第31話 なんか様子が ヘンです・・・

「パトリア城からあの渓谷を超えて、この街まで来るのはさぞ大変だったでしょう」


 はい。すごく大変でした。


 魔物・蟲大戦争を命からがら生き延び、整備されているとはいえ、柵とかまったくない渓谷の険しくアップダウンの激しい獣道を辿って、この街まで着くのはかなりしんどかったです。


「コイケ牧師。まことにご迷惑とは存じますが、フロイト様の手紙に免じて、少しの間だけ、こちらでお世話にならせてはいただけないでしょうか?」


 キザクラが俺の父、フロイト・ローレンハインツから預かった手紙に目を通すコイケと呼ばれる牧師に、腰の低い丁寧なお願いをしてくれた。コイケ牧師も二つ返事で了承してくれて、この交渉は成立した。



 刻は真夜中。



 俺たち一行はキャンプ地を早朝に出発した後、ほぼ休むことなく歩き続け、なんとかその日のうちに目的地であったソラマ大聖堂がある聖都市ファミーユへたどり着くことができていた。


 途中何度か魔物や蟲とエンカウントしていたが、キララの無敵スキルのおかげで道中は全く問題なく進むことができた。


 ただ、いきなりソラマ大聖堂への強行突入を計画していたわけではない。不穏な情報しかない中で真正面から切り込むのはさすがにアホ。


 拠点が必要で、情報収集を行わなければならないとあらかじめわかっていたので、事前に父であるフロイトから旧友がいる教会の牧師宛てに手紙を書いてもらっていたのだ。


 ふっ。準備を怠らない男、レオ・ローレンハインツもとい葵有希人あおいゆきと。最強は努力を惜しまない。


「コイケ牧師は、父とはどういったご関係なのですか?」


 俺は牧師に振舞われたホットミルクに口を付けながら、素直に聞きたいことを聞いた。手紙に目を通し終えた牧師が口を開く。


「……大人の関係ですよ。彼はいい男ですからね。まぁ、最近は全然会えていなくて寂しかったのですけど」


 少し悲し気な表情で苦笑するコイケ牧師の想定外の返答に、俺はホットミルクを盛大に吹き出しそうになった。


 あの親父の守備範囲の広さは次元を超えている。


「レオ君、でしたか?フロイトの息子さん。あなたもお父さんに似てかわいらしい顔をしてますね」


 ごめんなさい!!


「ははは。冗談ですよ。それより、後ろのお三方がもうおやすみになられているようなので、毛布をかけてあげましょう。風邪をひきますよ」


 後ろを振り向くと、ミーア、チチュ、キララが羊毛で作られたであろう絨毯の上で無造作に眠りについていた。そういえば妙に静かだと思ったよ。まぁ、一日中歩き続けていたから当然だよな。


 え?俺は全然大丈夫だよ?だって俺、最強なんだぜ?(ヘロヘロである)


「コイケ牧師!レオ様のお父上様と旧知とあらば、それはそれは高尚な国家論などお持ちなのでしょう!どうです?このあと一杯やりながら、存亡論など語らい合いませぬか?」


 おい、クマオ。なに勝手に酒飲もうとしてんの?しかも他人の家でタダ酒?


 そんな都合よくオーケーしてくれるはずが……


「昨日とても状態のいいワインがたまたま手に入りましてね。これから開けようと思っていたのですよ。ちょうど話し相手もほしかったところなので、是非」


 いいんだ。大人の世界ってよくわからん。


 まあ仲良くなってくれるのはありがたいことではある。ただ、飲みすぎだけは勘弁してほしい。アナタ、前科ありますからね!


「レオ君とキザクラさんはどうされますか?」


 いや、俺未成年だし。キザクラは?


「魅力的なご提案ですが、さすがに疲労が溜まっておりますので、私は就寝させていただきます。レオ様は?」

「ああ。俺も疲れた。寝たい」

「そうですか。それは残念。一応お部屋用意できますが、そちらで寝られますか?」


 牧師の勧めはとても魅力的だが、みんなここにいるし、俺だけ部屋で寝るのも申し訳ない。ここの絨毯は気持ち良さそうなので、疲れも取れるだろう。


「いや、俺はここで雑魚寝させてもらうよ。キザクラは?」

「わ、私はできれば少し一人の時間をいただきたいので、お部屋を使わせていただけると嬉しいです」


 少し慌てながら自分だけ部屋寝を所望するキザクラ。薄情なやつだな。


 ……って、ひとりになってナニする気なんだろう。ドキドキ。


「ではキザクラさんのお部屋だけ用意させましょう。みなさん、今日はしっかり休んで長旅の疲れを癒してください。明日の朝、朝食をとりながらでもこの街のことや、大聖堂のお話などさせていただきますよ」


 コイケ牧師はとても親切で、父との関係性だけ除けば、すごくいい人だった。


 ……ただ、俺は思った。


 この世界ゲームの貞操観念って、一体どうなってるんですかね。

 


〇●〇●



 翌朝。コイケ牧師の教会、食堂にて。


「……じゃあ、ちょっと蟲の被害が多くなっているくらいで、この街や大聖堂に特に大きな変化はないってことなんですね?」


 食後の紅茶をすすりながら、俺はコイケ牧師から聞いたこの街や大聖堂のことを総括していた。


「すいません。お役に立てなかったようで」

「い、いえいえ!聖都市や大聖堂の歴史や文化について多くのことが知れて、すごく勉強になりました!」


 牧師が申し訳なさそうな表情になったので、俺は自分の質問に後悔した。


 ほんと、色々面倒見てもらってるのに、問い詰めるような聞き方になってしまったかもしれない。反省しなきゃな。


「それならよかったですが……。ああ、そうだ。最近のこの街の情勢を細かく知りたいなら、冒険者ギルド・ファミーユ支部に寄って行かれてはいかがですか?」

「ああ!そうだね!」


 確かにそうだ。街の表も裏も知りたければ、まずはその街の冒険者ギルドへ。ある程度大きな都市には必ずギルドの支部があるので、そこに集まる冒険者の話や、ギルドが持つ様々な情報網にアクセスすれば大体のことはわかるって、ゲームの攻略サイトに書いてあったことを忘れていた。


 ほんと、俺のゲーム知識ってテキトーだよな。


「ただ、大聖堂に関する情報はさすがに出回っていない可能性もあるし、ここは一度二手に分かれて情報収集をしたいんだけど、みんなどうかな?」


 ミーア以外の全員が軽くうなずいてくれたので、多数決で賛成ということでいいだろうか。ミーアだけはなぜか下を向いていて反応がない。


 ちょっと!寝てんのか?まあ、話を続けよう。


「それじゃ、ミーアとクマオは俺と一緒に冒険者ギルドへ。チチュ、キララ、キザクラは大聖堂と街の様子を詳しく調べてほしい。ただ、ここは敵地だと思っておいたほうがいいので、情報収集には細心の注意を払うこと!みんな、いいね!」

「了解ですぞ!レオ様!」

「情報収集なら僕一人だけのほうが効率いいんだけどなぁ」

「チチュ様、ここは敵地ですよ。おひとりは危険です」

「ま、雑魚ならみんな私の信者ファンになっちゃうから余裕なんですけどね!」

「……バタンっ」


 よし!それじゃ早速行動に移ろう……

 ん?バタンって……!!!


「ミーア!」


 作戦行動開始前。


 いつも元気なミーアが力なくその場に倒れ込む姿を直視してしまった俺は、心臓がはち切れそうなほど、とても激しい衝撃を受けたのだった。




 




 


 


 

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