第46話 7人目の仲間

 カモフラージュされていた空間が、その本性を見せる。


 とても一言では言い表せない異様な光景。あえて言うなら海底のイソギンチャク。


 壁、天井、地面。そのすべてにビッシリと埋め込まれているように見える。そんな異質な空間となっていた。


「スジはいい。特に、メイドを洗脳して攻撃させるってのは俺の発想にはなかった」


 イスから立ち上がり、3人のメイドの亡骸を一瞥しながら、アオイユキトはそう言った。


 彼の拘束状態はすでに解除されている。背中のナイフも、胸の赤い槍も、巻きつけられた電気コードも。すべて蟲の触手に取り払われ、おまけにすべての傷も修復されている。


「レオ様ぁ」


 ミーアもチチュも、そしてシュナさえもおれにくっつき、震えている。


 それもそのはず。俺たちが立っているこの場所も、蟲の王のはらわたの上だ。さっきから地面の感触が柔らかくなっていて踏ん張りが効かない。


 整えられていた調度品の数々もすでに姿を消していた。はらわたの内壁にすべて吸収されていく様を、俺は見ていた。

 

 おそらくどこからでも触手による攻撃が可能なのだろう。


 クマオもキララもアマネも、少し離れた場所で、それぞれうつぶせで倒れこんでいる。


 背中に貫通痕が見えることから、クマオ達は壁、もしくは地面から生えた触手による攻撃で背中から貫かれたことが推察できた。


「気に入った!な、やっぱみんなで現実世界いこうぜ!ぜってー楽しいからさ!」


 ゲームしようぜくらいのノリで改めて誘って来るアオイユキト。


 おぞましいこの場所に似合わない無邪気な笑顔が逆に恐ろしい。


「あ、全員生きてるから心配すんなって!なんならすぐ回復してやろうか?メイドは反射的にやっちまったから無理だけどな!」


 さっきから一人高いテンションで話し続けるアオイユキト。


 反射的にやっちまう奴なんて到底信用できないが、やはり選択肢はないようだ。


 絶望的すぎるほどの実力差。これは、俺が覚醒しても倒せないだろう。


 ゲーム世界から現実世界を侵略できるほどの力。到底、かないっこない。


「そこのレディー3人も、また魔物に戻ってモブやるとか嫌だろ?てか、自分たちがゲームキャラだったとか知らないだろ?レベル上げとかいうわけわかんねー理屈で、何度も狩られるザコキャラ。人間どもが勝手に作って設定して。ひどい扱いだよな」


 その点については何も言えない。

 実際に俺がやっていたことだ。言い訳はしない。


 ただ、彼女たちにはアオイユキトが言っている言葉の意味はわからないだろう。


「な?俺たちで、このクソみてーな世界、逆に全部創り直してやろうぜ!」

「……知ってたよ」


 俺の隣で震える声を発したのは、チチュだった。


「なに?」

「僕は、いや僕たちは知ってた。自分たちがゲームの世界の魔物だって」


 え?


「神さまが教えてくれてたんだ。僕らはそういう存在で、獣王様が迎えに来て人にしてくれるけど、それはあくまで一時的なもので」


 消え入りそうな小さな声。だが、なぜか力があり、皆の鼓膜にはっきり届く不思議な声だった。


「すべてが終われば、また元に戻るって。それでも獣王様を、有希人ゆきとさんを助けてやってくれるかって……」


 チチュの目に涙が浮かぶ。

 俺はとんだ勘違いをしていたようだ。彼女たちはとっくに、覚悟を決めていたんだ。俺と出会った、その瞬間から。


「私たちは皆、役目を果たすため、ここにいるのです。アナタを倒し、世界を正しい状態へ戻す。それが私たちの使命」


 シュナも恐怖に打ち勝ち、言葉を発する。

 なにが最後の言葉になるか、わからないというのに……。


「我々の……レオ様への忠誠心……愛は、本物」


 クマオもヨロヨロと立ち上がり、言葉をつなぐ。


「案外モブも、悪くないし!それぞれ……自分がいるべき場所が、あるんだよ!」


 苦悩の声とともに、キララも立ち上がる。

 胸の傷は深い。動けば命にかかわる大ケガだ。それでも……


「わたくしは今のほうが断然いいんですけどねぇ。ま、これも運命だし。しょうがないわよね。さ、ミーアさん。もう準備はいいかしら?」


 なんかアマネだけケロッとしながら立ち上がる。傷も治ってる。


 相変わらず不思議な女だ。


 って、準備ってなに?え?


「ミーアもレオ様と離れたくないにゃ。でも、本当の愛は見守ること!たとえ元の世界に戻ったとしても、ミーアは獣王様を思い続けるにゃ!!」

「おいおい。なに勝手に盛り上がっちゃってんの?お前らにできることなんて……」

「私たちには、だれが仲間になる魔物かを見分ける能力があるにゃ。そして、それを判断するのは視覚ではにゃく、オーラ!」


 おーら??


「レオ様は、アホユキトと会う前から、すでに出会っていたにゃ!透明化して生体反応を消していたに!」


 いやどこでだよぉぉぉ!てか、言え!そういう大事なこと!


 早く言えよぉぉぉ!!!


「条件は全てクリアされたにゃ!今こそその姿をあらわす時が来たにゃ!最後の戦士!イタチのオコジョ!!」



 パアアアアアアアア



 なんか今までのパターンと違うんだけどぉぉぉぉ!!!


 え?なんか愛的なヤツとかいらないんすかぁぁぁ!!!



「Hey!DJ!気分はどうだい?マスター!」

「……」


 光が散り、中から現れたのは、獣人化したイタチらしいなにかだった。


 ドレッドヘアーをお団子にした不思議な頭。ドデカイサングラスをかけ、首からはメダルのようなネックレスをぶら下げている。明らかにサイズオーバーでダボダボの服をまとったオコジョと言われたイタチは、アゲアゲで俺に今の気分を聞いてきた。


 もちろん気分はサゲサゲだ。


 声の質から、なんとなく女性なんだろうなと思わせる時代遅れの格好をしたオコジョは、明らかに空気が読めていないヘンなヤツだった。


「Hey!ユキト!オマエの名前、マスターと同じ、ユキト。Yeah」

「……」


 名前を2回言っただけで全く韻を踏めないエセラッパーが、俺の運命を変える7人目の仲間になるらしい。


 Yeah(嫌ぁぁぁぁ)








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