第34話 大聖堂の悪魔たち
気のせいだった。
「ちょちょちょちょ!無理無理ムリぃぃ!!」
力があふれ出しているような感覚に、やれると錯覚した単純な俺の思考回路が自然と身体を突き動かし、クマオくらいの体格を誇るダンゴ蟲に対して正義の鉄拳を喰らわせたつもりだった。
だが、ダンゴ蟲はノーダメージの上、目を真っ赤にして怒り出し、鎌のような脚を幾重にも振りまわし、俺の命を刈り取る準備を始めていた。
「レオ様!」
ドゴッ!
クマオの鉄拳でその場に倒れこみ動かなくなるダンゴ蟲。圧倒的だ。
「お下がりください!レオ様!正門への突破口は我々で開きます!」
クマオとキララが俺とチチュを守る陣形をとりながら、大聖堂内部への侵入を果たすため、広場にいる観光客のような蟲の群れをなんとかする手段を考えていた。
ソラマ大聖堂正門前広場。
チチュの的確な情報をもとに、ソラマ大聖堂の位置を正確に把握した俺たちは、クマオの超高速ブルドーザーでまたしても、直線且つ最短距離で目的地の手前まで移動を終えていた。
この街の歴史そのものであろう建造群を解体ショーのように破壊しながら進んだ行為は、もしかすると大罪だったかもしれないが、緊急時なので勘弁してもらいたい。
「キララ」
俺は前方を警戒する彼女の背後から小声で声をかけた。
「なんです?今ちょっと気を抜けないんですけど……」
「後ろに手、出してくれない?」
俺の指示に従い、リレーのバトンを受け取るような姿勢になるキララ。
そして俺は、バトンを渡すような動作で、ちっちゃな重みのある小袋を彼女に手渡す。
「いつも君のこと、応援してる。少ないけど、受け取って」
俺は教会で拾った、この世界で最も価値のある硬貨の入った袋を彼女に捧げた。
ん?拾ったんだよ!もしくは借りたんだ!文句あるかぁ!!
「獣王様……スキ!わたし、やっちゃいますね!」
ある意味、彼女も非常に扱いやすい。お金で解決できるって案外、楽なのかもしれない。
「はあああああああ!!この金額はわたしをさらに上のステージへと推し上げる!!」
なんかよくわかんない口上を発したかと思うと、キララは翼を大きく羽ばたかせ、またこの前の大乱戦時のように、急スピードで空高く舞い上がっていった。
今回はすぐに上を見上げたので、少しパンツを拝むことができた。眼福。
「みんな!ちゅーもーーーく!!!」
キララの鍛えられた声帯から発せられた可愛くも通る声が、蟲たちの視線をすべて集める。
このアイドルは伊達じゃない!
「わたし、みんなが違うグループ(宗教的)の推しだってことはわかってる!でも!今日、いまこの瞬間だけは、わたしの推しになって!」
蟲たちの目が一気に赤く変貌していく!
いや、それ逆効果ちゃうのー!!
「お・ね・が……いいいいいいい!!!」
彼女がお願いを発した瞬間、彼女のなびくロングの赤い髪からキラリと光る針のようななにかが広場一帯に降り注ぎ、蟲たちに突き刺さる。
とても致命傷になるような攻撃をしたようには見えなかったが、その針を受けた蟲たちは次々と異変が発生しはじめた!
キェェェェェェェ
「みんな、ありがとうーーーー!」
「……」
幸いにも俺たちには当たらないように調整してくれたらしい。ただ、前方、周囲を取り囲んでいた蟲たちは、一匹残らず仰向けに倒れ、ピクピクしていた。
とてもすぐには対応できなさそうな状況だったが、キララの魅力?で解決してしまった。
ちなみにこの技、原理がよくわからんけど、もはや[推し]とかまったく関係ないよね?
シュタッ
「見込み客はみんなこれでイチコロよ♪」
地上に降り立つ悪魔のような天使がすごいことを言っている。
アイドル、こわすぎ。
「ハッ!ここは、どこ?僕は、だれ?」
さっきから発言がないと思っていたチチュが突然反応した。また立ったまま気絶していたらしい。彼女だけ蟲に慣れることは一生なさそうだ。
「さ、蟲さんたちの意識もすぐに戻っちゃうから、早く大聖堂に入ろう!」
そうだ。もたついている暇などない!
とっとと大聖堂に行って、俺の大事なモノを奪ったあいつらに鉄拳制裁だ!
〇●〇●
大聖堂内はとても広いが、特別入り組んでいるわけではないので把握はしやすい。
ただ、奥行きはかなりあるので、今入ったばかりの俺たちに、入口から一番奥の状況までを詳しく見通すことはできなかった。
内部の状況を少しでも把握するため、180度空間をさっと見渡してみる。
そこは、軽く見回しただけでも、コイケ牧師の教会をただ拡大しただけのような作りでないことは、一目瞭然だった。
信徒席は木の材質からしてまるでちがう。数もさることながら、手入れが行き届いた座席が規則正しく並ぶ光景は、国際会議で使うコンベンションセンターの大会議室を想起させる。
そして周囲の芸術品の数々。壁には一流芸術家が彫ったであろう彫刻の群れと、無数の宗教的絵画。
建造物の大黒柱となる巨大な石柱が連なる展望はまさに圧巻で、天井の幾何学模様は魔法陣のよう。
また、ここからでも見える正面の中央祭壇に降り注ぐ太陽の光は、複雑な七色のステンドガラスを通しているので、とても神々しく映っていた。
「……行こう」
奥まで少し距離はあるが、蟲の姿はない。
堂々とセンターの赤い高級絨毯を踏みしめ、中央祭壇の場所まで歩みを進めよう。
「お待ちしておりましたよ、レオ君。意外に早かったですね」
聞き覚えのある声だ。姿をはっきり確認できる位置まで到達してはいないが、祭壇前に二人の人影と、一匹の動物的なにかの影が見え、そのうちの一人が話しかけてくる。
「コイケ……てめぇ」
思わず毒づいてしまう俺だったが、頭は至って冷静だ。警戒しなければならない。
罠も当然考えられる。ここは一度立ち止まるのが得策だろう。
「……ドンタコ・ストコ・ドコイ枢機卿だ」
チチュはこの距離ならば、相手の造形を視認できるようだ。クマオの後ろに隠れビビりながらも、コイケではないほうの人物を見て、そうつぶやいた。
「レオ様。あの中型の黒い犬、仲間です」
クマオも当然見えている。そして彼らは見ただけで獣人化できる魔物を判断できるのだ。
ついに6人目の仲間に出会えた。だが、すぐにどうこうできる場面ではない。
まずは、ミーアとキザクラの救出が先だ!
「ミーアとキザクラは無事だろうな!?」
怒気をはらんだ大きな声量で、俺にはまだよく見えない人影達に対し、質問を投げつけた。
「……生贄とはな、その過程が重要なのだよ。若造」
ドスの効いた昏く重い声が耳ではなく、腹に響く。枢機卿だ。
これまで出会ってきたどの人物とも違う、おぞましく悲惨な感覚を覚える。
だが、怯んではいられない!
「無事なのかって聞いてんだよ!クソじじい!」
ちょっと怖かったが、そんなクソ理論を聞くために、ここまできたわけじゃないんだ!
「レオ君、落ち着きなさい。2人はまだ無事ですよ」
コイケ、お前のセリフは火に油だぞ!
まだってなんだよ!舐めやがって!
「レオ様、少しリスクはありますが、仕掛けますか?」
小声で進言してくるクマオだったが、頭にまるで入ってこない。
マジで超ムカついている!!
「クソが!あの2人になにかあったらただじゃ……」
「いいねぇ!アツいねぇ!レオ・ローレンハインツ!」
中央祭壇隣の螺旋階段から降りてくる新たな人影を見た。人を小馬鹿にしたような、少し甲高い、気持ちの悪い声が俺の耳を汚す。
見た目を確認できないが、この場面で出てくる登場人物に、俺は1人しか心当たりがなかった。
「……チ〇カスウンコ野郎」
「初対面で、それ。ひどくない?」
お前と掛け合いをするつもりはチ〇毛の先ほどもない!
勝負だ!グラン・ビルナード!!
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