第43話 私の屍を超えて行け

「レオ様!ご無事ですか!」


 もはや原型を思い出せないほどに破壊されていくアリスト城城内を駆け、俺とミーア、そしてハルバートはなんとか正門前の広場まで来ることができた。


 クマオが次々と降り注ぐ小隕石をはじき飛ばしながら、俺たちと合流する。


「大丈夫だ!それよりみんなは!?」

「あちらです」


 クマオが軽く視線を向けた先に、高位の結界魔法で隕石の飛来から身の安全が守られている空間があり、仲間たちは全員そこに集まっていた。


「Sランクの冒険者たちが、全力で生き残った者たちを守っておられます!さ、レオ様たちもあの結界へお入りください!」


 クマオも引き連れて、俺たちはかなり広範囲に張られていた結界内へと入った。


 まだ数十名程度の冒険者たちはこの隕石群から逃げのびていたようで、結界内で次の作戦を話し合っている。


「レオ様。ご無事で何よりです」


 キザクラが走り寄ってきて、ほっとしている。みんなも特にダメージを負っている様子はなく、次々と俺の元へ駆け寄ってきた。


 あの災禍の中、みんな何事もなかったかのように元気なので、俺たちはとても運がいいと思った。


 シャアアアアア!


「まずい!すでに先陣の蟲が来てるぞ!!」


 そうでもなかった。


 冒険者の一人が声を上げると同時に、結界内から次々と迎撃が始まる!


 中、遠距離タイプの能力者たちが先行する蟲たちに対して集中砲火を仕掛ける。


 だが


 ジュン!ジュワアアアアアアア!!


「おい!なんか今までのヤツとちがうぞ!」


 これまではこの火力で対応できていたのだろう。予想と違う動きをする蟲に動揺を隠しきれない冒険者たち。


 シャアアアアアアア!!!


 攻撃を受けた蟲たちの皮がはがれ、むき出しになったドロドロしたなにかが結界に張り付く。そして次の瞬間、


 ドオオオォォォン!!!


「きゃあああああ」


 キララが悲鳴を上げる!鼓膜を揺るがす激しい爆発音とともに蟲は自爆し、結界内に衝撃が走る!


「まずい!このままこの攻撃を受け続ければ、結界が破られる!」


 ハルバートが戦慄する。蟲の群れはさらに数を増し、次々と結界目掛けて襲い掛かってくる!やばいぞ、これ!!


「ハルバート!ちょっと!」

「なんだ!いま考えている!」

「いいから俺の言うことを聞いて!なんでもいい!とにかくみんなの士気をあげる言葉を言ってほしい!」


 状況は切迫しているが、冷静になるんだ!いまこの状況を打破するためにもっとも可能性の高い方法を選択するんだ!


「それよりもっと具体的な……」

「早くしろ!ハルバート!!」


 俺は語気を強めた。理由を説明している暇はない!


「……ここが正念場だ!名だたる歴戦の冒険者たちよ!」

「……ここが正念場だ!名だたる歴戦の冒険者たちよ!」


 俺はやまびこのように精いっぱいの声を張り上げ、ハルバートの言葉を繰り返した。


「……なぜ繰り返す?」

「いいから続けて!!」

「あ、ああ。敵は我々の戦力に恐れをなし、なりふり構わず主力を投入してきた!これは好機である!」


 さきほどと同じように、ハルバートのあとを追って叫ぶ俺。冒険者たちは「こんな時になにふざけてやがる!」と怒っていたが、今それを気にしている余裕はない!


 ドォォォォン!!!ドォォォォン!!!


 次々と張り付いては自爆するドロドロ蟲!結界の膜が薄くなっていく!


 そしてついに、絶望的なまでに巨大な隕石が、結界目掛けて飛来してきた!


 あれをもらったら全員アウトだ!


「この窮地を脱し、アオイユキトを討つ!そして世界を救い、伝説の勇者になるのは俺たちだ!!なあ!屈強なる光の戦士たちよ!!!」

「はああああああああ!!!!しびれましたぞぉぉぉ!!!レオ様ぁぁぁぁ!!」


 きた!これは効いたはずだ!これまでにないほどに!


 クマオが放つオーラの熱気で結界内の温度が急上昇している!


 さすが、これだけの冒険者をまとめる男の言葉は違う!


「皆さま!お下がりください!!」


 クマオの覇気に押され、全員が結界の端へと移動する。


 巨大隕石はすぐそこまで迫っている!


 頼んだぞ!クマオ!!


「我が王の名において、覇道を阻む下郎どもに正義の鉄槌を!」


 握りしめ、構えるクマオの拳にオーラが集中する!


 ビシビシと空気を切り裂くような感覚と、ものすごい威圧感に息苦しさを覚える!


 いけ!クマオ!!


「くらえ!クマオ・デンドロビウムが最終奥義!画竜点睛拳がりょうてんせいけん!!」


 突き出したクマオの拳から放たれた巨大な波動が、結界もろともそこに張り付いた蟲たちを消し飛ばす!


 間一髪、巨大隕石も軽々粉砕し、西の空から襲来していた蟲の一団も波動の一撃に巻き込まれ、軒並みその姿を消していった!


 なんぞその技!クマオやば!!

 てか、下の名前デンドロビウムいうんかぁ!初耳だぁ!!


「索敵班!敵の残存戦力を確認しろ!」


 ハルバートが状況の把握に努める。索敵班が仕事をする。


 あの一撃でかなりの敵が殲滅できたはずだ!無限のごとく伸びていた波動の光だ。遠方の敵まで一網打尽にできていると信じたい!


「敵の全戦力、消失を確認!」


 おっしゃ!予想以上の戦果だ!シオンまでやって……。


 いや!そんなはずはない!ヤツは必ず、生きている!


「あ、いや、すいません!聖女がまだ生きていました!ものすごい勢いでこちらに向かってきます!!」


 隕石の飛来は止んでいた。だが、もっと凶悪なモノがこちらに迫っていた!


「レオ・ローレンハインツとその仲間たちよ!君たちは蟲のアジトへ迎え!!」


 ハルバートが突然、俺たちに本拠地襲撃の指示を出してくる。


 いや、シオンがそんなの見逃してくれるわけが……。


「ムゥ、こっちへこい!」


 ハルバートが戦闘態勢に入る冒険者たちの中のから一人の少年を呼び寄せた。


「彼らを隠し通路まで案内するんだ」


 ムゥと呼ばれた少年は、ハルバートの指示に軽くうなずくと、俺の手を引っ張り先導を始めようとする。


 隠し通路って……そんなのこさえていたのか!


 でも、それじゃ……


「蟲の主力部隊が消滅した今、この地に残るは聖女のみ。まだ数十人のS級冒険者たちも健在だ。なに、あとは我々でなんとかするさ」


 ハルバートのはにかみが、逆に覚悟の深さを感じさせた。


 隕石を落とすほどの実力者であるシオンは、おそらくここにいる全員で戦っても勝機があるかわからないほど強い。


 俺が覚醒すれば勝率はグンと上がるが、目立ってアオイユキトが襲ってこないとも限らない。7人揃ってからじゃないと、俺たちに勝機はない。


 まだ、仲間は全員揃っていない。


「ハルバート……」

「初めて会った時から、君たちが尋常じゃないほどの能力を持った人物であると、なんとなくわかっていた。なんというか、この世界の人間とは違う何かを感じたのだ。正直に言うと、俺たちではアオイユキトを倒せない。あれは人外だ。だから、君たちに託そうと思う。この世界と我々の未来を」


 そうだ。もはや俺だけの破滅フラグに限った話ではないのだ。アオイユキトを倒さなければ、この世界ゲームは終わる。もうすでに、個人の生き死にの領域なんてとっくに超えているのだ。


 迷っている暇はない。このチャンスを生かし、仲間のイタチをアオイユキトと遭遇するより先に発見する。そして、ヤツを討つ!


 それが俺に与えられた本当の使命なんだ!



〇●〇●



 じめついた地下通路。決して広くはない道幅の昏い隠し通路の中を、俺たちは無言のまま最大船速で邁進していた。


 キザクラには、またチチュからとっておきの秘密をこっそり聞き、アマネになってもらっていた。いまは、最大効率での移動が最優先だったからだ。


 俺は当然、抱えられている。クマオはさっきの攻撃で疲れていたので、ミーアが運んでくれていた。


 もうさすがに、キララとのことは許してくれたのかな?


 ……変わらない光景に嫌気が指し、いいかげん抱えられているのも疲れたなと感じていた頃。地下通路の先の天井から薄っすら光が漏れているのが見えた。


 あれが、ムゥの言っていた目印なのだろう。俺たちは光を見つけて進む足取りが軽やかになる。(俺は走ってないけど)


 あそこから天井を突き破った先が、アジトのはずれにある備蓄用倉庫になっているとの話だ。警備も薄いだろうということで、そこを侵入の拠点にするつもりだったらしい。


「よし!じゃあ静かにこの天井のヒビを破って侵入しよう」


 光の真下までたどり着いた俺たちは、なるべく音が出ないようヒビを拡大し、進入用の穴をあけた。


 ここまでは予定通りだ。さて、ここからどうイタチを探しに行くかだが……!!


「よぉ」


 開けた天井の穴から、サラサラブルーヘアーの飄々としたイケメンが顔を覗かせる。


 まるで、昔からの友人を快く出迎えてくれたかような、そんな軽い調子だった。


「待ってたよ、レオ」


 イタチでないことは明白。蟲でないことも明らか。


 その男の出で立ちを認識すればするほど、戦慄以外の情念を持ち合わせることが、とてもできそうになかった。


 彼の名前は、アオイユキトという。


 


 


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