第32話 ギルド・パニック
「体温の急な上昇、不規則な呼吸、体の震え。脈も浅いです。とても動ける状態ではありませんね」
医療の心得があるキザクラがミーアの容態を診てくれている。原因は不明だが、とにかく安静にしていないと命に係わるかもしれないということらしい。
「幸い、薬はたくさん持ってきていますので、症状をよく診て適切に対処すれば問題ないかと思います。ただ、私とミーア様はここから動けなくなりました」
キザクラは冷静だ。状況をよく理解し、正しい判断をしている。
倒れたミーアはクマオがベッドのある客間まで運んでくれた。チチュもキララも心配そうについてきて、皆がミーア励ましてくれた。
コイケ牧師はすぐに医者の手配をしてくれた。ただ、すぐには来られないらしく、やはり誰かがそばで見ていないといけない状況だ。
どう考えても、医療知識のあるキザクラが残り、症状を見極め、対応してもらうしかない。
「ミーア……」
できれば、俺もそばにいてあげたい。なにもしてあげられないかもしれないけど、できることをしてあげたい。弱っているミーアも、俺にとって大切な存在であるということをちゃんと行動で示してあげたい。そう、本心では思っている。
ただ、悠長に全員で同じ場所に待機していられるほど、余裕がないことも事実だ。俺は彼女たちのリーダーとして、都度適切な判断を下していかなければならない。
ソラマ大聖堂の犬を見つけ出し、仲間にする。目下の目標を達成するため、今は立ち止まってはいられないのだ。
「……予定を変更しよう。ギルドへは俺とクマオだけで行く。チチュとキララはそのまま情報収集へ出てくれ。キザクラはミーアの看病を頼む」
全員が無言でうなずく。
俺の悲痛さが伝わってしまっているのか、空気が重い。これではいけない。
「レオ様ぁ。ごめんなさいにゃ~」
「ミーア!やっとしゃべってくれた……」
よかった!ずっと寝てたから本当に大丈夫なのか疑問だった。
とりあえず、少しでも声が聞けて本当によかった!
「着いていけなくって、ごめんなさいにゃ……」
ううん。そんなことない。むしろそんな状態でも、俺の事気にかけてくれるのか?
……少し泣きそうになったので、俺はミーアから視線を外した。
「ちょっと休め。これは命令」
うつむき加減で指示を出す。少し声が震えていたかもしれない。
「はい、レオ様。ありがと……にゃ」
再び眠りについたミーア。少しは安心してくれたかな。
正直かなり心配だが、彼女はキザクラに任せるしかない。
「それじゃあ、みんな早速それぞれの仕事を始めようか」
〇●〇●
「ええっと、レオ・ローレンハインツさんは冒険者登録がまだお済みでないようなので、情報の取得はできませんね」
冒険者ギルド・ファミーユ支部の総合受付のおねいさんに、この街やソラマ大聖堂についての情報照会をお願いしたが、断られた。
そうだった。レオで冒険者登録してるわけないんだった。
ただのモブだぞ、レオは。
「あーすいません。そしたら新規登録、お願いできます?」
軽い感じで受付のおねいさんに[申請書]と書かれた紙とペンを手渡される。
「そちらのおじさんは、どうします?」
「え?私も登録よろしいのですか!」
「いやいや!俺だけでいいよ!はい、できました!」
書類が書けたので、お返しした。
クマオは登録できないよ。魔物なんだし。する意味もないし。
「じゃあ、ちょっと適正チェックさせてもらいますね~」
検温のような手順で不思議な機械をあてられる俺。なんか全体的に病院の受付みたいな対応だな。
「え?ちょっとレオさん。これ、全然ダメじゃないですかぁ」
受付のおねいさんがため息をつく。こんなヤツいんの?って感じだ。
「判定結果E-。受託できるクエストがありませんので、登録不可ですね」
え?冒険者ってステータス低すぎるとなれないの?そんなのあったんだ。
「おいおい聞いたか?冒険者適正E-だってよ!」
「初めて聞いたぜ!そんな低い結果!ぎゃははは」
おねいさん。そんなおっきな声で言わないでよ。完全にテンプレチンピラーズのエサになっちゃってるじゃないですか。
「ポンコツお坊ちゃんは帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
「ぼく、てきせいなかったのぉ~。ママぁ、なぐめて~。ぎゃははははは」
このギルドに来たのは失敗だった。なにも得るものはなさそうだ。
あああああ!あいつらマジむかつく!クマオにやらせて……
「あーちょっと待ってください。レオさん、わたし見落としてました。すいません」
受付のおねいさんが、適正診断用の機械的なものの画面を再度確認している。指を上下にスライドする動きはまさに現代のタブレットだ。
「ギルド本部より特例0721の対象者だということで、冒険者登録可能ってなってました!ごめんなさいネ。手続き、進めちゃいますネ!」
なにその特例!なんかよくわかんないけど、ま、結果オーライ!!
ドンッ!!
「おいおいおいおい。なんでそんなザコが登録できンだよ!」
俺を馬鹿にしてきたチンピラ冒険者の1人が机を思いっきり叩き、文句を言いながら立ち上がった。
ざわつく店内。
「その判定じゃあ、スライム一匹すらまともに倒せネぇカスじゃねぇかヨ!」
でかい声を張り上げ、さらに連れのもう一人が立ち上がり、威嚇してくる。
「その端末機壊れてんじゃねぇのカ?俺たチでチェックしてやんヨ!」
2人のチンピラ冒険者が受付に迫りそうなところで、クマオが割って入った。
「あ?んだテメェ!やんのカこらぁぁ!!」
「俺らAランカーだゼェ?痛い目みちャうよォ♪オッサン」
クマオは無言だ。ただ、ものすごい怒ってくれてるのはわかる。
俺が指示すれば、こいつらの命はないだろう。ムカつくし、やっちまうか。
「チチチチちょと、テンナイで暴れられレレ、こ、コマル」
ん?なんか受付のおねいさん。ろれつが回ってないけど大丈夫……え?
「んダハァ!てめてめてめ、このやらぁ!ンノカコラーゲン!!」
「お、お、お、おれ、オデAAAAAAA……ラめぇ!!」
ひぃ!なんか、この人たちおかしくなっちゃってるけどぉぉぉ!!
なになになになに??
「登録♪とーろく♪トーロクぅ♪とーーーーろっくゥゥ……シャアアアアアア!!」
ぎゃあああああ!!おねいさんが、おねいさんが!!
蟲になっちゃったぁぁぁぁぁ!!
「コラーゲン!!シャアアアアアア!!!」
「AAAAAA……シャアアアアア!!!」
蟲だあああああ!!!しかもこの場にいる俺とクマオ以外全員があああああ!!!
バイ〇ハザードぉぉぉぉ!!!
「レオ様!失礼します!!」
ガバッ
「!!」
クマオが瞬時の判断で俺を担ぎ上げ、そのままギルドの出入口を駆け抜け、外まで連れ出してくれた!
ナイス、クマオ!
「!!!!!!」
だが、外に飛び出した俺たちが目撃した街の光景は、言葉を失うに値するとてもステキな地獄の一丁目一番地と化していた。
「これは……大変、大ピンチですぞ」
歴史的聖遺物と現代アートが融合する不思議なこの街の景観はそのままに、行き交う全ての人々は蠢く蟲になっていた。
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