第38話 シュナの思い

【活動限界により媒介者シュナの能力を解除します】


「っとぉ、突然倒れんなよ、相棒」


 頭の中に流れ込んだ機械音が、俺をもとの状態に戻したことを教えた。同時に、体の力がすべて抜け、膝から崩れ落ちそうになったところを逸人はやとに支えられ、なんとか倒れずにすんだ。


「はぁ、疲れた……」

「お疲れさん!有希人ゆきと!お前すげーの隠しもってたんだな!」

「いや、あれは……」


 逸人はやとに肩を借りながら、俺は完全に消滅したグランがいた空間に目をやり、この戦いに勝利した理由を思い返した。


「俺が、ただの陰キャぼっちだっただけさ」

「まぁ、あれは陰キャぼっちって言うより、オタク気質なほうの気もするけどな」


 細かいことは別にいいだろう。とりあえず、今は危機を脱した。


 6人目の獣人化も果たした。目的は達し……あれ?


 なんか、すっごい大事なことを忘れている気がする。


「獣王様ぁ!!」


 ポッカリ空いた大聖堂の空からチチュの声が聞こえてくる。


 天空を逃げ回ってくれたキララと、彼女の巨大化した翼に乗る仲間たちが、俺と逸人はやとがいる瓦礫だらけの地上まで降り立ち、駆け寄ってくる。


 ミーアは相変わらずまだ寝ていたため、クマオが引き続きお姫様だっこをしてくれていた。


 みんな、無事でなによりだ!


 ……あれ、でもやっぱなんか、めちゃくちゃ大事なことを忘れている気がする。


「ごめん!獣王様!あの地面がわちゃわちゃしてた時、シュナちゃん?見当たらなくてそのまま飛んじゃったんですぅ!!」

「なんですとぉぉぉぉ!!!」


 キララが平身低頭謝ってくる。いやまぁ、あの状況で見当たらなかったのなら、ほかの仲間の安全を優先するのが真っ当な判断ではあるのだが……。


 え?でも、死んでないよね?さっき機械音で解除がどうとか言ってたから、大丈夫だよね??生きてるよね?


「レオ様!その男は……」


 クマオが逸人はやとを見て身構える。


 戦いのどさくさで説明不足だったかもしれないが、彼らにとってはリゼなので、認識は敵なのだろう。そりゃそうだが……。


「よおクマ野郎。相変わらずでけぇ図体してやがるなぁ」

「貴様!」

「ああ、もう!お前らその話はあとだ!今はとにかくシュナを探して……」


 バゴォォォォォン!!


 へ?


 なんかぐちゃぐちゃな瓦礫とか壊れた信徒イスとかを吹き飛ばして、見たことのあるボブカットの不思議な女の子が現れた。


「隙間が多くて助かりました。獣王様、私は無事ですよ」

「シュナ!」


 よかった!無事だった!死んでたら元も子もなかっ……。


「シャアアアアアアア!!」


 ひええええええ!!!


「彼らも無事のようです」


 シュナと一緒に枢機卿と牧師も出てくる。

 いや、アンタら無事じゃなくていいのよぉぉぉぉ!!!


 え?てか一緒にいたの?擦り傷以外、特に襲われたような痕跡はないけど……。


「そこをどけ、犬女」


 逸人はやとが俺を座らせ、ゆっくりと腰の魔剣を抜いた。どうやら仕留めるつもりらしい。


 だが位置的に、シュナが脇にずれないと斬りかかれない。


「なぜ、殺すのですか?」

「そいつらはもう人間じゃない。俺たちの敵だ」


 理屈はごもっともだと思う。そもそもアイツらがこんなことをしなければ、俺たちだってこんなピンチを招くこともなかった。街の人たちだって……。


 ちなみに、グランを倒したらもとの姿に戻るとか、そんなうまい話しはなかったみたいだと、枢機卿と牧師を見て改めて気づかされた。


「敵は殺してもよいのですか?そもそも本当に敵なのですか?」

「お前と問答する気はない。一緒にぶった斬られたいか?」


 ちょっと。それはマジやめろよ、逸人はやと


 ここに来た意味がなくなるだろ。


「あなた方は、枢機卿や牧師がこの街にどのような思いを抱き、この世界にどのような未来を夢見ていたかを全く知らない!知ろうともしない!」


 シュナの熱を帯びた激しい口調に、一瞬たじろいでしまう。


 うーん。街の人を蟲に変えることに、どんな大義があるというのだろう。


「知る必要などない。俺は俺の目的でのみ行動する。邪魔するのであれば、容赦はしない」


 魔剣を構え、戦闘態勢に入る逸人はやと


 彼の実力であれば、一足飛びの一太刀で3人まとめて真っ二つだろう。


逸人はやと!」

「(ハッタリだよ。お前の困ることはしねぇよ)」


 小声で言ってくるが、ホントか?

 転生前にそれで騙されたことが何度かあったのを、ちょっと思い出した。


「でもさ、あの蟲たちあんなにシュナの近くにいるのにまったく襲わないよね?」


 チチュが俺の思っていたことを代弁してくれた。


 そうなんだ。一緒に瓦礫の下に隠れてたはずなのに、シュナは襲われた痕跡がまるでない。今もそう。なんか唸ってるだけで、攻撃の意思が感じられない。


「人も魔物も蟲もね、皆それぞれ生きる理由があるのですよ。世界は弱肉強食かもしれないけれど、それは人とて同じこと。食としての理由がなければ、共生できる未来もあるってことではないのかしらね」


 アマネが言った言葉が、蟲たちがシュナを襲わない理由とイコールになっているかは正直わからない。


 ただ、この仲間を探す旅に出る前、父と話した会話の内容に似たなにかを、アマネの言葉の中に垣間見ることができた。


 共生。


 なんとなく、父が牧師と仲がよかった理由も想像することができた。


 ビジョンが同じだったのだろう。父も、牧師も枢機卿も。


「我々も元は魔物です。ですが、これまで接してきた様々な人たちは、私たちを歓迎し、温かく迎え入れてくれました。姿かたちは違っても、言葉は通じなくても、本来はみな心を通わせ、共存できるのではないかと、私は思います」


 クマオもなんかいいこと言ってる。なんか少し納得感が生まれる


 敵と思ってるのは、俺たちだけなのか?本当はみんな仲良くやりたいのだろうか?


「みんなわたしのファンになれば、万事解決よ♪」


 キララだけ、なんか違う。

 いや、それも一つの共生か。


「詭弁ばかりで反吐が出る。やっぱお前らと仲良くやるのは不可能だ。有希人ゆきと、お前はどうなんだ?」

「……」


 攻撃態勢を若干緩め、逸人はやとが俺に問う。


 どうなんだろう。少なくとも、いま目の前にいる枢機卿と牧師、そして蟲に変えられた街の人たちには、人の心が残っているんじゃないだろうか。


 むしろこちらから気持ち悪いだのなんだので邪険にし、攻撃することが争いの火種を生む。そう考えるほうが、これまでの状況を考えると自然だと思う。


「俺は……!」


 視線を蟲たちへ移すと、シュナの後ろでシューシューと威嚇の音を立てていた蟲の一匹が、よろよろとした足取りで中央祭壇まで歩みを進めている途中だった。


「おいおい、なにする気だ……。何故止める、有希人ゆきと!」


 シュナから離れた蟲に対し、斬りかかろうとしていた逸人はやとの裾をひっぱり、動きを止める。


「アイツ、祭壇になんか仕込んでるかもしれねぇだろが!」

「ちょっと待て!待てよ!!」


 全力で引っ張る俺。別に振り払うことなんて簡単だっただろうが、俺の必死の叫びに反応したのか、彼は斬りかかることをためらってくれた。


「あれ、ケーキじゃない?」


 チチュが、中央祭壇下の箱らしきものから、蟲がおぼつかない脚で持ち上げていたある物体を見て、そう言った。


 目を凝らしてよく見てみると、その物体はスポンジ生地に生クリームのようなものを纏っただけの、シンプルなホールケーキのように確かに見えた。


 そしてそのケーキであろうなにかを、震える脚で不器用に抱えたまま、再びシュナのもとへと戻り、瓦礫の上にポンッと優しく置く枢機卿であろう蟲。


 シュナはしゃがんで、そのケーキの表面に書かれたある文字をじっと見つめていた。


 なんて書いてあるのだろう。気になる。


「クマオ、見える?」

「はっきりと!このように書かれております」


 ”祝 シュナ 君と出会ってちょうど1年。これからもずっと一緒だよ”


「こんなの私、食べられないのにね……」


 シュナの瞳は前髪に隠れてよく見えない。ただ、頬を伝う一筋、二筋と流れるきれいな涙の軌跡が、溢れる枢機卿への思いをひしひしと感じさせ、俺の心は揺れ動いた。


逸人はやと、俺は……」

「だぁ、もう!わかったよ!ま、あいつら倒しても俺らの未来にゃあんま関係ないもんな!」


 魔剣を収める逸人はやと。俺の気持ちをわかってくれたようだ。


 見た目や雰囲気というのは、その人本来の姿というものをいつも見え辛くする。


 陰キャボッチが生まれやすい理由というのもその一つだと思う。陽キャの連中はそういうところで人を簡単に判断し、いじり、疎外してくる。本当に鬱陶しい連中だと今でも思う。


 でも、俺が魔物や蟲に対してこれまで向けてきた色眼鏡というのも、それに似ているのかもしれない。言葉が通じない、見た目が気持ち悪いというだけで、常に視界から遠ざけ、邪険にし、時には手を下すこともある。

 

 もっと、ちゃんと見なければいけない。

 襲ってくることにも理由があるのだ。きっと。


 俺は今回の件が自身の考え方を見直すきっかけになればいいなと、心の奥底で少しだけ、願うのであった。


「ふわああああ。よく寝たにゃぁ。朝ごはんはまだかにゃ?」


 うるさい、ネコ。

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