第41話 アリスト城に集結せよ
缶詰のふたを缶切りでパカッと切り開いたように、天井がむき出しになっているソラマ大聖堂。
空から差し込んでいた日の光も徐々に薄くなり、辺りは少しずつ暗闇が支配する空間へとその姿を変えていた。
燭台に火を灯して明りを確保したいところだが、いかんせん大聖堂内はボロボロ。
しょうがないので、不謹慎ではあったが瓦礫を少し除け、即席の焚き火を起こし、軽く食事を摂りながら、俺たちは次の行動予定について話し合いを続けていた。
「蟲のアジトの情報って手に入らないの?」
俺は大聖堂の食糧庫に保管されていた干し肉を口にしながら、チチュの『ねずみ講』の情報源を頼りにした。
「無理。あそこは周辺一帯も含めて、僕のネズミたちも入れないみたいだし」
チーズを少しずつかじりながら、チチュが答えてくれた。ただ、有益な回答は得られなかった。
「ロンはなにか知らないの?」
「いや、内部のことはわからん」
干し肉をアテに、携帯用の火酒を口にしながら、スケベおじさんもゼロ回答。優秀な情報屋二人をもってしても、蟲のアジトの情報はなにもでてこなかった。
バルゴスとリゼ(逸人)が去った後。
俺たちもすぐに蟲のアジトへ向けて出立したかったのだが、ミーアが体調不良を訴えたこと、戦闘後で皆に疲れが見えていたこと、そして夜のとばりが迫っていたこともあり、一度休息をとることにした。
また、次の目的地は敵の総本山で迂闊には飛び込めないといった事情もあり、情報があるなら先に精査してから向かおうという事になったので、いまこうして二人に問いかけていたのだ。
「あの、白いおじいさんは、どこにいかれたのでしょうか?」
「あー、あのじいさんは……」
キザクラが皆に暖かいスープを配りながら、ハイテンションじいさん(神)の行方を気にしていたが、今の彼女とロンは、アレの素性を知らないと思うので説明に困った。
「ワシの出番はもうない!あとはお前たちでなんとかせぇ、と申して消えていかれましたぞ!」
葡萄酒の入った大きなタルを軽々と運びながら、クマオが言った。
枢機卿と牧師の横に腰を下ろし、飲む気マンマンなご様子。
「さ、さ。ロン殿もこっちに来てご一緒に。この葡萄酒は上モノですぞ!」
「い、いや。俺はいいよ。蟲と一緒に飲む趣味はねぇし」
「シャ♪」
てかまた勝手にそんなの持ってきて……。
でも、枢機卿たちもなんかノリ気じゃないか?脚で器用にグラス持ってるし。
そういえば、大人は酒を飲めば誰でも仲良くなれるって、転生前の父さん(43)もよく言ってたな。
案外、こういうのが大事なのかもしれない。
「とりあえずさ、まずは近場のアリスト城に行かない?あそこはわたしのファンも多いし、当面の拠点にはできると思うの」
金貨を丁寧に数えながら、キララがかなりいい提案をしてきた。
ただ、敵の総本山の目と鼻の先にあるアリスト城がまったく無傷で生き残っているとは考えにくい。アオイユキトがいる可能性すらある。名案だと思ったが、本当に大丈夫だろうか。
「痛い痛い!おい、肩組むなよ!刺さるし!……キララちゃん、それナイスな案だとおじさん思うよ!」
結局クマオ達と一緒に飲み始めたロンが、牧師(蟲)に絡まれながら、キララの案を推してきた。
「チュチュ……。チュ!獣王様。僕もその方向で進むのが得策だと思う」
『ねずみ講』による情報集約結果もそれがいいと言っている。
「いってぇ!血、出たよ!!……俺の持ってる情報だと、あそこにゃ今、冒険者たちが集結しつつあるって噂だ」
おじさんたちが戯れている。
いや、あれ襲われてないか?
「ロンさんの言う通りだよ。確かにアリスト城はほかの国や領地に比べて蟲の数が格段に多いみたいだけど、全然陥落とかしてないし。むしろ押し返してるみたいでスゴイよ!」
チチュとロンが互いの情報を補完し合いながら、キララの案を採用すべきだと遠回しに進めてくる。
「そういえば、皆さま方がこちらに来られる少し前、この大聖堂に祈りを捧げに来られていた冒険者の方々がいらっしゃいました」
シュナがスープを口にしながら、少し過去のことを話し始めた。
「彼らは目立っていたのでよく覚えています。枢機卿から念入りに加護を受けておられましたから。寄付も多額でお名前も控えさせていただいたものをチラッとみましたが、確か……ハルバート・オデッセイと書かれていた気がします」
ここで出るか。俺とミーアが最初に襲われたヤツ。
アオイユキトのライバルパーティ。そのリーダーの名前だ。
「ぎゃああああ!!そこ、大事なところぉぉぉ!!……そうだ!
どうやらロンは牧師のタイプらしい。
スキンシップも過激で情熱的。
「ちょっと因縁ある相手だけど……一緒にやれるなら心強いかも。ミーア、仲良くやれそう?」
多分、いや絶対覚えてないと思うが一応聞いてみた。
ミーアは俺の肩に頭を乗せ、うなだれている。
ちなみに彼女は腐ったケーキを食べてお腹を壊してうめいていたが、キザクラにもらった薬でだいぶ体調が回復してきている感じだ。
「うううう。フルバットって、だれ、にゃ」
まぁ、オーケーということでいいだろう。覚えていられたほうがややこしい。
なんせ一回やられかけてますからね、ミーアさん。
「ハルバートはあり得ないくらい愚直な男だ。お前らと過去になにがあったか知らんが、たぶんヘンな情報掴まされただけだと思うぜ」
牧師の愛を華麗にかわしながら、ロンがハルバートのフォローをする。
そうだな。俺のゲーム知識的にもその意見は受け入れられる。あの時はなにか事情があったのだろう。ちゃんと話せばわかってくれると思うし、なにより今は目的が同じなんだから、共闘したほうがいいという理解は得られると思う。
方針は決まった。次の目的地はアリスト城だ。
ただ、移動はどうする?あそこは正規のルートなら最速で移動しても三日はかかりそうだ。かなり距離があるため、できればもっと効率的な移動手段が欲しいところだが……。
あ、あるじゃないか!すっごいのが!
「キララ案を採用します!で、キララ。その、移動方法なんだけど……」
「獣王様。さっきわたしに言ったこと、覚えてます?」
さて、なんのことでしょうか?
いや、わかってますよ。でもここの美術品、多分全部壊れちゃって価値ないし。他に売れる品も持ち合わせていない。
金は、ない!
「えっと、その、またツケでお願いできませんか!」
「……さすがの獣王様でも、いま信用ありませんよ?」
「そこをなんとかぁ!!」
「もう、しょうがないなぁ……」
金貨を懐にしまい、俺の目の前に立つキララ。目を合わせてじっと見つめてくる。
か、可愛すぎる……って、え?
チュ
えええええええ!!!マジっすかぁ!!
口フレンチキッスぅぅ!!とけるぅぅ!!
「これを保証がわりにしてあげます♪ミーアちゃん、ごめんね♪」
このあと、回復したミーアの瞬獄殺を喰らったのは言うまでもない。
そして、こんな状態(ボコボコ)で移動なんて当然できなくなったので、今日はこの半壊した大聖堂内で一泊することを余儀なくされた。
キララの翼に乗れば、アリスト城まで半日もかからず到着できるだろう。
俺は、軋む全身の肉と骨を労りながら、今日のにぎわいが最後の晩餐にならなければいいなと思いながら、ひと時の眠りにつくのであった。
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