第35話 親友

「僕は、グラン・ビルナード。いま巷で話題のアオイユキト率いる、冒険者パーティの一員さ」


 聞いてもいないのに、ご丁寧に自身の素性を明きらかにするグラン・ビルナード。


 自信家な設定はそのままなようだ。


「(中央祭壇の両サイドに設置されてる棺桶みたいなハコ、あるでしょ?二人はアレに入ってるんじゃないかな。ほら、枢機卿の後ろにあるやつ)」


 チチュが小声でミーアとキザクラの居場所を教えてくれた。


 まずは二人を助けなきゃ!


「どうして街の人間たちが蟲になったのか、知りたくないかい?」


 階段を下りきり、枢機卿の隣に立ったグランは、さらに立場を利用した余裕の発言を繰り返してくる。


 街の人たちが蟲に変わった原因。予想もつかないし、気にはなるが、今その話は正直どうでもいい。


 まずは仲間の救出をどうするかが最優先。そしてそのためには、戦略がいる。


「(とりあえず、敵戦力の把握とわんちゃんのスキル発動条件を確認しよう。獣王様、ステータスチェックできそう?)」

「(ちょっと遠いんだよね。もう少し、近づかないと)」

「(私、ひきつけましょうか?)」

「(できそう?キララ)」

「(言うこと聞かせるのは無理っぽいけど、それくらいなら)」


 ヒソヒソ話で作戦を練る俺たち。


「……枢機卿は慈愛の人でね。すべての信徒を等しく導きたいとおっしゃっられた」


 なんかグランがまた聞いてもいないのに、勝手に語り始めている。


 よしよし。もう少し自由に語っててくれ。まだ、準備は整っていない。


「(クマオは引き続き警戒体制を維持。強襲に備えて)」

「了解致しました!レオ様!わたしの命に代えても、皆さんをか・な・ら・ず!お守り致します!」


 いや、声でかいし!今みんなコソコソやってただろ!ああ!グランがすっごい睨んでんじゃん!バカ!!


「おいお前ら!僕の話、聞いてないだろ!」


 ほら、バレたじゃん!まだ戦略会議終わってないのに!


 しかもなんか戦闘態勢になってるし!


 ああ。彼の前方空間に出現してる六芒星みたいなヤツ!あれ、ヤバいヤツや!


「僕の話を聞かない愚か者は、許さないんだからな!」


 六芒星が怪しいオーラを醸し出す!


「構えろ!あの六芒星は自動式オートの魔法陣だ!詠唱なしで中位の闇魔法がランダムに飛んでくるぞ!」


 性格はイマイチ把握しきれていないが、戦い方に関してはさすがによく覚えている。なんせ、ゲームの時はよく使っていたからな!


「……なんで僕の特製オリジナル魔法を知ってるのか、な!」


 魔法陣から黒い闇のラグビーボールのような塊が射出される!不規則な軌道を描き、俺たち目掛けて高速で襲い掛かる!


「みんな!わたしの後ろへ下がって!」


 キララの指示に従い、少し後方へサッと移動する俺たち。同時に、キララが身体の内から舞台照明のような派手な光を解き放つ!


乱暴信者排除マジックキャンセラー!」


 そう唱えて両手を振りかざした彼女の前に、光の警備員らしきだれかが現れ、黑いラグビーボールを警棒らしきなにかで派手に弾き飛ばした!


 トゴオォォン!


 ソレが直撃した壁に目をやると、彫刻と絵画のいくつかが、無残にその歴史を終えるところを目撃してしまった。


 てか、あの警備員だれだよ!アレ、召喚魔法なの?特技?あんなの見たことないわ!


 あ、もうきえた。


「アイドルに手出そうなんざ、100年早いのよ!……って、痛ったぁ!」


 不意を突かれた!稲光とともにキララを襲う1本の雷撃。これはミーアが得意の無詠唱雷魔法と同じ術式だ!グランの魔法か!


 彼女に直撃したようだが、痛みのみでダメージは薄そうなのでほっとする。


「スポットライトが足りないのかと思ってね。足してあげたよ、アイドル」

「手ぇだしやがったなぁぁ!!おまえも信者人形にしてやろうかぁぁ!!」


 信者人形てなんやねん……。


 すごいおっそろしいセリフを置き去りに、キララは自慢の翼を広げ、グラン目掛けて超突進を開始した!


 だめだ!もう作戦とか悠長に立ててる場合じゃなくなった!


「クマオ!俺とチチュをかかえて、中央祭壇まで走れ!グランは一旦キララに任せる!」

「了解!」


 両脇に米俵2表を抱えるように、クマオはすぐに俺たちを抱き上げ、ミーアとキザクラが眠る中央祭壇の棺まで走り出す!


「チチュ!キザクラの秘密を教えて!」

「キザクラは獣王様のおとうさんと不倫してたことが、あるんだよぉぉぉ!!!」


 なっ!なんだとぉぉぉぉ!!!


 パアアアアアアア


 バゴォォォォォォ!!


「さぁさぁ皆さま、お久しぶり!アマネでございまぁす!」


 閉じ込められていた棺をぶち破り、アマネが人気ご長寿アニメのオープニングのような再登場で、復活ののろしをあげた。

 

 ……彼女の秘密は、底が知れない。


「え?」

「お主、何者……っ!」


 棺は枢機卿と牧師の背後にあったため、突然の出来事に二人は動揺し、初動が遅れた。


 アマネは彼らの後ろから瞬時に首根っこを掴み上げ、ここまでの恨みを込めて、彼らの動きを力でねじ伏せた。


「もう!わたくし、暗くて狭いところでおせっせする趣味はありませんのよ!」

「アマネ!」


 激しい近接戦闘で互角の戦いを繰り広げるキララとグランの横をすり抜け、クマオに運ばれた俺たちは、アマネと合流する。


 キツネの両腕に締め上げられた悪魔二人は、苦しみで声をあげられなくなっていた。


「レオ様。ご機嫌麗しゅう」

「ミーアは!ミーアは無事なの!?」


 まだ棺で眠り続けるミーアの容態はどうなんだ!


「あ、大丈夫ですわよ。わたくしたちが捕まるちょっと前にいいお薬が見つかって、それを処方したら結構効いたので。ちょっと劇薬で苦しんでいましたけど、今ようやくゆっくり眠りにつくことができているみたいなので、もう安心ですわ♪」


 マジかぁ!ほっとしたぁ!よかったぁ!

 キザクラ(アマネ)、ほんと最高だよ!


 愛人の件は水に流して……いや、やっぱそれはそれだ。後で問い詰めよう。


「わん」


 あ、忘れてた。犬、いたんだった。


「じゃあ獣王様。とりあえずわんちゃんの能力確認して……」

「レオ様!危ない!」


 ズゴォォォォン!!


「ぐあああああぁぁぁぁ!!!」

「ああ。邪魔しないでほしかったなぁ、おっさん」


 涼しい顔をしたグランが冷徹な視線でこちらを視ている。

 

 俺は、クマオに突き飛ばされていた。突然だったので受け身も取れず、地面に接触した右腕に激しい痛みが走る。


 俺が立っていた場所にはクマオが倒れていた。黒い煙がプスプスと上がり、明らかにグランの攻撃を俺の代わりに受けてしまったことは明白だった。


「キララは!?」


 痛みに反応している暇はない!

 すぐに立ち上がり、状況を確認しろ!俺!


「獣王……様……」


 戦いの痕。キララは巨柱にもたれるように倒れている。蜘蛛の巣のようにひびの入った柱を見て、彼女が背中から激突し、大ダメージを負わされたことを察した。


「おい枢機卿、牧師!いつまで遊んでるんだよ!ドMかよ!」


 服に汚れひとつないグランが枢機卿と牧師に発破をかける。


 グラン•ビルナード。この男は圧倒的に、強かった。


「さっきから、いたいですよ、キツネ女さん!……シャアアアアアア」


 牧師がカマキリのような蟲の姿に変貌し、アマネに強烈な脚鎌の一閃を喰らわせた!


「っつ!!」

「汚れた手で触るな、冒涜者。……キシャアアアアアア」

「がっ!」


 枢機卿も例えようのない悍ましい蟲へと変貌し、アマネの拘束を解き、脚だか手だかわからない蠢くなにかでアマネを壁際まで吹き飛ばしていた!


「チチュ!逃げろ!」


 蟲に詰め寄られるチチュ!まずい!彼女は戦闘能力がほぼ皆無だ!


 おまけに、蟲嫌いも重なっているから……


「ばたんきゅう」


 クソ!どうする!?どうする!?どうす……っ!!


「なあ、レオ・ローレンハインツ。僕は君と話しがしたかったんだ。つきあってくれよ」


 もうまったく気づかなかった。右腕を押さえ、痛みに耐える俺の首が突然、グランによって締めあげられていた。


 息が……できない。


「か……はっ……」

「ちゃんとしゃべれよ。なぁ!」

「ぐはっ!」


 腹に強烈な鉄拳を入れられ、胃の内容物が上がってくる。


 苦しくてなにも考えれなくなってきた……。


「はは。うちのリーダーが気にしてたから、どれほどのものかと思ったけど、ただのモブザコだったようだね」

「……」

「あ、もしかして。もう意識飛んじゃってる?早くない?はは」

「……」

「おーい、返事しろよー。つまんねぇやつ……」


「相変わらずのチン〇スクソ野郎だな、グラン・ビルナード!」


 遠いところで、うっすらと、聞いたことのある声と衝突音が混じったような、わけのわからない音が鼓膜に響いてくる気がした。


 でも、もう、辛くて、よくわかんないや。

 このまま死ぬのかな、俺。


 ……って、あれ?


 なんか急に首の圧迫感がなくなり、呼吸ができるようになってきた。


 殴られた腹は痛く、込みあがるものはあるが、意識はぼんやりと、たが確実に戻りつつある。


 誰かに抱えられる感覚。暖かさも温もりもなく、むしろ冷たさを感じるナニか。不思議な感覚。でも、なぜか安心する懐かしいこの匂いは……!!

 

「よぉ、有希人ゆきと。今日は派手にやられてるじゃねぇか」

「リ、リゼ……」


 感覚が戻り、俺は俺を抱える人物の名を呼んだ。


「あー、もうその名前では呼ばないでくれるか。俺の契約主に全部吐かせて、お前のこともわかっちまったからよ」

「?」


 この男は、一体何を言っているのだろう。


「いままで色々ごめんな!有希人ゆきと!でも、俺も人生かかって必死だったんだ!わりぃ!このとーりだ!」


 口調が、変わっていく。そして、俺はこの時点で、彼が何者であるかを完全に理解し、涙が溢れそうになる感情を抑えきれなくなっていた。


「は……逸人はやと、なのか!?」

「あ、わかっちゃった?やっぱ俺ら、親友だな!」


 そう。これまでリゼとして、俺たちと何度も対峙し、襲ってきたこの蝙蝠のような男は、転生前、俺を陰キャぼっち生活から救い出し、友達っていいなと思わせてくれた唯一無二の親友、転生者・一瀬逸人いちのせはやとだったのだ。


 


 

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