を諦めさせたいということですね」

「まあねえ」

「諦めろと言われて諦められるようならいいんですけど」

「そこなんだよ」

「逆に燃えちゃったりしますもんね」

「そうなんだよ」

といっても、私もアイディアがあるわけではないが、とりあえず副校長が私に言わせたいセリフは分かった。

「かしこまりました。私の方でなんとかいたします」

「ありがとう」

二人で個室から出ていったが、副校長からさっきの生徒同士の争いについての質問はなかった。

まあ、報告がまだ上まで行ってない可能性もあるからそこは仕方あるまい。

自席に座り、双方の言い分というものについて考えて、それから、盗撮に双方の言い分もなにもないという当たり前のことに気づいた。

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