第2話・古文と漢文と時々現代文
「国語って要らなくない?」
「残念だけど白子さんの存在よりは必要だと思う」
夕日の光が差し込む空き教室の中、少年の文句に少女の顔が引きつった。
「今日は随分と辛辣ね。私が言っているのは高校で学ぶ国語よ」
「白子さんはロクに学んでないじゃない?」
「本当に厳しいわね、今日の君は。さっきの小テストで0点取ったの根に持ってる?」
「そんなまさか。再試まであと3日しかない人の態度じゃないと思っただけで」
「鉛筆転がして解答埋めたことを言ってるのなら私は謝らないわよ。あんなの誰でもやることじゃない?」
「普通の人は全問鉛筆転がさないんだよなーこれが」
「漢字の読みでさえ神に働かせようとする私の胆力をもっと褒めて良いのよ」
「なんて不敬な……。そのうち貧乏神に憑かれても知らないからね」
「その時はその時よ」
白子が神頼みに使っていた鉛筆を器用に指で回し始めた。
「最初の話に戻るけど、僕は現代人にこそ国語は必要だと思うよ」
「何故? 義務教育で学ぶ範囲で充分じゃない?」
「だってほら。日本人だけど日本語が理解出来てない人って一定数いるし」
「確かにSNSで文章の一部を切り取って反論する人っているわね」
「へー、白子さんもそういうのやってるんだね。意外」
「私を何だと思ってるのかしら?」
「えっと、言っていいのかなー」
「それはもう言ってるのと変わらないわよ! 私がボッチでも里見君には関係ないでしょう!」
「え、本当に友達いなかったの!?」
「友達がいたら里見君なんかに勉強を教えて貰ってないわ」
「こんだけ勉強教えて貰っといてその言い草。これだから最近の若者は」
「貴方も若者の一人でしょうに。あ、なるほど。現代文を学ばないと皮肉すら下手くそに聞こえてしまうという見本ということね。勉強になったわ」
「……白子さんは皮肉が上手くて何よりだよ」
負け惜しみを聞きながら、白子はご満悦そうに里見が採点した小テストのプリントをめくった。
そこには古文という文言と共に見事に0点の文字が記載されていた。
「何の冗談?」
「僕が聞きたいよ。神頼みしたとしても1問ぐらいは合ってると思ったよ」
「やっぱり古文は現代人には不要だと思うのよね」
「話を逸らすなぁ! 見事に選択問題も全問外しといてさあ」
「折角古文なんてものがあるのなら、確率の高い占いを超重要文化財として残しておいて欲しいわよね」
「不敬の極み!? そんな考え方ばかりしてるから運ばっかに頼るんだよ」
「だって昔の人がどう考えてたかなんて分からないもの。どうでもいいでしょ、そんなの」
「良くないよ。昔の人がどういう生活をしていて、日々の生活や恋愛にどういう心情を持ってたか知るのは大事だよ」
「はいはい、いとおかし。いとおかし」
「『とても趣がある』という意味の言葉をそう簡単に使いなさんな!!」
「古文を勉強する上で、日常的に古語を思い出すのは大事だと教えたのは君の方でしょう」
「馬鹿にする時にだけ使ってとは言ってないんだよなぁ」
「じゃあ100歩譲って古文は必要だとして、漢文こそ要らないでしょ。中国の話ばっかりじゃない」
「漢文を学ぶことで漢字に対する感受性を豊かにするとか、古来の東洋文化に親しみを持てるとかなんとか」
「何よそのネットで拾ってきたみたいな言葉は」
「まあ白状するけど、僕も昔同じことを思って調べたことがあるから」
「とうとう里見君も私と同じステージまで登ってこれたということね。やるじゃない」
「調べたのは中一の頃だから、白子さんとは5年以上差がついてることになるね」
「も、物事に疑問を持つことに年齢は関係ないわ。うん、私えらいっ!」
「自分を正当化しているところ悪いけど、発想自体はマイナス方向だからね」
「っていうか、漢文って取っ付きにくいのよ」
「それは同感。漢字の集合体だもんね」
「本当にそう。親しみを持って欲しいというなら、せめて画数を少なくなさいな」
「読み方も上から順に読ませて欲しいよね」
「珍しく意見が合うわね。流石私の弟子」
「師匠なら弟子に学力で負けるな」
「それとこれとは話が別よ。総資産なら現代と紀元前ほどの差があるでしょうに」
「それを出してくるのはずるくない!」
「はぁ? 最初に学力マウント取ってきたのは君でしょう」
「はいはい、僕が悪かったよ! この時間が無駄だから勉強しよう!」
「まったく。こんな見た目が終わってることを勉強しないといけないなんて」
「中身は白子さんの方が終わってるから気にしたら負けだよ」
里見の頭から小気味の良い音が鳴った。
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